利用者でもある農家の池守明裕さんの農地に立つ瀬下さん。池守さんは「そのデータに基づいて与える肥料の調整を行うことで、小麦の生育を均一にできます。その結果、出荷時の品質を保て、収入増につながり大変助かります」と太鼓判を押す。

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定年後の60〜74歳までの15年間は、元気で好きなことができる「人生の黄金期間」。このとき充実した第2の人生を送るには、50代から準備しておくことが重要だ。8人の実体験をお伝えしよう。6人目は「月収20万円」という55歳のケースについて――。

※本稿は、雑誌「プレジデント」(2017年11月13日号)の特集「金持ち老後、ビンボー老後」の記事を再編集したものです。

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瀬下 隆さん 55歳 スペースアグリ社長
開業:2016年 形態:株式会社 資本金:1000万円 従業員:1人 月収:20万円

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1962年生まれで55歳の瀬下隆さんは、子どもの頃に「ロケットに関わる仕事をしたい」と願い続ける“宇宙少年”だった。東京大学工学部から同大学院へ進み、夢を叶えるべく就職先は石川島播磨重工業(現・IHI)に決めた。以来、宇宙関連の仕事に携わり、2011年からは衛星リモセン(遠隔測定)データを活用した農業サービス事業立ち上げの中心メンバーとなる。

このサービスを使うと、作物から出ている電磁波の反射や放射の強弱を観測することで、畑の作物の生育状況を把握し、効率的な栽培ができる。大規模農家が多い北海道の十勝に事務所を構え、事業の可能性について検証を始めた。「しかし、16年1月に事業の中止が決定されました。会社が求める事業規模が何百億円単位なのに対して、5年で1億〜2億円規模しか期待できないのでは効率が悪い、との判断だったのでしょう。とはいえ、お世話になった皆さんからは『もったいない』といわれ、社会的な意義も考えると、事業への思いを断ち切れませんでした」

そう語る瀬下さんは会社に事業の買い取りを申し出る。当初「譲渡額は100万円くらいかな」と見ていたのだが、会社側の提示金額は事業に投下した額の数千万円。そこで会社とは縁を切り、同種の事業で独立することを決意する。

■18年度から有料化に確かな手ごたえ

「コアの技術は『正規化植生指数』という汎用技術で、特許の問題はありません。会社に確認をすると『どうぞ思うように』とのことで、16年10月に『スペースアグリ』を設立しました」と瀬下さんはいう。帯広市内の本社兼住居のアパートにあるデスクと椅子は、会社が捨てようとした前の事務所のものを使っている。

知人の本多潔・中部大学教授の協力を得て、解析アプリを新たに開発し、精度や操作性を高めたデータを17年5月から、17年度末までのトライアル期間の無償サービスとして十勝と斜網の農家に提供を始めた。すでに両地区を合わせ、99軒の農家と80の団体が利用している。18年度から10アール当たり年間200円程度の有料とする。それまで瀬下さんは月額20万円の役員報酬でしのぐ。

「目標の年間売上高は事業継続に必要な数千万円です。そして、晴れたら翌日に3メートルの分解能の衛星リモセンデータを安価で提供し、自動的に肥料の量を制御するなどの付加価値を高め、イノベーションを起こしたいと考えています。9月の十勝農協連でのプレゼンでも手ごたえが十分ありました。お金儲けではなく、この事業を10年、20年と続けることが最終目標です」と瀬下さんは話す。

大企業のなかには、事業化のメドがついたのに埋もれてしまったビジネスシーズが数多くあるはず。瀬下さんのようなビジネスモデルの継承という形で、自営型起業を果たす人がこれから続出してくるのではないか。

(プレジデント編集部 伊藤 博之 撮影=石橋素幸)