DeNA買収から丸5年。低迷期を脱却し生まれ変わったベイスターズの今。
2016年、球団初のCS(クライマックスシリーズ)進出を果たした横浜DeNAベイスターズ。日本一になった1998年以降、チームは低迷期が続いていたが、IT関連企業・DeNAが球団を買収し、2012年シーズンから様々なアイディアを打ち出すことで再びファンの心を掴んでいった。昨年の6月には球団史上最速でシーズン観客動員数100万人を達成した。最終的にはその数を球団史上最多の193万9146人にまで伸ばし、観客動員数は買収以降、5年連続での増加となった。
いかにしてDeNAは万年Bクラスのチームを立て直し、一躍人気球団までに押し上げたのかを、球団広報の河村康博氏に伺った。
ベイスターズを買収し、DeNAが打ち出したコンセプト
DeNAが横浜ベイスターズを買収し、「横浜DeNAベイスターズ」として生まれ変わったのは2011年の12月のこと。当時、“モバゲーベイスターズ”になってしまうのではないかと話題になったことを、筆者は覚えている。既にIT関連企業としてソフトバンク、楽天が球団買収を行っていたが、DeNAの主力事業はゲーム。安定した球団経営ができるのか、と不安視する声もあった。
そのような経緯もあり、親会社が変わることでの低迷するチームの変革に対する期待と不安で従来の横浜ファンは複雑な思いを抱えていたに違いない。
だが、球団内部は明確なコンセプトを持ってスタートしていたと河村氏は語る。
「野球だけをやって会社として存続をしていき、お客さんに喜んでもらうのは限界があると考えていました。もちろん野球が中心になることは変わらないんですけど、野球というスポーツ以外の要素もしっかりと整えてお客さんに楽しんでいただき、球場やその周辺、さらには横浜の街を盛り上げたいと考えていました。」
昔と違い、娯楽が溢れている現代において、野球というコンテンツ1つだけでやっていくのは厳しいとDeNAは早い段階から気づいていた。
新球団として掲げたコンセプトは「継承と革新」。日本一になった1998年以降、低迷するベイスターズを支え続けてくれているファンがいることも分かっていた。
「当然、球団には歴史がありますし、以前から応援してくださっているファンもいらっしゃるので、ちゃんと継承しなければいけないことはしていきましょうと。一方で新しいことをいかにできるか、革新的な要素を入れられるかというのは大事にしています。」
まずはマーケティング調査。横浜の街を知るところからのスタート。
プロ野球の世界はまだまだ新しい挑戦に対する抵抗感が強く、タブーとされてきたこともある。それでも何かを変えていかないことには革新を生み出せない。
「買収した時、どういうお客さんが来ているというデータが全くなかったんです。ちゃんとお客さんのことを理解し、誰が来ていて何を求めているというのを調査して、それにあった施策を打ち出していきました。同時に新しい球団なので、話題も提供していくことも考えていました。」
話題となった施策で特に印象に残っているのは、チケットの返金サービス。
「全額返金!?アツいぜ!チケット」と題し、試合勝利時には半額まで、敗戦時には全額を上限としてキャッシュバックを行うチケットの販売を行った。横浜ファンならずとも覚えている人も多いではないだろうか。成功だったかはともかく、今までの常識を覆すような施策で「DeNAベイスターズは何か一味違う」と人々に思わせたことは間違いない。
現在のベイスターズは地域密着を掲げ、“横浜”のチームであることを前面に押し出しているが、初めからそうだったわけではないようだ。様々な調査をしていく中で横浜の街が持つ力、可能性を感じ、ベイスターズがそれを生かしながら愛されるチームを目指していくためには地域密着が不可欠だという結論にたどり着いた。
「横浜の街が持っているポテンシャルというのは12球団の中でも1、2位を争うくらい高いんですよね。思いつくだけでも人口、街のブランド、横浜スタジアムのアクセスの良さなどが挙げられます。」
その中で改めて横浜市民に対し、横浜の街をどう思っているのか、1万人規模でのWeb調査を行った。球団について、というよりあくまでも横浜に対してのイメージ調査という位置付けだ。
「市民に聞いて一番多かったのが『海と港の街』という声だったんです。あとは『おしゃれで開放的な街』や『国際的な街』という意見も多かった。横浜のことを大好きな人たちが持っている街のイメージに僕らが近づいていければ、ベイスターズのことも愛してくれるんじゃないかという考えでやっていったんですよ。」
横浜市民が抱く街のイメージに合わせ、2015年からはユニフォームカラーの変更に着手している。ホームユニフォームの濃紺部分を海と港を思わせる鮮やかな青色、“横浜ブルー”に変更。2016年から採用されたビジターユニフォームも“海と港の街、横浜”をコンセプトにデザインが一新されている。
“海と港の街、横浜"をイメージしたデザインに一新されたビジターユニフォーム
横浜への誇りを「I☆YOKOHAMA」の言葉に乗せて
ベイスターズの試合観戦時のもはや必須アイテムの1つとなっているのが、星をLOVEと読ませた“I☆YOKOHAMA”と描かれたタオルだが、この言葉にも意味が込められている。
