「ダウントン・アビー5」2話。英国貴族性規範の変貌
『ダウントン・アビー』第5シーズン第2話がNHK総合で放送された。
ダウントン伯爵ロバートは、次女イーディスの婚約者グレッグソン(ドイツで消息を絶って久しい)のことをもう死んだと見なしている。
そのイーディスは、グレッグソンとの隠し子マリゴールドの後見人になろうと申し出る。
後見人になれば、イーディスがマリゴールドと接する時間も増え、不自然さを疑われることも減り(ホントか?)、学費も援助できる。
ドリューの妻マージーは必ずしも気乗りではないが、夫の決定に従うことになる。
前シーズンの見どころは、夫を交通事故で亡くしたメアリにモテ期が到来する、というものだった。
第1シーズンで伯爵家長女メアリに接近しながら最終的には結婚相手の候補からはずれた因縁の人物である政府の調査員ネイピアが、上司チャールズ・ブレイクとともにダウントンに滞在し、そのチャールズが友人であるトニー(ギリンガム伯爵)と前後してメアリに接近するが、メアリはふたりに「おあずけ」をさせる、というところで前シーズンは終わっていたのだ。
社会主義寄りの発言で貴族を挑発するかに見えたチャールズが、脱水症状を起こした豚(伯爵家は養豚に乗り出している)を救うために夜中に泥まみれで奮闘するイケメンぶりを見せ、しかもじつは裕福な貴族だったことがあとでわかる、という展開はすごかった。一時はトニーの優位も危ぶまれそうだった。
今回、前シーズンでメアリとイイ感じになりながら振られたそのチャールズが、ダウントンを訪れる。チャールズとメアリの会話はなかなか味わい深い。
前シーズンの最後では、レイン・フォックス嬢との婚約を解消してまでメアリに求婚したトニーが、一歩か二歩程度有利、といったところだっただろうか。でもこの一、二歩はかなり大きい。
なにしろ今回、メアリはついにトニーの提案に乗り、秘密の旅行に出かけてしまう。すごいスイートルームに泊まっちゃうのだ。
この展開には、当時の社会における性規範の変貌があるだろう。
「裏ではユルユル、表向きは謹厳そのもの」といういわば「建前で完全に本音を覆い隠した状態」がヴィクトリア期以来の貴族社会の性規範だったようだ。
ところが今回、メアリもチャールズもトニーも、性的なことを(もちろんパーティのような場ではないが)大っぴらに口にするようになっている。
メアリなどは、侍女アンナにむかって、結婚のためにおたがいをよく知る必要があると述べ、それが婚前性交渉の必要を含むことをずばり明言した。
そしてトニーとの秘密の旅行のために、アンナに避妊具を買いに行かせる。アンナなら既婚者だからだいじょうぶ、怪しまれないだろうというのだ。
時代の潮目が変わりつつある。
しかし、このときのアンナにたいする薬局の対応が超感じ悪い。
子どもをほしくない理由があるのかとかなんとか、薬局の女店員(薬剤師?)が根掘り葉掘り尋ねる場面に、その当時の空気を感じる。性の自己決定ににたいする考えが浸透していなかったのだ。
店員の態度には、同じ立場であるはずの働く女性にたいする無理解も含まれている。
薬剤師という知的職業に参入した女性が、メイドという旧体制側で働く女性を軽蔑しているかのようにも見える。
メアリのもとに戻ったアンナは、店員の態度についてメアリに憤懣を告げた。
〈あしたもう一度行って追加で買おうかしら!〉
と珍しい怒りかたをしている。アンナさんは怒ってもかわいらしいな……。
それにメアリが
〈ひとつで充分よ〉
と返しているのも笑える。
時代の潮目は、性規範だけでなく、目に見えるもっと派手な部分でも変わりつつあった。
亡命してきた白系ロシア貴族をローズ(伯爵の従妹の娘)の友人が援助するのも、7年前に起こった社会主義革命の余波だ。
ジャズやダンスが好きな新人類であるローズは、伯爵家にラジオを買ってほしいと言うが、伯爵は流行りものの導入には反対だ。
