県立観音寺中央高等学校(香川)

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 小技と洞察備え、全力疾走で臨む「観音寺中央」最後の夏

 古豪・高松商の決勝進出と、21世紀枠・小豆島の奮闘で大いに盛り上がった香川県勢のセンバツ。その反面、小豆島は釜石(岩手)の粘りに惜敗。高松商も智辯学園(奈良)に延長11回で敗れ、56年ぶり3度目のセンバツ優勝はならず。初出場での勝利、頂点に立つことの難しさも感じた春となった。

 ただ、香川県ではその2つのミッションを同時に成し遂げてしまった学校が存在する。1995年の第67回センバツ。初出場初優勝の香川県立観音寺中央高等学校。阪神・淡路大震災に見舞われた地元を励まさんとする魂の全力疾走は、見る人々の心を打った。

 それから21年、来年4月には三豊工と統合し、学校名が観音寺総合に変わるため観音寺中央として迎える最後の夏へ向かう彼らは、伝統をどのように引き継ぎ、広げようとしているのか?今回は当時の主将であり、現在は母校11年目の指揮を執る土井 裕介監督と小技を得意とする2選手の話から、その原点を探っていきたい。

「社会人仕込み」で熟成された観音寺中央の「洞察の」小技

バットを持ちながら自らの小技ポイントを話す大喜多 亮選手(県立観音寺中央高等学校)

「ウチは公立高校なので、スタートラインは『何をする』ではなく『何をしないか』から入ります」。センターからライトの奥では陸上部が走る学校内グラウンドを見やりながら話すのは土井 裕介監督。それまでに丸亀城西を春6回・夏1回甲子園に導いた(後に2005年夏にも出場)橋野 純監督(現:四国学院大監督)の下、観音寺中央が1995年・センバツ初出場初優勝、春夏連続甲子園出場を果たした際の主将。関西大から三菱自動車岡崎に進んだ後、一念発起して高校教諭の免許を取得。初任地での母校指揮11年目を迎える熱血漢である。

 その基本理念に倣い、かつ現状では足の速い選手が少ない観音寺中央の今季コンセプトは「長打に頼らず、小技を絡めながら戦う」。よって土井監督は練習試合でも打順を変えないことを意識する。「変えると試合で前の打者の状況がつかめなくなりますから」。確かに時間を惜しまなくてはいけない公立高校の場合、一理ある考えだ。

 もう1つのキーワードは「弱者の野球」。言い換えると「自分たちを基準に戦うのではなく「相手が自分たちをどう考えているか」を基準にして戦う。端的に言えば「相手の逆を取る」である。

「例えばエンドランの場合は、エンドランが得意な選手がするのではなく、『ここでエンドランをされたら嫌だろうな』と思ったときに仕掛ける。バントの場合もバントをされたら嫌だと思ったときにする。さっきの話とは矛盾するんですが、ここは常に考えています」。ベンチワークの一端を話した土井監督はさらに細分化した「メンタル的小技」戦略にも触れた。

[page_break:「クロスでバントをする」etc……理詰めの小技理論]

「セーフティーバントやスクイズの場合も『打者が三塁にいる場合にする』。これは誰もが考えること。ですから、セーフティーバントをしないときにむしろベンチを見て、するそぶりをすればいい。『スクイズでもわざとらしくてもしない時にするそぶりをしろ』とか『今日は相手がバントするかどうかをポイントにして見よう』。練習試合ではこんなことも話して観察力でなく洞察力を鍛えるようにしています。

 盗塁も、する気配を出して、しない。盗塁するふりをしないで走るのは高等技術ですが、する気配を出して走らないことはできる。公式戦では盗塁ができるか、できないかの足の速さを知らないチームもあるので、これをやれば足の遅い選手でも警戒してくれます。さらに言えば盗塁は選手自身が『いける』と感じた時にいけないと遅いんです」

 もちろん、そのような動きや考え方を培うベースには基礎練習が欠かせない。観音寺中央では冬に基礎練習を行い、実戦で上記のような使い方を学んでいく。では、その基礎練習とは?今回はバントに特化して「自分がそもそも兵庫タイガース<現:ヤングリーグ>でプッシュバントに興味を覚えて、それから小技に興味を持っていた。そして関西大を経て3年間を過ごした三菱自動車岡崎ではバックアップや全力疾走を勉強した」土井監督自ら、実演して頂けるとのこと。はたして、どんな理論を教えてくれるのだろうか?

