富士山が銭湯の壁絵である理由

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日本には元旦か2日の夜に見る夢を「初夢」と呼び、1年の吉凶を占う風習がある。昔から初夢に見ると縁起がいいものとして「一富士二鷹三茄子」といわれ、富士山が夢に出てくるとその年の運気は上々とのことだ。ところで、富士山といえば銭湯の絵を思い出す人も多いだろう。先日、外国人の友人からも「なぜ銭湯の絵は富士山なのか」と尋ねられたのだが、自分も含めたその場にいた人は誰も答えられなかった。そこで、日本人なら知っておきたい「なぜ銭湯の絵は富士山なのか」という質問への解答とその由来について (社)日本銭湯文化協会に聞いてみた。

■東京の銭湯「キカイ湯」のペンキ絵が発祥

「銭湯に初めて富士山が描かれたのは大正元年です。東京都千代田区猿楽町にあった銭湯『キカイ湯』の経営者が施設を増築する際、「子どもたちに喜んで湯船に入ってほしい」と浴室の壁にペンキで絵を描くことを発案したそうです。そして、川越広四郎という絵師が、故郷の富士山を描いたのがはじまりだといわれています」(日本銭湯文化協会)

銭湯の壁に絵が描いてあるのは今でこそあたりまえだが、当時は画期的な発案だったようだ。ちなみに「キカイ湯」は1971年に廃業している。現在は、その跡地に「富士山の背景画の発祥地」であることを示すプレートが残されているとのこと。では、どうして富士山の絵が様々な銭湯で描かれるようになったのだろう。

■縁起のよさから関東中心に拡散

「富士山は日本を象徴する山で、また信仰の対象でもありました。造形も美しく、末広がりでとても縁起がいいです。このことが評判となり、周囲の銭湯が真似をしだし急速に広がりました。富士山の壁絵が東京周辺に多いのはこういった理由からです。特に富士山が見える地域の銭湯ほど富士山が描かれる傾向が強く、関東から離れたそれ以外の地域ではあまり見られません」(日本銭湯文化協会)

富士山の壁絵を銭湯で見られるのは、あくまで富士山が身近に感じられた圏内までということだ。では、それ以外の地方では、銭湯の壁絵に何か傾向があるのだろうか。

■関東以外に定番の壁絵はない

「関東では職人が描くペンキ絵が主流ですが、関西ではタイル絵が中心です。また、地方では銭湯の壁絵といえば富士山というような定番の絵もありません」(日本銭湯文化協会)

関西で富士山の壁絵が流行しなかったのは、ペンキ絵ではなくタイル絵が中心の文化だったことも大きい。色々な地方で銭湯を訪れた際、その違いを比較してみるのも面白いだろう。さらに最近の銭湯の壁絵に、変化があるというのでさらに聞いた。

「最近はスカイツリーなどが描かれた壁絵もありますし、都内では富山県の北アルプス立山連峰の壁絵が増えているようです。こちらは、北陸新幹線開業にともない富山市物産振興会が展開している『ホットして富山市PR事業』の一環で、都内の銭湯と協力して浴室のペンキ絵に立山連峰や北陸新幹線を描いています」(日本銭湯文化協会)

こうした壁絵をきっかけに、風呂につかりながら富山出身のお客さんとの会話が弾むこともあるようだ。人々がホッとする場所に馴染みのある風景が描かれていると、心まで安らぎ、心をオープンにするのかもしれない。

「教えて!goo」では、「最近銭湯に行きましたか?銭湯についてどう思っていますか」ということでみんなの意見を募集中だ。

●専門家プロフィール:(社)日本銭湯文化協会
日本の入浴文化と、それを支えてきた銭湯を積極的に後世に語り伝えていくために設立。日本人ひとりひとりが「入浴」を通して自分自身と家族、地域、社会、国家を見つめなおす機会を作り出すために「銭湯検定」も実施している。

教えて!goo スタッフ(Oshiete Staff)