ところがウェンブリーでの大英帝国博覧会における国王の演説がオンエアされることを知ると、ラジオを1日借りることを承諾してしまう。
ちなみにこの国王ジョージ5世の次男が、吃音に悩んだジョージ6世(前英国王)だ。映画『英国王のスピーチ』でコリン・ファースが演じたあの王さま。
国王のオンエア時には、伯爵家も使用人も、ホールで一同全員起立!で拝聴する。
マシュー(メアリの亡夫)の母イザベルは、ラジオで王の肉声を聞いて、王にリアルな人間味を感じたが、伯爵の母レイディ・ヴァイオレットは、君主制には謎めいたところが必要だと言う。このふたりは、このドラマを支える名コンビだ。
彼女たちのお茶(これぞ英国の風習!)の時間の会話場面は、『ダウントン・アビー』ファンには緊張と笑いを同時にもたらす贅沢な時間と言っていいだろう。
今回もこのふたりが、平民である村医者クラークソン先生とお茶し、また貴族であるマートン卿ともお茶をする。このふたりの殿方はいずれもイザベルに急接近してきた人物だけに、見ている側はぴりぴりしながら息を詰めて会話の行く末を見届けようとすることになる。
それにしてもふたりを招待したマートン卿の客間、調度が素敵だなあ……。
料理長パットモアはローズ経由で、村の女教師バンティング先生に、料理長助手デイジーの算数の家庭教師を依頼する。
ローズは心情的には国際人道主義の貴族、バンティング先生は社会主義シンパの平民、身分も思想も違えど、旧制度の秩序に息苦しさを感じている若い世代。立場を超えて仲がいい。
ローズと伯爵夫人はバンティング先生を夕食に呼ぼうとする。
先生は前回のディナーでの貴族を挑発した。辟易した伯爵は、亡き三女の夫で労働者階級出身のトム・ブランソン(渡米希望中)が先生に毒されていると思っている。また新風潮につねに批判的な執事カーソンも、先生を危険思想の持主と呼んでいるのだった。
伯爵は先生をポーランド出身のユダヤ系革命家ローザ・ルクセンブルクに例えてしまい、夫人に「縁起でもない」と言われてしまう。
ローザ・ルクセンブルクはこの5年前、ドイツ共産党結党後まもなく惨殺されていた。
副執事トーマス・バロウはバクスターの旧悪(前の雇主の宝石を盗んで服役した)を隠して伯爵夫人の侍女として就職させ、その弱みを利用して脅迫し、邸内をスパイさせていた。
ところが、前回バクスターが下僕モウルズリーの勧めで旧悪を夫人に告白させたせいで、トーマスはクビにされかけた。
火事を発見し、命がけでイーディスを救ったので、どうにか首がつながったのだ。
過去の過ちを聞いても、伯爵夫人はバクスターをすぐにやめさせる気にならない。迷っている。
バクスターに思いを寄せるモウルズリーは、トーマスに彼女の過去について聞かされ、信じられない。
バクスターは、トーマスの発言がすべてほんとうだと保証し、モウルズリーにショックを与える。
しかし彼女はこうも言う──私は変わったのだと。
ところで、メアリのかつての求婚者だったチャールズとともに、友人の美術史家ブリッカー氏がやってくる。
15世紀フィレンツェの画家ピエロ・デラ・フランチェスカの絵(フランス革命の年に2代目伯爵が購入したもの)を見にきたのだ。
このブリッカー氏がなにかと伯爵夫人コーラに色目を使ってエロい! 夫人もまんざらではなさそうだ。
それをうすうす察した伯爵が苛立って、
〈人のうちの犬にこれ以上ちょっかいを出すなと伝えておいてくれ〉
と夫人に言うのが、また可笑しい。
これはブリッカー氏が伯爵の愛犬アイシス(♀)を手なずけようとしているようにも見えることを踏まえての発言。
アイシスは以前、トーマスに誘拐・監禁されたときもなんの疑いも持たなかった「人のいい」犬だ。
だいたいラブラドルレトリーバーってフレンドリーすぎて、手なずける必要もない感じがする。番犬向きではない。
ところでその絵ってやつがすごくちっちゃい絵なんだが、大丈夫か?
