消費税10%先送りへの布石? 安倍首相が「国際金融経済分析会合」を新設した意図
消費税は2017年4月に税率が10%に引き上げられることになっている。当初は2015年10月に引き上げられる予定だったが、安倍首相が延期を決めた。首相は、次回の引き上げについては、リーマンショックや大震災のような事態が起きないかぎり、予定どおり実施すると繰り返し表明している。だが、首相の周辺に、前回延期を決定した際と同様の動きが見られることから、再度延期される可能性が海外メディアでも取り沙汰されるようになっている。
予想以上だった前回の引き上げのダメージ
ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)が指摘するように、前回2014年の消費税率引き上げは「個人消費を弱め、経済再生を頓挫させた」。引き上げから昨年12月までに7四半期を数えたが、そのうちの4四半期で国民総生産(GDP)成長率がマイナスだった。
安倍首相は今月3日の参院予算委員会で、前回の引き上げ後、「予想以上に消費が落ち込み、それが現在まで続いている。予想以上に長引いているのは事実だ」との認識を示した(読売新聞)。ブルームバーグは、1997年の引き上げが景気後退の一因となった経験を踏まえて、衝撃を緩和できるように財政総合対策を入念に作成したにもかかわらず、そのような事態になった、と指摘する。
延期は避けられないとの見方が強まっている
現在も賃金の伸び悩みなどで、消費は停滞気味だ。ロイターは、引き上げを1年後に控えた時期を比較して、2013年春と現在の統計、アンケートを比べても、「現在のマインドは相当悪い」と政府関係者が語ったと伝えている。別の政府関係者からは、「今の国内経済は、増税の実施には不適切な状況」との声も出ているという。
こういった状況などから、引き上げを再度延期すべきとの声が大きくなっており、ロイターは、複数の政府関係者が、延期の可能性が昨年後半よりも高まっているとの見解を示したと伝える。安倍首相の経済ブレーンである本田悦朗内閣官房参与は2月、何年にもわたる日本経済再生の取り組みは決定的段階にあり、引き上げは延期すべきだと語った、とウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)が伝えた。さもないとアベノミクス失敗の危険がある、というのだ。ブルームバーグによると、本田氏は、前回の延期の際も、首相に延期を進言していたという。
一方で、日銀の黒田東彦総裁は引き上げ実施を望む発言をしている。同氏は7日、「今回は税率(の引き上げ幅)はまず2%であり、食料品すべて非課税なので1兆円の減収になることを勘案すると多分、前回のインパクトの半分強くらいだと思う」と述べ、さらに、駆け込み需要と反動減も、ともに「前回ほどではないだろう」と語った(ブルームバーグ)。それに対し第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは、「黒田総裁の予測が正しいかどうかはわからない。今の個人消費には、前回の時のような勢いがないので、ダメージはもっと大きくなる可能性がある」と指摘している。
いまは財政規律よりも財政出動を優先すべき時期?
引き上げの再度の延期には、当然、問題もある。WSJは、ハードルは高い、と語り、もう一度延期するとなれば、財務省からの猛烈な抵抗に遭うことは確実だろう、と語る。そもそも消費税率引き上げは、増大する社会保障費の財源に充て、国の財政赤字を改善するためのもの。ロイターは、延期した場合の副作用として、財政健全化への懸念の高まりを政府関係者らが想定している、と語る。WSJによると、慶応大学の土居丈朗教授(経済学)は、2度目の延期は、日本の緊迫した社会保障制度の持続可能性への疑いをさらに生み出すことで、日本経済により大きなダメージを引き起こすかもしれないと語ったという。
一方で、日本の財政出動は十分に行われておらず、今は財政規律よりも、景気対策、経済拡大を図るべきだとの意見もあることをWSJは伝えている。それが結果的に税収増に結び付き、財政の改善にもつながる、という考え方だ。日本の中央銀行は金融政策の最先端を走り続けている一方、最近の日本の財政出動の取り組みは、あまり大規模ではない、とWSJは指摘している。
またWSJは、日本では何年もの間、量的緩和によってしっかりした持続的な成長を生み出すことに失敗しており、アメリカとヨーロッパには、金融政策だけでは、特に長引いた不景気の場合には、不十分なのではないかと疑っているエコノミストがたくさんいる、と語る。マイルストンアセットマネジメント(日本)のアレクサンダー・キンモント代表取締役は、金融緩和の継続と「いくらか緩い財政政策」の組み合わせによって、日本経済は2年以内に回復するだろうと語っている。
先月上海で開かれた主要20ヶ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の共同声明では、「金融政策のみでは均衡ある成長につながらない」との認識が盛り込まれた。財政の健全性に配慮しつつ「機動的に財政政策を実施する」とされている。このことも、安倍首相にとっては、延期を決断する後押しになるとの見方もある。内閣官房参与の藤井聡・京大大学院教授が、「政策総動員が打ち出されたG20声明を踏まえても、消費税引き上げの見送りはその意向に沿ったものだ」と指摘した、とロイターは伝えている。
前回と同様、延期の決定、衆院解散、自民圧勝の流れを狙っている?
延期に向けた布石はすでに打たれているかもしれない。ロイターは、複数の政府関係者の情報として、延期した場合の経済効果や、(予定どおり)実施した場合の経済への打撃について、一部の経済官庁で非公式に検討を始めた、と報じた。
ブルームバーグが注目したのは、安倍首相が1日、世界経済の情勢を分析するため、世界的に著名な経済学者を集めて、意見交換を行う国際金融経済分析会合を設置すると発表したことである。この会合の設置が注目されるのは、前回、延期の方針を定める前にも、首相が経済情勢を分析する有識者会議を設置していたからである。本田氏らの発言と相まって、延期の決定、衆院解散を行った前回と同じシナリオが整いつつある、とブルームバーグは指摘している。
この会合は5月のG7伊勢志摩サミットを見据えたものだとし、首相はサミットを前に、世界経済の増大する懸念について論じることを求めている、とブルームバーグは語る。この会合で、権威ある海外の有識者に日本の増税延期を助言させることができる、との見方を、事情に詳しい政府関係者が示したと伝えている。そこでブルームバーグ(英語版)は、日本がG7サミットの開催国となることが、首相に延期の口実を与えている、と述べた。またブルームバーグの他の記事では、首相は、経済専門家の意見に従い、消費税率引き上げ(続行)は良い考えではないだろうと結論する機会をセットしている、と語っている。
国の負債の抑制のため引き上げを支持する財務省と議員から、実施せよとの圧力があるが、悪化しつつある世界経済の見通しに注目を集めることと、国際通貨基金(IMF)などの機関からの(財政による)刺激策への要請は、安倍首相がその圧力を打ち負かすのを助けるかもしれない、とブルームバーグは語っている。
ロイターは、安倍首相が、5月中旬に発表される予定の今年1〜3月期GDPなどを見て、最終的に判断するとみられる、としている。
またロイターは、政府関係者の一部では、安倍首相が税率引き上げ延期を争点に衆院を解散し、衆参同日選に持ち込み、両院で与党勢力を3分の2超に拡大させ、憲法改正の国会発議を目指す戦略を温めているのではないかとの見方が出ている、としている。ブルームバーグは、野党の間の混乱を考えると、早期に選挙を行なう魅力が高まっている、と語っている。
(田所秀徳)
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