「球団側から“I☆BAYSTARS”と発信し、『お客さんにベイスターズを愛してください』というような一方的なものではなく、僕らが『横浜が好きです、横浜が好きな人と一緒に盛り上がりたいです』というメッセージを発信していくことがすごく大事だと考えていました。だから、“I☆YOKOHAMA”として、この言葉を軸にコミュニケーションを進めていきました。」
ヒーローインタビューの最後にタオルを掲げ、「I☆(LOVE)YOKOHAMA!」と選手とファンが一体となって叫ぶ。そうすることで自然と人々の間に横浜の街、ベイスターズという球団に対する愛着と帰属意識が醸成される。まさに野球を中心に、街と人々が繋がる瞬間の1つと言えるだろう。
一方で、様々な要素で構成される街と球団がさらに密着していくためには、スポーツ好き以外にも受け入れてもらえるものを提供していく必要がある。
「スポーツがあまり好きではない人ともたくさんの接点を持ち、ベイスターズと関わってもらいたいと思ったので、例えば食に力を入れたり、球場という場所の使い方を考えたり、女性に特化したイベントを行い女性の方に楽しんでいただこうと考えています。だから我々がイベント告知用のビジュアルを作成するときも野球を前面に押し出したイベントというのはほとんどないんです。もちろん僕らは野球を中心に活動しているのですが、その周りを人々の趣味嗜好に合わせ、興味があることで整えていくというのはすごく大切にしてきました。そういうコミュニケーションを進めていくことで、一般の人との繋がりが広がり、ゆくゆくは地域とも繋がっていけるというようなイメージですね。」
そのような積み重ねを通して、実際にここ5年で大幅に観客動員数を伸ばしてきたわけだが、それについては「野球が大好きな人というよりもライト層の人たちが伸びた」と分析している。
「ON時代」には地上波で巨人戦が放送され、夜は必ずそれを観て、子供達は野球をし、彼らにとってのヒーローは王であり、長嶋であった。日本中の人々の中心には常に野球があったのだ。しかし、時は流れ、ディズニーランドができ、Jリーグが開幕し、その他様々な娯楽が発達してきた。では、その中で野球は、ベイスターズはどうしていったのか。
「勝ち負けだけにこだわったやり方だと、強いチームでも3回に1回くらいは確実にお客さんを逃してしまう。負けた試合でも楽しかったと思ってもらうためには、やっているイベントが楽しかったり、球場で飲んだビールが美味しかったり、盛り上がりのタイミングがたくさんあったりする必要があるんです。」
そこにはあくまで“野球はつまみでいい”という考え方が根底にある。
イベントポスターも選手や野球という競技そのものがメインにはなっていない。
ライト層の増加により、チケット購入が困難に。
そうしたライト層のファンが増えて多くの人が球場に足を運ぶようになったことで、チケットが取りにくくなっていることも事実である。
もちろん将来的な座席やその他設備の増設の検討は行っているものの、球団単体だけでどうにかなる問題でもないという実情もある。行政機関などとの調整を行っていき、課題をクリアにしていった先に実現できることなのである。
「キャパシティが1.5倍になったとすれば、僕らもまたそれを埋めるための努力をしなければいけないし、埋まったらまたチケットが取れないという話にもなってきます。ただ、満員の高揚感とか盛り上がりというのをちゃんと作りたいと思っているので、闇雲にどんどんキャパシティを増やして、人が入る時とそうでない時の差が大きいというのはよくないと思っています。
満員のブランド力は何物にも変えられないので、それを作るということをベースに考えていきたいと思います。だからそういうチケットが取れない飢餓感みたいなものが常設されたというのは、私たちが一つステージを登った、ということを示していると思います。」
視察で訪れたドルトムントのサッカースタジアムはシーズンシート購入者の席が8〜9割を占め、空席の目立つ試合というのはなかったという。キャパシティを増やしたところで、満席にならない試合が増えて、その価値が下がったり、雰囲気が壊れたりすることは避けたい。
とはいえ、増席もそう遠くない未来の話だと思われる。
というのも、2016年シーズンの1試合あたりの平均観客動員数は26,933人で、参入前の2011年(15,308人)から5年間で76%増を記録している。現在の横浜スタジアムの収容人数が約30,000人であることを考えると、これまで通り順調に動員を増やしていけば数年後には毎試合満席を達成する日は近いと言えるだろう。
大幅なスタジアムの改修なのか、はたまた違った新しい形で収容人数を増やすのか。ベイスターズが本腰を入れてキャパシティを増やす“その時”が楽しみだ。
定着とマンネリは表裏一体。一番忙しいのはオフシーズン
様々な施策を打ち出す一方、意外なことに球団内に企画を専門とする部署があるわけではないそうだ。スタジアムでの施策にかかるもので1から全てを手がけるのは演出部門だけ。特定のイベントを行う際には各部署から担当者が集められる。
