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不倫相手から傷害罪で訴えられた40代半ばの男性管理職。暴力事件を起こし、妻や会社にも不貞がバレれ、まさに絶体絶命。だが、結果的に離婚も解雇も免れることができた。男性管理職は法廷でどんな「話術」を見せたのか。コラムニストの北尾トロ氏が報告する――。

■なぜ、40代半ば管理職は不倫相手に訴えられたのか?

ダークスーツにしま柄のネクタイが似合う40代半ばの被告人は、1年間にわたって妻にバレることなく37歳女性との不倫関係を続けてきた。

中堅企業の管理職で、弁護人いわく、「仕事は真面目で幹部や部下の信頼も厚い」という。ガッチリした体格、太い眉、七三に分けた髪。いまどきのイケメンではないが、頼りがいのありそうな外見には大人の風格が漂っている。

そんな男が何をしでかしたのか。

不倫相手と楽しむため覚醒剤に手を出したのか。別れ話がもつれてストーカー行為に出たのか。いずれも違う。罪状は傷害罪だ。被告人は不倫相手の腰を蹴るなどし、倒れるとき前額部を引き戸にぶつけて加療3週間のケガを負わせたとして、不倫相手から訴えられたのである。

加療3週間のケガというのは、骨折などの重症ではなく、ぶつけて腫れたとか出血したということだろう。それでも訴えたということは、被告人への怒りや恐怖心が強いことの現れと考えることができる。検察もケガの程度より暴力をふるったことの責任を問う口調だ。

「被告人は被害者に対し、比較的強度な暴行を加え、医者に連れていくなどの対応も怠った。その態度は身勝手で短絡的であり、被害者は厳粛な処罰を求めています」

▼不倫関係を解消してでも警察沙汰にしたかった女性

しかし、引っかかる点がある。

被害者は、事件以前からたびたび暴行を受けていたとは言っていない。ケガをするほどの暴行を受けたのは初めてだとすると、すかさず医師に診断書を書いてもらい、警察に訴え出るのはスムーズすぎる感じがするのだ。

不倫関係を解消してでも警察沙汰にしたかったのはなぜだろう。

実はこの事件、被告人が被害者の浮気を疑い、問い詰めているときに起きている。愛人だった被害者が他に男を作った、あるいはそう思い込んだ被告人が激昂して暴力をふるったのだ。単なる傷害事件として処理されているので、被告人の疑惑が本当だったのか、妄想にすぎなかったのかは明らかにされなかったが、暴行を受けた被害者が泣き寝入りせず、被告人に愛想を尽かすだけでなく刑事事件にしてしまったことから推測すると、他に好きな男ができた可能性が高い。

■愛人がいたことが妻や会社にバレて崖っぷち

妻子がいるのに愛人を作り、愛人の浮気を疑って暴力沙汰を起こす。刑事事件の被告人になってしまい、家族に不倫がバレる。被害者の浮気が事実だったとしても、どこにも同情できるところがない事件だ。

被告人は罪を全面的に認め、現在は保釈中。前科前歴がないことや被害状況から考えて執行猶予付き判決が出るのは確実だが、人生の岐路に立たされているのは間違いないだろう。

弁護人も厳しい口調で言う。

「被告人は被害者に謝罪し、治療費として50万円を支払いましたが、それで許されるものではありません。今回の後始末は、本人、相手である被害者、妻との間で話し合いを持つなどして、やっていかなければならないですよ」

もっともな意見である。色恋沙汰は当事者間で解決してもらうのが一番だ。

▼訴えてきた不倫相手にも「感謝」

それより、筆者には他に気になることがある。こんな事件を起こしておきながら、被告人には過剰にしょげかえったところがなく、平常心を保っているように見えるのだ。開き直っているのではなく、反省しつつ今後の人生について前向きに考えているような雰囲気と言えばいいだろうか。

なぜそう思ったのか。傍聴時のメモを読み返すうち、被告人には“断言と感謝”をセットにして発言するクセがあることに気がついた。たとえば、「被害者を蹴ったことをどう思うか」と尋ねられたときの答えはこうだ。

「ケガまでさせるなんて、ひどいことをしました。訴えられて当然だと思います。二度とこのようなことをしないと誓わせてくれた被害者には、申し訳ないと思うとともに感謝しています」

「妻子に言いたいことはあるか」との質問にはこう返す。

「謝って済むことではないと思っています。軽蔑されても仕方がありません。保釈中の私を家に入れてくれただけでもありがたいです」

■謝罪の言葉を使わずに、反省の意思を伝える

法廷では点数稼ぎのための演技をする被告人は多いが、この男性はそのようには聞こえない。低姿勢な態度で自分の考えを真摯に述べるとともに、さりげなく相手(浮気相手や妻)へのメッセージを加えるところが、どこか憎めない。しばしば法廷で被告人が被害者に語る紋切り型の物言いではなかったことがプラス要素だったのだ。

また、そうした“トーク技術”は、直接的な謝罪の言葉を使わずに、反省の意思を伝えていることころにも現れている。

通常、ほとんどの被告人は最初に「申し訳ありませんでした」と勢いよく頭を下げる。だが、ありふれた常套句は人の心に届きにくく、言い方によっては「謝れば済むと思っている」と受け取られる可能性がある。そうなると「申し訳ありませんでした」の次に何を言うかが大事になるが、うまくつなげないまま言葉に詰まってしまう人が多い。

平謝りした以上、反論や言い訳は見苦しい。相手から質問を受ける前に具体的な説明を始めるわけにもいかない。早く先をうながしてほしいと思いながら、頭を下げた姿勢でじっとしているか、顔を上げて黙っている。そんな体験を持つビジネスマンは少なくないだろう。

▼「不倫と暴力」でもクビにならなかった理由

その点、被告人は謝罪という形式にとらわれず、自分なりの言葉で気持ちをはっきり表そうとするので、言いたいことが伝わりやすい。

これは仕事の場でも参考になると思う。

感謝の言葉も同じこと。反省のあとでお礼を述べて話を終えると、空気が重くなりすぎない効果もあるだろうし、感謝する際は相手を見ながらが基本だから、下げた頭を元に戻すきっかけにもなり、相手も声をかけやすくなる。

事件を起こしたにもかかわらず会社をクビになっていない理由はわからないが、もう一度チャンスを与えようという意見が反映されたものだとするなら、被告人の人間力が評価されてのことだと思う。倫理的にどうかと思われる不倫と、犯罪である暴力行為の組み合わせなのだから、普通なら“一発退場”でもおかしくない。

■窮地を乗り切る「断言と感謝」の使い方

この裁判では被告人の妻が情状証人として出廷した。証人になる時点で、離婚を考えていないとわかる。

「夫は魔が差したのだと思っています。私も子供中心の生活に追われ、至らぬところがありました。今後は夫とも話し合い、家族全員で生活を立て直したい。会っていただけるなら私も被害者の方のところへうかがって、改めておわびするようにいたします」

判決は懲役1年、執行猶予3年だった。

不倫相手とは縁が切れたものの、仕事も家庭も失わずに収まったのだから上々の結果だろう。職場への復帰も、普通なら居心地の悪い思いをするだろうが、この被告人なら役職を解かれるなどのペナルティーがあったとしても、持ち前の“断言と感謝”で飄々と乗り越えていくような気がする。

(コラムニスト 北尾 トロ)