調達購買改革を巡る誤解 その3/野町 直弘
その3.「複数社発注」=「リスクマネジメント」の誤解
前々回から調達購買改革を巡る誤解について取上げていますが、今回はその三回目です。
東日本大震災をきっかけに供給リスクマネジメントの手法として複数社発注とかマルチソース化を進めるべき、ということが日本企業においても言われるようになってきました。
今回はこの「複数社発注」が「(供給)リスクマネジメント」につながるかどうか考えていきましょう。
その前に先ずは複数社発注の定義についてです。複数社発注は違う言葉では二社発注とか二社購買、マルチソース、デュアルソースなどと言われています。それぞれの言葉の意味は大きくは違わないでしょう。しかし、この複数社発注は、元々供給リスクマネジメントを目的とした購買手法ではありません。複数の企業を競争させてコスト削減を実現したい、というのがそもそもの目的です。
例えば電機メーカーなどでは汎用品である半導体などを複数の会社から購買していますが、四半期毎に価格交渉を行い、安いサプライヤから買う量を増やすなどの発注シェアコントロール(アロケーションという言葉を使います)を行っていますが、これは複数社発注の代表的な事例と言えるでしょう。
しかし複数の企業を競争させてコスト削減を図るという目的であっても、先の半導体の事例のように全く同じもの(もしくは代替相当品)を複数の会社から買っているケースはあまり多くありません。むしろこのようなケースはごく一部分でしょう。
複数社発注とは同じ品目群について2社以上の発注先をサプライヤ候補として持ち、常にこの複数社を競争させてコスト削減を図る取組み、これがむしろ一般的ではないでしょうか。
トヨタ自動車は創業者である豊田喜一郎氏が作られた購買係心得にも書かれているように複数社発注(2社が基本)が基本方針です。一方でトヨタ自動車は系列関係などサプライヤとのパートナーシップを重視しています。この二つの基本方針を同時に実現するために、彼らは品目群ごとに複数社のサプライヤを競争させているのです。それにより「協調」と「競争」のバランスをとっています。つまり全く同じものを複数社から買っている訳ではなく同じ品目群(例えばピストンリングとかベアリングとかシートなど)で、二社以上の発注先をサプライヤ候補として持っておき、この複数社を競争させていく、という手法を取っているのです。
これが多くの企業における複数社発注の実体と言えます。
何故そのような手法をとっているのでしょうか。その理由は明快です。同じ品目を複数社から購買することは二重投資になるからです。特に自動車の場合購買品の殆どは各自動車メーカーのカスタマイズ品。カスタマイズ品ということは新規発注のためには金型や専用治具、専用工具などの設備投資が必要です。もし全く同じ品目を二社以上から買うということになると、これが二重三重の投資につながります。
冒頭での半導体事例のように専用投資が不要な汎用品や原材料など一部の品目では二社以上から購入しても二重投資にはなりません。このケースでは複数社発注を行うことで競争によるコスト削減と供給リスクマネジメントにもつなげることができます。
しかし全く同じ品目を複数社発注するということは一般的にはコスト的な負担につながるので、重要且つサプライヤがここしかできない、というような供給リスクマネジメントを優先せざるを得ないようなボトルネック品目でしか行われないでしょう。そういう品目は一部であり稀な品目と言えます。
こういう状況を考えると「複数社発注」は必ずしも「供給リスクマネジメント」にはつながらないのです。
しかしカスタマイズ品であっても品目や条件が変われば全く同じ品目を複数の会社や工場から買うことがあり得ます。以前私が自動車会社で購買担当をしていた時ですが自社生産していた車種は生産量が非常に多く、1ラインだけでは生産が間に合いませんでした。このようなケースでは異なった工場の2ラインで最終製品を生産しているので、全く同じ部品を異なったサプライヤ2社から購買するという複数社発注の手法を取ることができるのです。
また、最近では生産戦略上国内と海外の2工場(もしくはそれ以上)で同じ製品の生産をしているケースも少なくありません。このようなケースでは二重投資になったとしても輸送コストや現地の生産コストを考えると国内と海外の複数工場や複数社から同じものを購買するというケースもあり得ます。
これらのケースでは全く同じ品目を複数社発注することで供給リスクマネジメントにもつながるのです。
繰り返しになりますが、これらのケースはレアケースであり、多くの品目については供給リスクマネジメントのために二重投資によるコストアップを容認するということは考え難く、複数社発注はリスクマネジメントに直結しません。それでは供給リスクマネジメントを目的とした購買手法の昨今の動向はどのような状況にあるのでしょうか。一つ言えることは複数社発注についてもそうですが、コスト増や高負荷を無視したリスクマネジメントは無理があるということです。
昨今の動向としてはティア情報などの源流情報の収集、蓄積などはしっかりやっておくという前提のもと、リスクに対して事前に手を打っておこうというリスク回避、軽減策よりも事案が起きた時の初動の速さと、収集した情報を元に適切な意思決定を行うことをより重視していく方向にあるのではないかと考えます。
また現場の復興をまず第一優先とし、もし現場の復興にあまりにも時間がかかれば、まずは設備や金型の移転等によって同じサプライヤの違う工場での生産に移行する、それもできなければ海外含む代替サプライヤの検討、というのが基本的な考え方になっています。
基本的な考え方は無理なリスクマネジメントは長続きしない、という前提で如何に復興を最優先するか、ということです。これは以前メルマガでもふれましたトヨタ自動車の復旧支援活動でも同じような方針が打ち出されています。
今回述べてきたことと前2回の誤解について、共通している考え方はそれぞれ購入している品目によってサプライヤマネジメントやサプライヤ集約、複数社発注などの購買手法の適合性が異なることです。ようするに購入品目を層別化して捉え、その購入品目にあった購買手法を採用しなければ意味がないのです。
複数社発注と言ってもサプライヤ切替えや新規投資によってコストがどれ位がかかるか、また購入品目群の重要性等の要素によっても取るべき購買手法、施策は異なります。
それにも関わらず調達購買改革のいくつかのキーワードの元、何から何まで一つの考え方で推進しようとするから無理が生じているのです。
次回は、誤解その4.「部品集約」=「コスト削減」の誤解について述べていく予定です。