【三年生座談会】小松大谷高等学校(石川)【前編】

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 2014年夏に行われた星稜との石川大会決勝戦は小松大谷にとって悪夢ともいえる試合となった。最終回を迎えた時点で8対0とリードしながら9回裏に一挙9点を奪われてのサヨナラ敗戦。高校野球史に残る世紀の大逆転劇は米全国紙「USA TODAY」のサイトでも報じられた。

 それから約一年。今夏の石川大会準々決勝で再び星稜と相まみえることになった小松大谷は最終回を迎え、3点のリードを許しながら、9回裏に一挙4得点を奪う奇跡の逆転サヨナラ劇。1年越しのリベンジをサヨナラ返しで果たすという劇的な展開は大きな話題を呼んだ。

 85年以来、30年ぶりの甲子園出場に大きく近づいたと思われた小松大谷だったが、次戦の金沢戦に3対6で敗退。目標にしていた聖地でのプレーは叶わぬまま、準決勝敗退という形で3年生の高校野球は幕を閉じた。

「もう勝った」と誰もが決めつけていた、昨夏の決勝戦

下口 玲暢主将(小松大谷高等学校)

 石川県小松市に位置する小松大谷高校を訪れたのは、甲子園出場が絶たれたゲームから約2か月が経過した9月下旬。元気な挨拶と共に、放課後の教室に登場したのは制服姿の6名の3年生。下口 玲暢(主将、1番・捕手)、木村 幸四郎(8番・投手)、西田 将大(4番・右翼手)、鈴木 研志(3番・一塁手)、南村 楓河(2番・二塁手)、千田 啓介(6番・遊撃手)だ。

――昨夏の石川大会決勝で星稜に8点差を逆転された試合の翌日に新チームが始動したわけですが、まずは星稜との一戦を振り返っていただけますか。今さら思い出したくもないかもしれませんが…。

鈴木 研志(以下、鈴木) 今だから言いますが、あの試合、ぼくがセンターで西田がライトだったんですけど、外野で言い合ってたんですよね…。

西田将大(以下、西田) 「もう勝ったな」って言い合ってた。

鈴木 7回くらいだっけ?

西田 いや、8回の裏の守備についた時。

鈴木 「甲子園に行ったら背番号の生地の色がユニホームと同色から白色になるんだよな」なんて話してて。完全に勝ったと決めつけてしまっていました。

――でもあの状況でそう思わない方が不自然なような気がします。ちなみに試合が終わる前に「もう勝った」と思った人はこの中にどのくらいいますか?

一同 (全員が挙手しながら)はい。

下口 玲暢(以下、下口) 8点差になった時点でおそらくほとんどの部員が勝ったと思ってしまった気がします。その油断がああいう結果につながってしまったのは間違いないと思う。

南村 楓河(以下、南村) 自分はあの試合はスタンドから応援していたのですが、完全に「もう勝った」と決めつけてしまっていた。あんな試合展開になって、試合の流れの怖さ、一つのアウトをとることの難しさも痛感しました。

千田 啓介(以下、千田) 自分はあの試合、ショートを守っていましたが最終回に星稜に追い上げられながら、パニック状態になってしまった。内野で守っていた2年生は自分だけ。マウンドで同じ2年生の木村が苦しんでいるのに、何も声をかけることができず、木村をひとりにしてしまった。そこにものすごく悔いが残っています。

下口 千田だけじゃなく、キャッチャーだった自分を含め、誰一人マウンドにいって声をかけられなかったし、タイムをとることもできないまま、やられてしまった。もしもタイムをかけて、きちんと間をとっていたら逆転されることはなかったんじゃないかと思ってしまう。

木村 幸四郎(以下、木村) 6点リードの時点でマウンドに上がりましたが、相手の応援しか耳に入ってこなかった。「あれ?うちの応援団っていなかったっけ?」と思った記憶があります。まるでフィールドの中で一人でいるような感覚。でもあまりにもパニック状態だったので、「誰も俺に声かけてくれないの?」という思いすら湧きませんでした。

 試合後、木村は3年生全員に頭を下げ、謝罪したという。

木村 自分のせいで3年生の最後の夏を終わらせてしまった。あまりのつらさに、「この先、自分は野球を続けていけるのか…?」とさえ思った。でも3年生たちに謝りにいったら、逆に励まされてしまった。そこで腹をくくりました。この経験を糧にし、やるしかないんだと。自分らの代で甲子園に出場する事が先輩たちへの何よりの恩返しになるんだと。

 

[page_break:新チーム発足後に生じた変化]新チーム発足後に生じた変化

木村 幸四郎選手(小松大谷高等学校)

 悪夢のサヨナラ敗戦の翌日に始動した新チーム。練習初日は部室やグラウンド周りの掃除に丸一日を費やした。

下口 日頃から監督に「きれいな環境からしかいいものは生まれない」と言われていることもあり、まずは徹底的に掃除することからはじめようと。

鈴木 ああいうプレッシャーがかかる場面を次はしっかり乗り切るためにも、精神的な部分で変わっていかないと。そのためにも、普段の私生活からしっかりと見直していこうという話になりました。技術面ももちろん上げていかないといけないんですけど、その前にまずはそういうところをきっちりしていこうと。

 練習時のノックやボール回しの際には、ボールを持っていない選手もボールに触れているつもりで動く、「シャドープレー」の徹底が図られた。

下口 他の選手のプレーをただ見ているだけの状態の選手をゼロにしようということから、シャドープレーを導入しました。これは星稜戦の最終回で木村をマウンドで一人にしてしまったことを教訓とした、新チームからの変更点です。「グラウンドでは一人じゃない」ということを目に見える形で示したかった。

 新チーム発足後の変更点はまだある。小松大谷ナインの帽子のひさしの裏には「一人じゃないから」という文字がマジックで書きこまれた。

下口 タイムをかけて内野手がマウンドに集まった時に、フィールドにいる選手、ベンチ、スタンドに関係なく全員で帽子の裏を見るようにしたんです。文字を見た後にフィールドにいる選手はスタンドに向かって指をさす。部員全員で戦っていることをわかりやすい形で示し、心を1つにするのが狙いでした。

 星稜戦の敗戦を経て、各選手の意識にもさまざまな変化が生じていた。

西田 星稜戦の前までは、「まぁ、これくらいでいいか」と自分に妥協してしまうところが多々あった。でもあの試合以降は「いや、もっとやろう」といった具合に練習で追い込めるようになったし、自分自身に妥協しなくなりました。

木村 星稜戦では冷静になれず、アップアップした状態のまま逆転されてしまったので、新チーム以降は、いい時も悪い時も常に気持ちを一定にすることを強く意識するようになりました。トレーニングにしてもランニングにしても自分に課す量が格段に増えましたね。

 敗戦の悔しさを忘れぬよう、逆転敗戦を報じる新聞記事をパネルに入れ、常に目に付く場所に設置。ベンチ内のホワイトボードには星稜戦のスコアが記された。筆者が「新チーム発足からの1年間、もしかして、あの試合のことを忘れた日はただの一日もなかった?」と向けると、6人は迷うことなく、「はい」と即答した。

 前編では、昨夏の星稜戦での悔しい大逆転での敗戦から、今夏に向けて行った取り組みについて伺った。後編では、昨夏の星稜戦からの1年越しのリベンジを、サヨナラ返しで果たした舞台裏や、今彼らが思うことについて紹介する。

(取材・写真=服部 健太郎)