府立乙訓高等学校(京都)【前編】
2010年から2014年にかけ、夏の京都大会で3度のベスト8進出を果たした乙訓高校。昨夏は優勝校の鳥羽に準決勝で敗れたものの、堂々の4強入り。初の甲子園出場を虎視眈々とうかがう公立校を訪ねるべく、京都府長岡京市へ向かった。
グラウンドに到着し、真っ先に目を奪われたのは外野部分に敷き詰められた青々とした芝生。公立校ではなかなかお目にかかれない環境に驚きながらバックネット裏へ歩を進めると、市川 靖久監督が出迎えてくれた。
「芝生の維持は大変ですが、夏の公式戦本番は、外野は芝生。実戦に即した練習が日々できるわけで、ものすごく恵まれた環境だと思います。でも毎日ここで練習していると、この環境がいつのまにか当たり前になってしまう。だからいつも選手たちには伝えてます。初めてこのグラウンドに足を運んだ時、『すごいなぁ!』と思ったはずだと。この環境を決して当たり前だと思ったらあかんぞ、と」
監督就任後に伝えたことゲームノックの様子(府立乙訓高等学校)
昨春、府内の異動に伴い、現職に就いた市川監督。就任前年の2014年秋には北稜高校の監督として乙訓と対戦し、5対0で勝利を収めていた。敵の立場で抱いた乙訓の印象は「自分たちのペースに持ち込めない時には力を発揮できぬまま、あっさりと終わってしまう」「チームとしてはアバウトに映る部分がある」。そして赴任後、その印象は確信に変わった。
「全員が揃ったのかどうかもわからない状態のまま、その日の練習が始まるんです。誰が休みなのかをキャプテンですら把握していない。時間の管理や報告の徹底などがものすごくアバウトだったので、そのあたりは組織として機能するよう、変えていく必要があるんじゃないか?それは結局、野球の試合にも出てきてしまうんじゃないか?といった話をミーティングで提案するところから始まりました」
目標を訊ねると部員全員が「甲子園に行きたいです」と口にする。しかし市川監督は「行きたいと口にするだけでは行けない場所」と冷静に返した。「乙訓高校創部以来初の甲子園出場」をチームの目標として定め、その上で「そのためには」という要素を具体的に17個掲げた。
[page_break:エース不在の秋・春を経て]■報告・連絡・相談・時間厳守を徹底する■はっきりとした正しい言葉で挨拶、返事、会話をする■自分で出来ることは全て自分でやろうとする姿勢を持つ■ゴミ拾いや整理整頓の徹底■公立高校で甲子園出場を本気で目指す学校であることを強く意識する
ひとつひとつの内容は、その気になれば誰でも達成可能なものばかり。チーム全体で「当たり前のことを当たり前にする」意識の徹底をはかった。「アバウトだった部分をひとつひとつ詰めていった感じです。部員全員が同じ方向を向いているという感覚が芽生え、『一丸となって頑張ろう!』という気持ちが選手一人一人に宿っていった気がします」(西屋 龍之介主将)
昨夏、チームは10年ぶりに府大会でベスト4進出を果たし、甲子園出場まであと2勝と迫った。しかし、準決勝では鳥羽高校に0対8で完敗。市川監督は「勢いだけで勝ち進んだことを思い知らされた」と語った。「劣勢になり、自分たちのペースに持ち込めないときに辛抱強く粘れず、ずるずるとやられてしまう弱点を最後に露呈したようなゲームでした。府の上位チームと対戦するときは自分たちのペースに持ち込めないことの方が多い。『劣勢でもしっかりと我慢し、粘っていく』ことをあらためてチームの合言葉にし、新チーム体制に入りました」
エース不在の秋・春を経て西屋 龍之介主将(府立乙訓高等学校)
「夏にベスト4に入ったこともあり、周囲から『秋はどこまで勝つだろう?』という見方をされていることは肌で感じました。勝たねばならないというプレッシャーは正直、ありました」と西屋主将。
ところが、思うように結果がついてこない。秋は地区大会で敗退。春季大会も紫野に敗れ、地区大会2回戦で姿を消した。最大の要因は昨夏の京都大会で先発マウンドを4度務め、4強入りの大きな原動力となったエース・上野 晃徳投手の右ヒジ痛による離脱。10月にはヒジの軟骨摘出手術を行い、秋、春の公式戦には一度も登板することができなかった。
市川監督は「たしかに負けた最大の理由は上野の故障になるのかもしれない」と話した後、「でもそれだけじゃない」と続けた。「負けた試合は、いずれも接戦に持ち込みながら辛抱しきれなかったパターン。粘り切れないというチームの弱点が出てしまいました」
課題が浮き彫りになった一方で、エース不在の状況が控え投手陣の実戦機会を増やし、投手陣の成長、底上げを促す、というプラス面もあった。そして5月下旬、練習試合にて上野が実戦マウンドに帰ってきた。この日、復帰登板を果たして間もないエースに話を聞くことができたので、紹介したい。
後編では、エース・上野 晃徳投手に復帰後の手ごたえを伺いつつ、乙訓高校の夏へ向けての課題や意気込みについて迫りました。
(取材・文/服部 健太郎)
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