隠すのは容易だ。ブリッカー氏ってやつに触らせてだいじょうぶなのか?
これがなくなったりすると、バクスターが疑われることは必定なのだが……。
副執事トーマスは、だれかを陥れる情報はないかと、バクスターを脅し、伯爵の従者ベイツとその妻アンナの秘密を嗅ぎ回っている。
けれど今回はまた、そのトーマスの傷心が表現される回でもある。
まず、同性愛者であるトーマスは美男子の下僕ジミーに好意を寄せていたが、前回火事が原因で、ジミーと前の雇主レイディ・アンストラザーとの不品行がバレてしまい、ジミーは解雇されてしまう。
トーマスは屋敷を去るジミーに最後まで優しい。ジミーも感謝の念を明かしているが、友だちとしてだ、とあくまで念を押している。
トーマスは本ドラマ上の役割上はたしかに「ヒール」ではあるが、それでも今回はさすがに傷心のあまり、弱みを他人に見せる。
〈どうせ俺は嫌われものだ……〉
なんと、よりにもよってアンナにたいして弱音を吐いているのだ。アンナとベイツの夫妻を陥れようとしているというのに…。
トーマスは、自分は嫌われものだという自覚を持っている。
というよりも、嫌われものだという自己規定が、トーマスを無益な人間不信へと駆り立てていると言ったほうがいいだろう。
第5シーズン第2話のメインストーリーは、「大戦の戦没者慰霊碑をどこに建てるか問題」である。
村の代表団と建設委員長カーソンは、クリケット場を「追悼の庭」に変えて戦歿者慰霊碑を立てれば、村人が美しい自然のなかで祈りの時間を持つことができるだろうと主張する。
いっぽう慰霊碑建設の顧問である伯爵は、村の中心地に作り、日々の生活のなかで戦歿者を思うのが一般的だ、という意見だ。
カーソンは珍しく伯爵に反対する。そんなところに作ったのでは、村民の井戸端会議の腰掛にされてしまうではないか、と。
村の代表も、前線で散った兵士たちの命の重みを軽く見るのかと伯爵に聞く。
ぐさっときただろうな、伯爵には大戦の前線に呼ばれなかった負い目があるのだから。
ある日伯爵とカーソンが村の中心地の候補地を訪れると、息子を連れた戦争未亡人が通りかかる──。
このあとの彼女の発言から、慰霊碑の場所は思わぬタイミングで決定する。この場面はじつに感動的だ。
また、この挿話では、カーソンは家政婦長ヒューズと意見が一致したことについても嬉しく思っていると発言している。前シーズンの終盤から、このふたりが急接近しているのが興味深い。
今回のラストはショッキングだ。ウィリス巡査部長がベイツのことでカーソンを訪れるのだ。
ロンドンでのグリーン変死に関連して、ベイツを目撃したとする証言があるというのだ。
ベイツのグリーン殺害疑惑を知っているヒューズは、ひそかにショックを受ける。
どうなるベイツ! そしてアンナ!
