2019.10.25


意外! 1000円コスメが「勝負コスメ」に昇格した理由


ファッション誌や美容誌ではもはや定番になっている「あなたの勝負コスメを教えてください」企画。合コン(最近、めっきり聞かなくなったワード)・婚活リップなど、ここぞという時に活躍してくれる“アゲ”コスメのことを指すのだが、選ぶアイテムや理由は千差万別。一人ひとりにドラマがあって、それを読んでいるとおもしろかったりする。
そういう私にも勝負コスメがある。勝負コスメになった理由は“素敵”とはほど遠いエピソードだけど、このコスメはそれからずっと私の勝負コスメのスタメンの座についている。

「あれ?確かに入れたのに……」。バッグの中に手を入れて探しているけど、どうやっても見当たらない。出かける直前に小さなバッグに変えたのが裏目に出た。財布とスマホ、リップクリーム、口紅を入れたはずなのに、口紅だけが無い。お気に入りブランドの限定カラーで、ダークチェリーのような深みのある赤色。自分からは手に取らない色を「きっと似合うはずだから」と、このブランドのクリエイティブディレクターがわざわざ選んでくれたのだ。このリップをつけていると同業のライターや編集者たちから褒められることが多く、いつの間にか自分を鼓舞させる“勝負コスメ”として使うようになっていた。
「今日みたいな特別な日こそ使わなきゃいけなかったのにーー」と情けなく、腹が立った。人は「別にリップくらいどうってことない」と言うかもしれない。でも、今日に限っては絶対ダメなのだ。



「やってみない?」と声を掛けられたのが半年前。懇意にしているあるブランドのPR担当の方が、今までの実績を評価してくれ、広告・プロモーションの全ての制作権を獲るための競合プレゼンに参加してみないかと連絡をくれたのだ。仲良しのデザイナーに相談してみると「やろう!」と快諾してくれて話が進んでいった。

準備はしていたもののプレゼン1週間を切ると、「競合はもっと良い提案をするんじゃないか」と焦ったりして。別の仕事をキャンセルし、デザイナーの事務所で缶詰状態。入れ替わり立ち替わり、いろんな人が打ち合わせにやってくる。作業を手伝ってくれたり、差し入れをしてくれたり、今回、本当にたくさんの人に助けてもらった。
だから、どうしてもこの仕事が欲しかった。経験したことのない領域だけど、だからこそチャレンジし甲斐がある。何よりもこのブランドと共に協力してくれたスタッフのみんなと一緒に高みを目指せたら……。普段はゲン担ぎなんてしないけど、この気持ちを支えてくれる “何か”が必要だったのだ。

「仕方ない。このまま行くか……」と指定された場所へ歩いているが、気持ちがざわつきやっぱり落ち着かない。デザイナーと待ち合わせしている時間まであと10分。もう時間がない。「ここでなかったら潔く諦めよう」と駅ビルにある「アメリカンファーマシー」に駆け込んだ。
奥のコスメコーナーに進み、リップを探す。「この色じゃない」「もう少し深くて大人な感じ」「顔色が冴えるツヤが欲しい」などと呟きながら手に取ったのは「オペラ」のリップ。“モテリップ”として最近、若い女の子を中心に人気ブランドへと成長し、名を馳せている。夏に発表会があった時、目の前の映像に目を奪われた。自由で、強くて、たおやかな女性が映っていて、とても今っぽかったから。深い赤とジューシーなツヤを宿す08番は大人の唇にもよく似合う。「これなら大丈夫」と素早く支払いを済ませ、待ち合わせ場所に急いだ。



化粧室でリップをつける。唇全体にではなく、下唇の中央にだけたっぷりと。そうすると唇にツヤと立体感が出るのだ。「素敵な色ですね」とデザイナーのアシスタントをしている女の子が隣に立っていた。いつにも増してすっぴん顔。彼女も慌てて家を出たのだろう。「もしやノーメイク?」とティッシュで拭いてリップを手渡す。「朝までデザインを直してたじゃないですか。そんな余裕ありませんよ」とリップをササっとつけた。意外にもこの色は彼女のほうが似合っていた。「2人でおそろいの口紅なんて、何だかおかしいですね」と鏡越しに笑っていた。

あれから怒涛の日々が過ぎた。奇跡的にプレゼンを勝ち取り、冬にようやくお披露目される。今日、最後の制作物の納品に行くため、クライアントのオフィスがあるビルで彼女と待ち合わせをしている。
彼女もこの1年で大きく成長した。今ではどちらがメインで動いているかわからないほど、頼れる存在になっている。
回転扉をくぐってやってきた彼女の口元に目をやった。バーガンディのレッドリップがよく似合っている。あの日、駆け込んで買ったリップが今の私たちの勝負リップになっている。
「さてと、行きますかー」。彼女のゆるい掛け声にスイッチが入る。今日が良いになりますように。気合いを入れて席を立った。

オペラ リップティント N ¥1,500(税抜き)/イミュ

(Text & Photo:長谷川真弓

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