「クロスでバントをする」etc……理詰めの小技理論

次々と小技のいい形・悪い形を実演する土井 裕介監督(県立観音寺中央高等学校)

「ウチの場合は左打者のセーフティーバントを除いてはすべてクロスステップでバントをします」。土井監督は実際にノックバットを持ち、バントの形を示しながら各論に入る。その理由は?

「球速が速い、スライダーが切れる投手を想定した場合、オープンスタンスでは右打者が125キロの外角スライダーに対してバントを成功させるのは難しい。甲子園を目指している以上、対応できないといけない。へその延長線上にバットヘッドが向いて、右手が受ける形を作って、バットを平行にすることが基本です」。この際、ストライクゾーンを覗きにいくことはバッティングにも通じる形である。

 それに加えて低めのコースをバントする方法として指揮官があげたのは「右打者の場合、右ひざの内側・くるぶしの辺りを地面につけてバントすること。真っすぐひざを落としては、低めのバントはできません」 。バスターの形(右打者)もバントの構えからバットの軌道ではなく、一塁側のファウルライン上にまでヘッドを上げ、体重移動が始まると同時にバットを下げ始めて、あとはタイミング。これで差し込まれて詰まることを防ぐ。

[page_break:小技と全力疾走の融合で「観音寺中央」最後の夏へ]

 プッシュバントはさらに特徴的だ。船を漕ぐように円運動をかけ、ヘッドを立たせる形を刷り込ませて行う。「右打者の三塁側バントは一塁側のライン上に最初に合わせるんですが、そこから外側に来たら一塁コーチャーズボックス方向にバットを伸ばせばいい。そうするといい回転で転がります」。土井監督はこのように引き出しの数々を惜しげもなく披露してくれた。

 続いてはその理論を最も体現する選手2人に登場頂こう。左打者の代表選手は1年夏の香川大会3回戦では高松北・塹江 敦哉(現:広島東洋カープ)の148キロを左前にはじき返し、現在は2番・中堅手を務める大喜多 亮(3年・右投左打・161センチ53キロ・善通寺市立西中出身)。右打者の代表選手は9番・二塁手の加藤 匠悟(2年・右投右打・161センチ57キロ・香川観音寺ボーイズ出身)である。

小技と全力疾走の融合で「観音寺中央」最後の夏へ

県立観音寺中央高等学校・選手集合写真

「一塁側へのバントは三塁ファールライン上にバットを合わせて、それより外側に来たら三塁コーチャーボックスへバットを伸ばします」。大喜多が左打者小技の基本を話せば、「僕も考え方は同じなんですが、三塁側にする場合はグリップを少し引いて投球を受け止める感じを出します」。と右打者の加藤が細かなアレンジを話した。

「チームの雰囲気を変えるため、凡打が続いているときに流れを変えるために使う」セーフティーバントを使う意図も、図らずも一致。「相手に警戒された中でも決めていきたい」。すでに2人は求められる役割も理解している。

 そんな彼らのターゲットはもちろん高松商である。「小技を身に付けて集中力を削いで、そこで出塁して得点したい」と加藤。「夏は緊張する舞台なので、相手が嫌がる野球を小技を絡めながらすれば勝ちにつながると思う」と大喜多。「僕の現役時代も目標は観音寺中央にされていました」。その横で土井監督が笑った……。

 かくして、3年生10人(うち女子マネジャー1人)・2年生17人(うち女子マネジャー2人)・1年生10人。総勢37人で挑む「観音寺中央」最後の夏。夕暮れからいつしか闇夜になったグラウンドで、選手たちは最後に全員で様々なパターンでのショートダッシュ、塁間ダッシュに取り組んでいた。21年前に褒め称えられた全国に誇れる「全力疾走」の根幹を守りながら、相手のスキを突く。その準備は着々と進められている。

(取材・文/寺下 友徳)

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