胃が痛くなってきた……。
国王の放送が始まったとき、緊張のあまり料理長パットモアいわく、
「こっちの声は王さまに聞こえるのかね?」
屋敷に最新式の巨大なラジオ受信機が設置されるのを見て、料理長助手デイジー曰く、
「無線通信なのに、線がたくさん…」
これはあれだね、引越しで無線LANを設置するたびに思うね(←無線LANは建物までは有線です!)。
もちろん作中でラジオは〈レイディオ〉ではなく、当時の語で〈ワイアレス〉と呼ばれています。
(千野帽子)
恒例、イーディス隠し子続報
ダウントン伯爵ロバートは、次女イーディスの婚約者グレッグソン(ドイツで消息を絶って久しい)のことをもう死んだと見なしている。
そのイーディスは、グレッグソンとの隠し子マリゴールドの後見人になろうと申し出る。
後見人になれば、イーディスがマリゴールドと接する時間も増え、不自然さを疑われることも減り(ホントか?)、学費も援助できる。
ドリューの妻マージーは必ずしも気乗りではないが、夫の決定に従うことになる。
引き続きモテ期のメアリ
前シーズンの見どころは、夫を交通事故で亡くしたメアリにモテ期が到来する、というものだった。
第1シーズンで伯爵家長女メアリに接近しながら最終的には結婚相手の候補からはずれた因縁の人物である政府の調査員ネイピアが、上司チャールズ・ブレイクとともにダウントンに滞在し、そのチャールズが友人であるトニー(ギリンガム伯爵)と前後してメアリに接近するが、メアリはふたりに「おあずけ」をさせる、というところで前シーズンは終わっていたのだ。
社会主義寄りの発言で貴族を挑発するかに見えたチャールズが、脱水症状を起こした豚(伯爵家は養豚に乗り出している)を救うために夜中に泥まみれで奮闘するイケメンぶりを見せ、しかもじつは裕福な貴族だったことがあとでわかる、という展開はすごかった。一時はトニーの優位も危ぶまれそうだった。
今回、前シーズンでメアリとイイ感じになりながら振られたそのチャールズが、ダウントンを訪れる。チャールズとメアリの会話はなかなか味わい深い。
貴族の行動規範の変貌
前シーズンの最後では、レイン・フォックス嬢との婚約を解消してまでメアリに求婚したトニーが、一歩か二歩程度有利、といったところだっただろうか。でもこの一、二歩はかなり大きい。
なにしろ今回、メアリはついにトニーの提案に乗り、秘密の旅行に出かけてしまう。すごいスイートルームに泊まっちゃうのだ。
この展開には、当時の社会における性規範の変貌があるだろう。
「裏ではユルユル、表向きは謹厳そのもの」といういわば「建前で完全に本音を覆い隠した状態」がヴィクトリア期以来の貴族社会の性規範だったようだ。
ところが今回、メアリもチャールズもトニーも、性的なことを(もちろんパーティのような場ではないが)大っぴらに口にするようになっている。
メアリなどは、侍女アンナにむかって、結婚のためにおたがいをよく知る必要があると述べ、それが婚前性交渉の必要を含むことをずばり明言した。
そしてトニーとの秘密の旅行のために、アンナに避妊具を買いに行かせる。アンナなら既婚者だからだいじょうぶ、怪しまれないだろうというのだ。
時代の潮目が変わりつつある。
性の自己決定をめぐって
しかし、このときのアンナにたいする薬局の対応が超感じ悪い。
子どもをほしくない理由があるのかとかなんとか、薬局の女店員(薬剤師?)が根掘り葉掘り尋ねる場面に、その当時の空気を感じる。性の自己決定ににたいする考えが浸透していなかったのだ。
店員の態度には、同じ立場であるはずの働く女性にたいする無理解も含まれている。
薬剤師という知的職業に参入した女性が、メイドという旧体制側で働く女性を軽蔑しているかのようにも見える。
メアリのもとに戻ったアンナは、店員の態度についてメアリに憤懣を告げた。
〈あしたもう一度行って追加で買おうかしら!〉
と珍しい怒りかたをしている。アンナさんは怒ってもかわいらしいな……。
それにメアリが
〈ひとつで充分よ〉
と返しているのも笑える。
流行りのテクノロジーとしてのラジオ
時代の潮目は、性規範だけでなく、目に見えるもっと派手な部分でも変わりつつあった。
亡命してきた白系ロシア貴族をローズ(伯爵の従妹の娘)の友人が援助するのも、7年前に起こった社会主義革命の余波だ。