「新しいことをやるというのにあまり抵抗感がない会社で、そういうことを強引にでもやりましょうという空気は流れています。だから新しいアイディアを頭ごなしに否定するということはないですね。その中で定着してきたことでも、いかに中身を変えて、新しい要素を作っていくかが大切になってくると思います。」
昨年から販売し、好評を博している球団オリジナルビール「BAYSTARS ALE」「BAYSTARS LAGAR」もビールのイベントを実施する中でうまれた施策の一つ。昨年1月に株式会社横浜スタジアムをTOB(株式公開買い付け)で買収したことで、球場内での販売が可能となり、球団オリジナルビールは一躍注目を集めることとなった。
ではそういった新しい施策を立てる時期はいつごろなのだろうか。
「大体、シーズン終わり頃にイベントなどの大枠は決まってきて、シーズンオフと同時に順次動き出します。事業的な球団職員はオフの方が忙しいです」とのこと。あくまでシーズン中はオフに下準備したものを1つずつ実行していく形になる。
毎年恒例の一大イベントとして定着した「YOKOHAMA STAR☆NIGHT」も今年で6年目を迎える。
「ユニフォームを配って選手も同じものを着るということは定着していますが、それ以外の部分をどう作っていくか。球団内でこれからしっかり考えていきたいと思います。」
今年はどんなデザインのユニフォームと演出で楽しませてくれるのか、今から楽しみである。
相互理解のため選手とのコミュニケーションは必須。
横浜DeNAベイスターズは初年度より、球団オフィシャルカメラで選手の戦いの舞台裏を撮影・映像化し、「ダグアウトの向こう」として劇場公開・DVD発売をしてきた。2015年シーズンは行われなかったものの、2016年シーズンから再び「FOR REAL」として劇場公開、DVD発売された。
「選手にとって裏側をカメラで撮られるというのは最初は抵抗感が強く、ストレスも大きかったようです。家の中でずっとビデオを回されているみたいなものなので。でもそれはちゃんとチーム、選手とコミュニケーションをして、『ここはやめてくれ』という声が上がる部分は撮影を控えるなど、対応しています。」
そして、そうした選手とのコミュニケーションの中で彼らが抱いている気持ちにも変化が生まれているのを感じているという。
「多くのお客さんが来てチームや自分が活躍したのを応援してくれている声を一番喜んでいるのは選手だと思うんです。満員の中で試合ができるというのは何物にも変えられないと。特に2016年は選手の方から『負けている時も満員で応援してくれた。今年は僕らが頑張らなくてはいけない』という声が出ていたと聞いています。」
例えばハマスタ夏の風物誌となりつつある、柳沢慎吾さんの“日本一長い始球式”での選手との絡みも、彼らの協力が不可欠になる。もしかしたら、試合開始直前に選手がこのような演出に参加することに疑問を持つ人もいるかもしれない。それでも時間を取らせただけ、ファンに喜んでもらえると理解してもらい、今は選手達もすごく協力的なのだそうだ。信頼関係があってこそのイベントと言えるだろう。
「我々はある種、彼らと対等にならなければいけないと思っています。今は野球だけをやっていればいいという時代ではないので、ファンに喜んでもらえることはやっていこうと話し合っています。選手もその重要性は分かってきていて、それは(※)三浦さんみたいな人がいたおかげかもしれないですね。」
ベイスターズでは現在、収支・事業面を含めた球団の現状について、キャンプイン前に選手に説明する機会を設けているという。その上で施策について選手に協力を仰ぐのだ。彼らと対等に接し、様々な情報を共有することで共によりよい形を考えていく。この流れが確立されれば選手発信の施策というものも、今度出てくるかもしれない。
※三浦大輔氏:元選手。25年間のプロ生活をベイスターズ一筋で過ごした、通称“ハマの番長”。昨シーズン限りで現役を引退した。ポジションは投手。
時代の風を背に受けてー。“横浜優勝”もそう遠くない!
短期間での急速な人気回復、新たな顧客開拓については球団も大きな手応えを感じているようだ。ただ、当然現状に満足しているわけでない。
「あまり先を見すぎていなくて、お客さんを増やして収支を整え、チームが強くなっていくという階段を1つずつ上がっている途中です。もちろん優勝を目指して戦っていきますし、毎試合満員にして、ゆくゆくは球場のキャパシティも増やしたいとも思っています。
街の自慢であり、象徴にならなければいけないと思うので、まだ全部達成していない部分はありますし、「野球って何?」と思う人もたくさんいるので、そういう人達との接点を整えて作っていきたいというのがあります。毎シーズン優勝争いができるチームになり、事業的な面とチーム強化の面の2軸を好循環で回していくというのはしなければいけないですね。」
一昨年まで、ベイスターズは観客動員数こそ増えるものの、チーム順位が上がってこないという状況が続いてきた。それでも毎年コンセプトを持ったドラフトでの選手獲得を行いながら、育成を我慢強く継続してきたことで昨季ついにチームはAクラス入りを果たした。
グラウンドで戦う選手、監督、コーチとビジネス面を担う球団スタッフ、そして応援するファンが三位一体となり、人気と強さを兼ね備えた横浜DeNAベイスターズの黄金期の到来は近い。