日本を代表する都市・新宿の一角に、まるでオアシスのように広がる新宿御苑。海外メディアにも取り上げられる機会も増え、訪日外国人にも近年、観光地として人気を博している。入場料はかかるが、その分手入れも行き届いている。お弁当を持参するのもいいが、敷地内には売店やレストランもあるので、手ぶらで立ち寄ってもOKだ。



そんな新宿御苑の敷地内にあるレストラン「ゆりのき」に、ちょっと気になるメニューがある。


それがこちら「里帰りシカ肉カレーセット」。里帰り? シカ? 御苑で生まれたシカがどこか違う場所で大きくなって、そのお肉が提供されているんだろうか? 御苑にシカがいるという話は聞いたことがない。というわけで、里帰りシカ肉とはいったいなんなのか、直接お話をうかがってみることにした。


ご対応いただいたのは、一般財団法人国民公園協会新宿御苑 業務課長総料理長の伊藤秀雄さん。里帰りシカ肉カレーは、なぜ“里帰り”なのか伺うと、まず新宿御苑の歴史を教えてくれた。
「新宿御苑は今では皆さんに都会のオアシスとして親しまれていますが、明治時代は近代農業振興を目的とする農業試験場でした。まだ日本には無かった西洋野菜や果物、樹木などが海外から導入され、この御苑で試験栽培されて、日本国内の栽培に適した場所へと広まって行ったんです。そんな御苑ゆかりの野菜を使用しているので、“里帰り”なんです」と伊藤さん。



ショウガやタマネギ、トウガラシ、ニンジン、ニンニク、ピーマンなど、現代の食卓に当たり前のようにのぼっている野菜たちは、みんな新宿御苑で試験栽培され、全国へ広がっていったものなのだという。
それじゃあシカ肉カレーに使用されているシカも、御苑ゆかりのシカなんだろうか。

「シカは御苑ゆかりではありません。『レストランゆりのき』はロハスを意識したメニューを提供していて、害獣として駆除されるシカを有効活用しようという取り組みのひとつなんです」


Photo/Captain76:Wikimedia Commons

レストランゆりのきで提供されるシカは、北海道で駆除されたエゾシカなのだという。
害獣として駆除されたシカの肉を利用して、少しでも破棄される数を減らしたいという取り組みだ。生物多様性の観点からも、シカが森林を食べ、枯れるというのが問題となった。シカ肉は洋食では高級食材。鉄分が豊富で脂肪分は少なく低カロリーなので女性向けの食材だ。駆除したシカを活用しようと、北海道庁環境対策課へ電話して仕入れ先を紹介してもらっている。カレーの他にもシカ肉のミートソースやシカ肉を使った生ハムなどとして提供している。

「みなさんが何気なく食べて環境保護につながるメニューを提供したかったんです。駆除するだけでなく、食材として環境保全に役立つ食材を選びました」
「新宿御苑にはシカはいません」ということで、残念ながらというか、新宿御苑とシカは無関係だった。


こちらがシカ肉カレー。試食用にご用意いただいたのでミニサイズだ。
いただいてみると、獣臭さや油っぽさなどは一切なく、とても食べやすい。伊藤さんによると、シカ肉は低カロリーで脂肪も少なく、最近はジビエとして人気が出てきており、特に女性に好評なのだそうだ。海外の観光客は、ほとんどこのシカ肉カレーを注文するのだとか。シカ肉カレーは口に入れるとまずシカ肉や野菜のうま味が広がり、後からピリッと辛さがやって来る。


どんな人でも食べられるようにあまり辛さを強くしていないという。辛味には、江戸時代に新宿御苑周辺で栽培され約400年ぶりに復活した「内藤とうがらし」を使用。カレー以外にも、「内藤とうがらしアイス」や「内藤とうがらしココア」といった一風変わったメニューが人気だそうだ。
とうがらしは油と相性がいい食材で、ココアに含まれるカカオ豆の油分にうまく溶け合い、ココアの甘さと内藤とうがらしの辛さが絶妙にマッチしていた。


デザートのアイスにかけられた内藤とうがらしのソースも初めて食べるおいしさだった。

失礼ながら、公園のレストランでここまで本格的なレストランの味に出会えるとは思っていなかったため、かなり驚かされた。それもそのはず、伊藤さんは以前ホテルのレストランで腕を振るっていた方。“里帰り”のメニューは、2009年に商業施設で初めて「エコ・クッキング」メニューを導入することなり、一年前から動き出して考案したものだったという。「エコ・クッキング」とは、東京ガスが提唱した、仕入れから片付けまで環境に配慮して行なうことを大きな目標として、地産地消を心掛けた取り組みだ。


ちなみに2009年の11月、菊花展に合わせて大正14年の11月7日の晩さん会のアレンジメニューを提供した。当時はスッポンのコンソメやザリガニなどを使用したフルコースだった。少し前に放送されていたドラマのモデルにもなった、天皇の料理番・秋山徳蔵氏が残したメニューだ。


今年の6月には環境月間として、大正時代のレシピ・ザリガニカレーを再現して提供する予定だという。
(すがたもえ子)