「分断を越えた「中間地帯」を求めて:93年以降生まれがゲリラ激論した「WIRED NEXT GENERATION 2018」」の写真・リンク付きの記事はこちら

2012年から17年まで開催されてきたWIRED CONFERENCEでは、人工知能や都市、ダイヴァーシティなどのテーマが毎回設定され、オーディエンスに提示されてきた。今回の「WIRED NEXT GENERATION 2018」はそれとは異なり、登壇者が来場者とともに議論を交わす「ゲリラ激論」を標榜するイヴェントとなった。

2つのセッションが同時に進行する音楽フェスのような形式が採られ、参加したオーディエンス全員がすべてを目撃することはできない。情報を得るために来場した人にとっては「不完全」な場所といっても過言ではない。

そんな初の試みとなった会場に集められたのは、『WIRED』が創刊した1993年より後に生まれた「アフターWIRED」世代のスピーカーたちだ。彼らを迎えたゲリラ激論という試みを、足早に振り返ってみたい。

【自己紹介プレゼン(1)】
カナダから来日したアリエル・ビセットは、14万人以上のファンを誇るYouTuber。インターネットを拠点として、自身が愛する「本」という文化を再興させる彼女の試みが語られた。"> 【自己紹介プレゼン(2)】
クルマと一体型の可動式住居「モバイルハウス」を手がけるSAMPOの共同創業者、塩浦一彗はミラノで高校時代を過ごした経験をもつ。モジュラーシステムを前提とする同社の試みは、これからの「家」という概念を更新しそうだ。"> 【自己紹介プレゼン(3)】
祖父が農業を営んでいたというアヌ・メーナは、インドで農業の流通最適化に取り組んでいる。日本以上の激しい競争のなかで生き抜くインド流のスタートアップ・マインドに、来場者は新しい世代の試みを見た。"> 【自己紹介プレゼン(4)】
「ストリートディベーター」というプロジェクトを手がけるデザインリサーチャーの木原共は、イヴェントのためにオランダから帰国してくれた。助ける側、助けられる側、そして異なる思想をもつ人々の間にあるという分断を乗り越える、「対話」の構造を設計する彼の試みは、これからを生きるための示唆に富んでいた。"> 1/4【自己紹介プレゼン(1)】
カナダから来日したアリエル・ビセットは、14万人以上のファンを誇るYouTuber。インターネットを拠点として、自身が愛する「本」という文化を再興させる彼女の試みが語られた。 2/4【自己紹介プレゼン(2)】
クルマと一体型の可動式住居「モバイルハウス」を手がけるSAMPOの共同創業者、塩浦一彗はミラノで高校時代を過ごした経験をもつ。モジュラーシステムを前提とする同社の試みは、これからの「家」という概念を更新しそうだ。 3/4【自己紹介プレゼン(3)】
祖父が農業を営んでいたというアヌ・メーナは、インドで農業の流通最適化に取り組んでいる。日本以上の激しい競争のなかで生き抜くインド流のスタートアップ・マインドに、来場者は新しい世代の試みを見た。 4/4【自己紹介プレゼン(4)】
「ストリートディベーター」というプロジェクトを手がけるデザインリサーチャーの木原共は、イヴェントのためにオランダから帰国してくれた。助ける側、助けられる側、そして異なる思想をもつ人々の間にあるという分断を乗り越える、「対話」の構造を設計する彼の試みは、これからを生きるための示唆に富んでいた。

YouTuber、建築家、アグリテック起業家の試み

ゲリラ討論の前には、まずスピーカーが「自己紹介」をするプレゼンテーションがオープニングとして行われた。カナダから来たYouTuber、アリエル・ビセット、モバイルハウス開発者の塩浦一彗、インドのアグリテック起業家のアヌ・メーナ、デザインリサーチャーの木原共ら4人が壇上に上がった。

まず登壇したのは、YouTubeで本を紹介する動画をアップロードし、多くのファンをもつアリエル・ビセット。16歳のアリエルが読んだ本の感想をYouTubeに投稿しはじめたのは、Kindleなどの電子書籍端末が普及し始め、「紙の本が終わりを迎える」とささやき出された時代だったという。

それ以降、出版業界の危機が叫ばれて久しいが、ここ数年で米国では逆に電子書籍の売上が下がり、逆にフィジカルな本がまた脚光を浴びている。それは登録者が14万人を超え、BookTuberの先駆けでもあるアリエルが身をもって実感していることでもある。

