飲食店での現金取り扱いに潜むリスク/日沖 博道
あるプロジェクトで調べたところ、スウェーデンでは店での支払方法の9割以上がクレジットカードなど非現金決済だと知って驚いた。ベネルクス3国や北欧全体でも似たような状況で、都会において現金で支払うのは他国から来た観光客ぐらいだという。クレジットカード大国である米国以上の現金離れがこれらの地では近年急速に進んでいるのだ。
北欧および北米で非現金シフトが急激に進んだ理由たるや、店にとってのセキュリティとコスト、そして衛生面からなのだ。
店に現金を大量に置いておくと、強盗に狙われる恐れもあり、従業員がくすねる恐れもあるので、経営者としては安心できない。そして偽造札でないかもチェックしなければいけないので、意外と現金というのは取り扱いコストが高い。さらに飲食店であれば、従業員が硬貨などを扱った手で食べ物を触ったり配膳したりするのを、客が快く思わないというのだ。言われてみると合理的なのである。
ちなみにこれら北欧やベネルクス諸国では、ユーザーにとってクレジット/デビッドカードを使えない店がごく限られており(最近はむしろ「現金取扱なし」が目立つようになってきているという)、銀行が早くから電子決済への移行を進め、店舗にとっての利用コストを引き下げてきた経緯がある。
一方、日本ではどうか。調査主体によって若干の違いはあるが、2015年時点でクレジットカード+デビッドカードで16〜18%、Suicaやエディ、そしてIDなどその他の電子決済手段(調べていただくとすぐに分かるが、笑えるほど多種類である)を合わせてもようやく20%程度だという。これでも近年その割合は着実に増加中なのだが、OECD加盟国の中ではイタリアと並んで最低レベルにランクされる。
理由は幾つか挙げられる。安全な日本では消費者の多くは現金を持ち歩くことに大した不安を感じていないし、街角に様々な(コインを使う)自販機が普及している。店舗側としては、クレジットカードの手数料が世界的にも高い水準にあり(後述)、経営的に無視できないコスト負担を強いられる。
しかしながらよく考えてみると少々不思議である。日本人は世界的にみても稀な「潔癖症」民族である。他人の触ったエスカレータの手すりやつり革に摑まるのさえ嫌がる人が少なくないくらいだ。
その日本人の大半が、どこの誰とも知れない他人の触った硬貨を行きずりの店とやり取りし、しかも飲食店の従業員がその現金の受け取りをした素手で配膳したり調理したりするのを平然と受け入れているのだ。これは不思議といえば不思議な状況である。
例えばノロウィルスなど強力な感染力を持つウィルスや細菌の保有者が触った硬貨を受け取った人が、その手で自分の鼻や口を触ったら簡単に感染してしまうだろう。その硬貨に触った従業員が調理または配膳した料理品を食べたお客が食中毒になる可能性は決して低くない。飲食店としては食材の調達・調理の際の殺菌には万全を期しているのに、とんだ抜け穴がぽっかり空いているようなものだ。
飲食店経営者とすると気になるだろうが、現実問題として対処できるのだろうか。レジ対応専門の従業員を置ける店などというのは今どきほとんど無い。取分けする際にはビニール手袋をして、お勘定をする際には素手で、といった区別をしている「中食」店を見たことも何度かあるが、ビニール手袋をいちいちはめたり脱いだりするのが面倒そうなのと、その際に手袋を素手であちこち触っているので無意味だと感じる。
それ以上に有効なのは、やはり現金の取り扱いを極力抑え、カードや電子マネーで支払ってもらう体制に早く持っていくことだろう。実際のところ日本の大都市では、(クレジットカード端末に加えて)電子マネー用決済端末を設置している店舗が世界的に見ても多いと感じる。そしてその利用率は着実に上がっているらしい。つまり機運はあるのである。
非現金決済のさらなる普及度向上に向けての一番の障害が店舗にとってのクレジットカード手数料の高さだろう。大型小売店で3〜5%、飲食チェーンで4%〜(一般小規模店なら5%〜が多い。遊興施設や風俗施設では10数%に跳ね上がるらしい)とされ、国際的に見ても随分高い水準だ。
最近は小型カードリーダーを使うモバイル型カード決済や電子マネー決済が普及し始めて手数料の値下げ圧力が強くなっているとはいえ、まだまだ割高なのは間違いない。主な要因の一つとして、クレジットカード決済時に利用するCAFISというクレジット情報照会サービスの利用料の高さも指摘される。関係者のさらなる努力を期待したい。