ジャズやダンスが好きな新人類であるローズは、伯爵家にラジオを買ってほしいと言うが、伯爵は流行りものの導入には反対だ。
ところがウェンブリーでの大英帝国博覧会における国王の演説がオンエアされることを知ると、ラジオを1日借りることを承諾してしまう。
ちなみにこの国王ジョージ5世の次男が、吃音に悩んだジョージ6世(前英国王)だ。映画『英国王のスピーチ』でコリン・ファースが演じたあの王さま。
ヴァイオレットとイザベルの名コンビ
国王のオンエア時には、伯爵家も使用人も、ホールで一同全員起立!で拝聴する。
マシュー(メアリの亡夫)の母イザベルは、ラジオで王の肉声を聞いて、王にリアルな人間味を感じたが、伯爵の母レイディ・ヴァイオレットは、君主制には謎めいたところが必要だと言う。このふたりは、このドラマを支える名コンビだ。
彼女たちのお茶(これぞ英国の風習!)の時間の会話場面は、『ダウントン・アビー』ファンには緊張と笑いを同時にもたらす贅沢な時間と言っていいだろう。
今回もこのふたりが、平民である村医者クラークソン先生とお茶し、また貴族であるマートン卿ともお茶をする。このふたりの殿方はいずれもイザベルに急接近してきた人物だけに、見ている側はぴりぴりしながら息を詰めて会話の行く末を見届けようとすることになる。
それにしてもふたりを招待したマートン卿の客間、調度が素敵だなあ……。
バンティング先生、デイジーの家庭教師となる
料理長パットモアはローズ経由で、村の女教師バンティング先生に、料理長助手デイジーの算数の家庭教師を依頼する。
ローズは心情的には国際人道主義の貴族、バンティング先生は社会主義シンパの平民、身分も思想も違えど、旧制度の秩序に息苦しさを感じている若い世代。立場を超えて仲がいい。
ローズと伯爵夫人はバンティング先生を夕食に呼ぼうとする。
先生は前回のディナーでの貴族を挑発した。辟易した伯爵は、亡き三女の夫で労働者階級出身のトム・ブランソン(渡米希望中)が先生に毒されていると思っている。また新風潮につねに批判的な執事カーソンも、先生を危険思想の持主と呼んでいるのだった。
伯爵は先生をポーランド出身のユダヤ系革命家ローザ・ルクセンブルクに例えてしまい、夫人に「縁起でもない」と言われてしまう。
ローザ・ルクセンブルクはこの5年前、ドイツ共産党結党後まもなく惨殺されていた。
バクスターの旧悪
副執事トーマス・バロウはバクスターの旧悪(前の雇主の宝石を盗んで服役した)を隠して伯爵夫人の侍女として就職させ、その弱みを利用して脅迫し、邸内をスパイさせていた。
ところが、前回バクスターが下僕モウルズリーの勧めで旧悪を夫人に告白させたせいで、トーマスはクビにされかけた。
火事を発見し、命がけでイーディスを救ったので、どうにか首がつながったのだ。
過去の過ちを聞いても、伯爵夫人はバクスターをすぐにやめさせる気にならない。迷っている。
バクスターに思いを寄せるモウルズリーは、トーマスに彼女の過去について聞かされ、信じられない。
バクスターは、トーマスの発言がすべてほんとうだと保証し、モウルズリーにショックを与える。
しかし彼女はこうも言う──私は変わったのだと。
ブリッカー氏が怪しい
ところで、メアリのかつての求婚者だったチャールズとともに、友人の美術史家ブリッカー氏がやってくる。
15世紀フィレンツェの画家ピエロ・デラ・フランチェスカの絵(フランス革命の年に2代目伯爵が購入したもの)を見にきたのだ。
このブリッカー氏がなにかと伯爵夫人コーラに色目を使ってエロい! 夫人もまんざらではなさそうだ。
それをうすうす察した伯爵が苛立って、
〈人のうちの犬にこれ以上ちょっかいを出すなと伝えておいてくれ〉
と夫人に言うのが、また可笑しい。
これはブリッカー氏が伯爵の愛犬アイシス(♀)を手なずけようとしているようにも見えることを踏まえての発言。
アイシスは以前、トーマスに誘拐・監禁されたときもなんの疑いも持たなかった「人のいい」犬だ。
だいたいラブラドルレトリーバーってフレンドリーすぎて、手なずける必要もない感じがする。番犬向きではない。
ところでその絵ってやつがすごくちっちゃい絵なんだが、大丈夫か?