BookTubeのみならず、本を聴いて読むオーディオブックや、SNS投稿の限られた文字数のなかで文章を綴る「Twitterature」など、インターネットを通じた本との新たな接点が生まれているという。また、Instagramで300万人のフォロワーをもち、そこで詩をポストする詩人のラピ・カウアなど、Instagramに詩を綴るインフルエンサーをきっかけにして、詩集を手に取る若い世代も増えている。

平日の15時スタートにも関わらず、オープニングセッションには数多くの来場者が詰めかけた。

続いてクルマと融合した可動式の住居を手がけるスタートアップ、SAMPOの共同創業者・塩浦一彗が壇上に上がる。東京の地価の高さや、柔軟性の低い日本の住宅に疑問を抱いた塩浦は、人を定住から解放することを掲げ、パーソナルスペースだけを所有する部屋持ち寄り型のモバイルハウスの開発を行なっている。

塩浦のプロジェクトは、建築・都市が社会やひとの変化に呼応して新陳代謝を繰り返すという「メタボリズム」的な発想に立つ。不動産であるハウスコア、それにドッキングできる「可動産」のモバイルセルに分かれている。塩浦自身も、モバイルセルで暮らす生活を送っているという。

続いてマイクを持ったのは、農産物の流通の最適化を図るため、生産者と消費者を繋ぐモバイルアプリを開発している起業家のアヌ。小さな村を出てデリーの流通関連のスタートアップで働くなかで、農業に従事する生産者である祖父が、インド農産業が抱える問題のなかにいたということに気づく。

農業がつきたくない職業のひとつであるというネガティヴなイメージを、アヌは流通の最適化、廃棄物の削減を行うことで変えていくつもりなのだ。

会場の各所にはタイムテーブルやポスターが貼られ、「ゲリラ」な趣きが。

分断を越え、尊厳を回復せよ

最後に登壇したのは、路上生活者の「ものごい」に代わる行為として、世論を硬貨で可視化して議論を生み出す「ストリートディベーター」という職業を考案した、デザインリサーチャーの木原共。彼の試みは、分断を乗り越えるという課題に正面から向き合ったものだった。

まず、ものごいではなく「ストリートディベーター」として街角に立ち、ある1つの問いと、2つの回答、そして天秤を用意する。通行人は、天秤の皿にお金を「投票」して、天秤の傾きは世論を人々へ提示する。たとえば、「移民政策に賛成か、反対か」といった問いを設定し、お金を投票した通行人同士の議論を生み出そうとする取り組みだ。

「助ける・助けられるということをなくしたい」という木原が言うように、金銭を与える人とものごいをする人との間には哀れみ(Pity)ではなく、思いやり・共感(Compassion)が生まれる。

ある日、アムステルダムの路上で出会った、家を失くしたCD売りの青年がこう木原に話したという。「もしかしたらものごいのほうが稼げるかもしれない。それでも安いCDを売っているのは、人としての尊厳を保つためだ」

移民などセンシティヴな問題と関連して、欧米では社会課題となっている路上のものごいの存在。木原は日々の稼ぎを得ることで自身の尊厳を切り売りする「ものごい」そのもの、またそれを助けること、はたまた無視をすることも、都市に負の関係性を循環させると感じた。それが、このプロジェクトのきっかけだったのだ。

