東急プラザ表参道原宿にオープンしたワコールの次世代型ショップ「ワコール3D smart&try」(撮影:尾形文繁)

東京・表参道と明治通りの交差点に立つ東急プラザ表参道原宿の4階。ブラジャーやランジェリーが壁面に陳列された店舗の奥に3つの小さな個室が並ぶ。その室内に設置されているのが、カメラを内蔵した採寸用の3Dボディースキャナー。店内中央にある大きなソファの周りには、客が自由に利用できるiPadが8台用意されている。

5月30日、下着メーカー国内最大手のワコールはインナーウェアショップ「ワコール3D smart&try」をオープンした。そこには従来の下着店で目にしたことのない光景が広がっていた。

詳細な採寸結果がすぐ手元に

ワコール 3D smart&tryは、ワコールが開発した最先端のサービスを体験できる“次世代型ショップ”の第1号店。目玉は、3Dスキャナーによるセルフ採寸とAI(人工知能)を活用したタブレット接客だ。

利用客は個室内で下着のみを着用した状態となり、スキャナーの内側に立つと、5秒で全身の採寸が完了する。事前に設定した生年月日と暗証番号を入力すれば、データの詳細を店内のタブレット上でも確認することができる。確認できるのは自分自身の体が3D化された画像のほか、バスト、ウエスト、ヒップなど18カ所の採寸結果だ。

そのうちバストに関しては、体積を含めたより細かな計測データとともに、ブラジャーの最適なサイズを表示。採寸結果はその場で印刷して持ち帰ることができる。

タブレット上ではワコールが展開するさまざまな商品の中から、好みのデザインやシルエットに応じておすすめの商品を提示。気になった商品は試着・購入も可能だ。店頭に在庫がなければ、送料無料で自宅配送を受け付ける。ここまでの一連のステップは客がセルフで行えるが、専門知識を備えた販売員が常駐し、相談や個室でのカウンセリングにも応じている。

今回の店舗のプロジェクトが社内で動き出したのは1年半前。それ以前の2016年ごろから、デジタルを活用した接客の可能性を検討してきたという。ワコールの伊東知康社長は「量販店や一部の百貨店が閉店していき、われわれの主要チャネルが下降する中、お客様とどうコミュニケーションをとっていくか、将来像を模索し始めた」と振り返る。

ワコールの国内事業の柱は、百貨店と量販店での卸売りだ。中〜高価格帯のワコールブランドを主に取り扱う百貨店売り場では、これまでも販売員による採寸や、体型の悩みに関する相談対応を重視してきた。加齢とともに体型は変化する一方、下着のサイズが適していないと、きついなどの違和感を感じたり、シルエットが美しく見えなかったりするからだ。ワコールの調べでは約7割の女性が間違ったサイズの下着を身につけているという。

だが、百貨店自体の集客力が衰えているうえ、販売員が多数常駐する下着売り場はハードルが高いイメージがある。特に採寸は、販売員に体を触られたり見られたりすることへの抵抗感も根強く、ストレスに感じられがちだ。ここ10年ほどの間、接客の少ないユニクロなどの大手小売店が安価で楽な着心地の下着の投入を強化する中、ワコールにとって20〜30代の顧客への訴求は大きな課題だった。

採寸データをどう生かす?

原宿の店舗ではスキャナーで誰にも見られず短時間で気軽に採寸できるため、若い世代の顧客取り込みが期待できる。実際、ワコールが昨年全国各地の百貨店などで無料サイズ診断のイベントを開催したところ、利用者の半数が20〜30代だった。

ブラトップのような着心地の楽な下着を好んできた人が、「体型が心配になった」と訪れることも。「体の悩みやサイズを知りたいという関心はあるのに、これまでの売り場は入りづらさがあった。(来店の)垣根を低くすることでワコールがどんなサービスや商品を展開しているかを伝えていきたい」(伊東社長)。

デジタルでの採寸は、データ蓄積という面でも事業戦略上の大きな武器となる。ワコールは2021年度までに、直営店や既存の百貨店売り場を中心にボディースキャナー100台を導入する計画。投資額は非公表だが、原宿の店舗だけで年間1万5000人の採寸を見込む。積み上がった採寸データと購買データを商品企画にも生かすことができる。

また、目下ワコールが強化しているのが、顧客一人ひとりのニーズに沿ったサービスの展開だ。ワコールではベビーからシニアまで各年代に適した下着や肌着のほか、マタニティやスポーツウェアも製造しており、この商品の幅広さが強みでもある。

これまで百貨店の売り場では紙ベースで顧客のカルテを作成していたが、それらの電子化を進めており、今年度中に直営店と百貨店売り場、ECの顧客データの一元化も完了する。ここに採寸データが合わされば、顧客のライフステージや体型変化に応じて、自社が展開する商品群の中からよりニーズに合致したアイテムを提示できるようになる。

百貨店の化粧品と下着の共通点

今後の展開に向けてハードルがあるとすれば、百貨店売り場へのスキャナーの導入だろう。商業施設などにテナント出店する直営店は、ある程度自社の判断で柔軟に店内の仕様を変えられるが、百貨店の場合は事情が異なる。下着売り場全体のスペースが限られるうえ、売り場内では他社のブランドの商品も多数取り扱う。現在、導入を見据えて百貨店と商談を進めている最中だが、館によっては説得に時間がかかる可能性もある。


ワコールの伊東知康社長は「ワコールのビジネスの根幹は商品だけでなく、採寸などの販売員による接客を通じたコンサルティングの両軸で成り立っている。これまでは売り場の敷居の高さがあってか、後者のサービスが十分に伝わっていなかった」と語る(撮影:尾形文繁)

それでも伊東社長は「スキャナーの導入は売り場の付加価値を高めることにつながる」と強調する。現状、百貨店では化粧品や食品が伸びを牽引する一方、下着やアパレルは低迷が続いている。「百貨店で化粧品を買う若い人が増えた理由の1つは、美容部員による肌診断や悩み相談にも価値を感じているから。下着売り場も同じで、体型相談や採寸などのサービスの価値が伝われば伸びしろはある」(伊東社長)。

「女性が美しくなることをお手伝いする」を経営理念に掲げるワコール。自分に最適なサイズや商品が気軽に把握できる次世代型ショップの投入は、下着選びの従来のイメージを一新することができるだろうか。