隠すのは容易だ。ブリッカー氏ってやつに触らせてだいじょうぶなのか?
これがなくなったりすると、バクスターが疑われることは必定なのだが……。
トーマスの苦衷
副執事トーマスは、だれかを陥れる情報はないかと、バクスターを脅し、伯爵の従者ベイツとその妻アンナの秘密を嗅ぎ回っている。
けれど今回はまた、そのトーマスの傷心が表現される回でもある。
まず、同性愛者であるトーマスは美男子の下僕ジミーに好意を寄せていたが、前回火事が原因で、ジミーと前の雇主レイディ・アンストラザーとの不品行がバレてしまい、ジミーは解雇されてしまう。
トーマスは屋敷を去るジミーに最後まで優しい。ジミーも感謝の念を明かしているが、友だちとしてだ、とあくまで念を押している。
トーマスは本ドラマ上の役割上はたしかに「ヒール」ではあるが、それでも今回はさすがに傷心のあまり、弱みを他人に見せる。
〈どうせ俺は嫌われものだ……〉
なんと、よりにもよってアンナにたいして弱音を吐いているのだ。アンナとベイツの夫妻を陥れようとしているというのに…。
トーマスは、自分は嫌われものだという自覚を持っている。
というよりも、嫌われものだという自己規定が、トーマスを無益な人間不信へと駆り立てていると言ったほうがいいだろう。
戦没者慰霊碑をどこに建てるか問題
第5シーズン第2話のメインストーリーは、「大戦の戦没者慰霊碑をどこに建てるか問題」である。
村の代表団と建設委員長カーソンは、クリケット場を「追悼の庭」に変えて戦歿者慰霊碑を立てれば、村人が美しい自然のなかで祈りの時間を持つことができるだろうと主張する。
いっぽう慰霊碑建設の顧問である伯爵は、村の中心地に作り、日々の生活のなかで戦歿者を思うのが一般的だ、という意見だ。
カーソンは珍しく伯爵に反対する。そんなところに作ったのでは、村民の井戸端会議の腰掛にされてしまうではないか、と。
村の代表も、前線で散った兵士たちの命の重みを軽く見るのかと伯爵に聞く。
ぐさっときただろうな、伯爵には大戦の前線に呼ばれなかった負い目があるのだから。
ある日伯爵とカーソンが村の中心地の候補地を訪れると、息子を連れた戦争未亡人が通りかかる──。
このあとの彼女の発言から、慰霊碑の場所は思わぬタイミングで決定する。この場面はじつに感動的だ。
また、この挿話では、カーソンは家政婦長ヒューズと意見が一致したことについても嬉しく思っていると発言している。前シーズンの終盤から、このふたりが急接近しているのが興味深い。
グリーン変死事件、急展開
今回のラストはショッキングだ。ウィリス巡査部長がベイツのことでカーソンを訪れるのだ。
ロンドンでのグリーン変死に関連して、ベイツを目撃したとする証言があるというのだ。
ベイツのグリーン殺害疑惑を知っているヒューズは、ひそかにショックを受ける。
どうなるベイツ! そしてアンナ!
胃が痛くなってきた……。
今週の名台詞
国王の放送が始まったとき、緊張のあまり料理長パットモアいわく、
「こっちの声は王さまに聞こえるのかね?」
屋敷に最新式の巨大なラジオ受信機が設置されるのを見て、料理長助手デイジー曰く、
「無線通信なのに、線がたくさん…」
これはあれだね、引越しで無線LANを設置するたびに思うね(←無線LANは建物までは有線です!)。
もちろん作中でラジオは〈レイディオ〉ではなく、当時の語で〈ワイアレス〉と呼ばれています。
(千野帽子)