【ゲリラ激論(1)】
アリエルとのセッションに登場した、ファッションメイカー/モデルの中村理彩子は、「裏アカ」と呼ばれるSNS上の現象に注目。クリエイティヴが発表される場所としてのインターネットについて、アリエルへ問いを投げかけていた。"> 【ゲリラ激論(2)】
5Fで行われたセッションの基本言語は英語。音声が自動で文字起こしされるなか、通訳による翻訳を挟まずに激論が繰り広げられていた。"> 【ゲリラ激論(3)】
塩浦と「冒険」について、議論を繰り広げた上田瑠偉は、トレイルランで世界に挑戦しつづけるアスリート。スポーツという領域で活動を続けるためのチャレンジについて語ってくれた。"> 【ゲリラ激論(4)】
4Fと5Fで行われたセッションでは、フロアにマイクが立てられ、質問が常時歓迎された。予定調和ではない「対話」の現場が、来場者を巻き込みながら生まれていた。"> 【ゲリラ激論(5)】
木原とは実は大学時代の知り合いだという高橋鴻介は、目で見ても直感的に読むことができる点字「Braille Neue」のプロジェクトを手がける。個人のプロジェクトを会社員として手がける彼の言葉に、勇気づけられた来場者も多かったはずだ。"> 【ゲリラ激論(6)】
アヌと、都市研究者の鈴木綜真が、スタートアップについて議論を繰り広げたセッションは少人数のゼミナール形式で進行した。起業家、エンジニアの来場者とともに、世界をアップデートしていくためのナレッジが共有された。"> 【ゲリラ激論(7)】
都市研究者でもありながら、空間を売買するためのスタートアップ「Placy」を手がける鈴木は、自身が目前で直面する問題について語った。日本において自販機が置かれている空間に、より多様性をもたせることが目標なのだという。"> 1/7【ゲリラ激論(1)】
アリエルとのセッションに登場した、ファッションメイカー/モデルの中村理彩子は、「裏アカ」と呼ばれるSNS上の現象に注目。クリエイティヴが発表される場所としてのインターネットについて、アリエルへ問いを投げかけていた。 2/7【ゲリラ激論(2)】
5Fで行われたセッションの基本言語は英語。音声が自動で文字起こしされるなか、通訳による翻訳を挟まずに激論が繰り広げられていた。 3/7【ゲリラ激論(3)】
塩浦と「冒険」について、議論を繰り広げた上田瑠偉は、トレイルランで世界に挑戦しつづけるアスリート。スポーツという領域で活動を続けるためのチャレンジについて語ってくれた。 4/7【ゲリラ激論(4)】
4Fと5Fで行われたセッションでは、フロアにマイクが立てられ、質問が常時歓迎された。予定調和ではない「対話」の現場が、来場者を巻き込みながら生まれていた。 5/7【ゲリラ激論(5)】
木原とは実は大学時代の知り合いだという高橋鴻介は、目で見ても直感的に読むことができる点字「Braille Neue」のプロジェクトを手がける。個人のプロジェクトを会社員として手がける彼の言葉に、勇気づけられた来場者も多かったはずだ。 6/7【ゲリラ激論(6)】
アヌと、都市研究者の鈴木綜真が、スタートアップについて議論を繰り広げたセッションは少人数のゼミナール形式で進行した。起業家、エンジニアの来場者とともに、世界をアップデートしていくためのナレッジが共有された。 7/7【ゲリラ激論(7)】
都市研究者でもありながら、空間を売買するためのスタートアップ「Placy」を手がける鈴木は、自身が目前で直面する問題について語った。日本において自販機が置かれている空間に、より多様性をもたせることが目標なのだという。

実装するための「働きかた」

オープニングに続いて行われたメインセッションでは、スピーカーたちの前にマイクが置かれ、来場者も自由に質問ができる「ゲリラ激論」形式がとられた。英語で繰り広げられたセッションでも活発に議論が生まれ、SNSとの向き合い方から、制作活動を持続可能にするためのスタートアップの資金繰りやマネタイズなどの具体的なトピックまで、熱量の高いワークショップの趣きがあった。

「ストリートディベーターのほうが自分より稼いでいるときがある」と笑う木原にとっては「25歳はお金がないというのは、かなり重要な問題だという。やりたいことを持続してやるために、どうやって最低限の収入をつくっていくのか」といった、この年代ならではのお金や働きかたに関する質問も飛んだ。

アリエルと、デジタルファブリケーションを活用し衣服を制作する中村理彩子とのセッションでも、それに呼応するかたちで、中村からは具体的なスポンサーをつけるケースについて。アリエルからは出版社からのPR案件や、受託での動画制作、Patreonなどのクラウドファウンディングの活用による多面的な収入源の確保といった、それぞれのプラクティカルなマネタイズの方法が提示された。

広告会社でプランナーとして働くかたわら、目で見ても直感的に読める点字「Braille Neue」をつくる発明家の高橋鴻介も、木原とのセッションのなかで、「本業」があることの意味をこう語っていた。

「自分にとっては、スタートアップで新しいことをイチから始めるという選択肢よりも、本業のクライアントや大企業のリソースと自分のプロジェクトの接点をつくるほうが、世界を変えるための社会実装がいちばん早い気がするんです」

1/6会場では、特製の容器に入れられたポップコーンが無料で配布され、来場者は小腹を満たしながら激論に身を乗り出していた。 2/6来場者は1カ所にとどまることなく、4F、5Fの「ゲリラ激論」フロア、6Fの「NEXTGEN FILM」フロアを行き来していた。 3/6受付では、『WIRED』のロゴ入りのモバイルチェアが配布され、自在に移動しながら「ゲリラ激論」に耳を傾けることが可能になっていた。 4/6今回のイヴェントは、サムスン電子ジャパンと『WIRED』日本版の共催で実施された。 5/6「ゲリラ激論」と並行して、6Fではアップリンク渋谷が選ぶ「NEXTGEN FILM」として『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』を上映。セッションの合間に、アートをアップデートする試みを知ることができた。 6/6すべてが終わったあとには、スピーカーと来場者が一堂に会し、懇親会が開かれた。激論を終えた参加者はフィンガーフードを食べながら、交流を深めていた。

分断を繋ぐための「場所」をつくれ

インターネットやデジタルテクノロジーが、すでに社会のシステムの根底に組み込まれたなかで生まれた「アフターWIRED世代」は、あくまでもテクノロジーは人間を豊かにするためのひとつの道具だと捉えている。それは、このイヴェントのなかでどのセッションにも共通して発せられた、「バランス」「中間」といった言葉にも表われていたように思える。

「目の見えるひと、見えないひとの壁を壊す言語」としての新しい点字を生み出す高橋や、「エコーチェンバー」を克服し自身のプロジェクトを「人工物を使った共感の中立地帯」と表す木原、「デジタルとフィジカルの心地よいバランスを模索する必要性を自分の世代はわかっている」と話すアリエル、「ミニマリストか所有か、といった極論は好きでない。中間位置にいるのが自分たちの流儀」と語る塩浦。

路上、農業、住居、言語(点字を含む)、本──。それぞれアクチュアル、かつフィジカルな分野での活動を行う彼らの活動は、資本主義経済の行き詰まりや、個々の価値観の境界線が溶けていくなかで生まれた、ある種の閉塞感や衝突から反発的に生まれる、単純な回帰にすぎないと言い切ることは難しい。

おのおのの表現は違えど、根底にあるのは、インターネットやデジタルテクノロジーが現代に訪れてからさまざまな恩恵をもたらす一方で、この数十年での劇的な社会の変容が生んだ分断をバランスをとりながら繋ぐという壮大な意志だ。

いま人間は、これまで抱いたフューチャリズムをいかに現代の地球へ実装するかを考えるべき段階となっている。そんな時代を生きる彼らに共通していたことは、分断を越え人間の希望を生み出す「中立地帯」をつくろうとしていることだ。

2018年11月13日に発売された『WIRED』日本版では、「NEXT GENERATION」特集も収録されている。

25年の時を経て実装されるアイデア

会場にいた、1960年代からITの仕事に携わっていたという年配の男性は、こう語っていた。

「インターネットがなかった時代を知っているわれわれが考えていたのは、20世紀の資本主義のなかでいかに成長するか、いかにデジタルテクノロジーに未来を見出すかだった。それがある意味、『デジタルかアナログか』のような、社会の二極化を生んだのかもしれない。しかし、デジタルテクノロジーを当たり前の存在と考える若いみなさんが、ひとの本質的な豊かな暮らしを理想として抱き社会に実装しようとしているのが、本当に希望がもてた」

「WIRED NEXT GENERATION 2018」の開催前日に発売された『WIRED』日本版のリブート号が特集したのは「ニューエコノミー」という概念だ。ITによって生まれる新しい経済やビジネスを指す「ニューエコノミー」は、『WIRED』が創刊された25年前に叫ばれ、時代の流れとともに消えていった言葉でもある。

ただ、ニューエコノミーについての著書を当時出版している『WIRED』創刊エグゼクティヴエディターのケヴィン・ケリーによれば、「そこに記したことすべてが、いま実際に起こっている」のだという。思い返せば『WIRED』日本版編集長・松島倫明はイヴェント冒頭の挨拶で、かつてのニューエコノミーという概念を生活のなかに実装する時間に、われわれは生きていると語った。

かつてはアイデア、はたまた空想にとどまっていた概念を、時間を経ていま社会にインストールしようとする「NEXT GENERATION」たち。彼ら/彼女らなりの実装の技法とは、異なる世代が実際に交わり、融和する「中間地帯」を生み出すことだった。「WIRED NEXTGENERATION 2018」では、その緩衝地帯が確かに生まれつつあった。