『少年H』8月10日(土)より公開 (C)2013「少年H」製作委員会

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妹尾河童の自伝的小説『少年H』が、刊行から16年を経て、ついに映画化される。監督は『鉄道員』『あなたへ』などの降旗康男。少年Hの父と母を演じるのは、実生活でも夫婦である水谷豊と伊藤蘭。そして、脚本を手がけるのが『ALWAYS 三丁目の夕日』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞も受賞した古沢良太だ。

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豪華なスタッフとキャストで映画化されるこの作品の公開前に、脚本の古沢良太に話を聞いてみた。これまでに発表してきた多くの作品は、はたしてどのようにして生まれてきたのだろうか?

■原作モノは傷つけないように

古沢良太の脚本といえば、昨年4〜6月期にフジテレビ系で放送された堺雅人主演の『リーガル・ハイ』が大いに話題となった。このドラマは古沢良太のオリジナル作品だが、『ALWAYS 三丁目の夕日』『探偵はBARにいる』『外事警察』『鈴木先生』など、これまで古沢良太が脚本を手がけた映画作品には原作モノが多い。『少年H』も1997年に刊行された、上下2巻からなる妹尾河童の自伝的小説が原作だ。

「基本的に、原作モノは人の作品をあずかっているようなものなので、傷つけちゃいけないと思っています。原作者も原作のファンの人もガッカリして欲しくないので……。まあ、完全にガッカリさせないというのはなかなか難しいんですが、そういう人たちにも喜んでもらえるように、考えて書くようにはしています」

確かに、オリジナル脚本とはまた別に、原作モノには原作モノの難しさがある。『ALWAYS 三丁目の夕日』の原作、西岸良平のコミックは、現在61巻まで刊行されているが、最初に映画化された2005年の時点でも、50巻以上の単行本が発売されていた。

  「『ALWAYS 三丁目の夕日』は、とくに原作がたくさんあったので、あれもやりたい、これもやりたいという思いがありました。それで、僕がやりたいと思ったことをどんどん詰め込んで、かなり長い脚本になってしまったんです。それを直しながらみんなで削っていったという感じでしたね。『少年H』に関しても、最初は長い本になったんですが、監督がうまく編集してくれました(笑)。長い原作をうまくまとめるコツがとくにあるわけではなくて、重要だと思うエピソードを選んで書いているだけなんです」

『少年H』は、昭和初期の神戸を舞台にした物語。洋服の仕立屋を営む父・盛夫(水谷豊)、大きな愛で家族を包む母・敏子(伊藤蘭)、“H”と刺繍されたセーターを着たことからHと呼ばれるようになった長男・肇(吉岡竜輝)、そしてHの2歳年下の妹・好子(花田優里音)。平凡だが幸せな暮らしをしていたこの4人家族のまわりに、だんだんと戦争の影が色濃くなっていく。やがて戦争が始まり、軍事統制も厳しくなっていくが、父・盛夫は、Hに現実をしっかり見ることを教えていく──。

原作はタイトルの『少年H』が示す通り、Hが主人公として書かれている。しかし映画では、父・盛夫が主人公になっていて、戦争に突入していく不穏な世の中にあっても、彼が自分の目で見たこと、自分の肌で感じたことを、自分の言葉で息子のHに伝えていく姿がしっかりと描かれている。

「映画の『少年H』は、父親である盛夫さんの仕事が洋服の仕立屋であるということを、原作よりも濃く色づけしてあります。大人の人間を描くときに、その人の職業はすごく大事な要素なので、そこは避けて通れませんからね。それに、盛夫さんが当時の日本人には珍しくリベラルな考え方をしているのは、やはり洋服の仕立屋さんとして、外国人のお得意さんと多く接していたからだと思うんです。そこは重要な部分だと思いました」

映画は、大空襲によって焼け野原になってしまった神戸で、Hたちの家族が新たな一歩を踏み出すところまでが描かれている。

「この原作は、戦争モノというより、ひとりの少年とその家族の日常の物語なんですよね。たまたま背景に戦争があったというだけで……。その日常が楽しく描かれているのが魅力だと思います。ですから、映画もあまり戦争映画っぽくならならないように、どちらかといえば少年と父親を中心としたホームドラマのようなテイストになればいいなと思って書きました。そのあたりを見てもらえると嬉しいですね」

■オリジナル作品は最後まで自分で

古沢良太のデビューのキッカケは、2002年の第2回テレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞だった。マンガ家のアシスタントを題材にした『アシ!』という作品で大賞を受賞し、2003年1月に伊藤淳史と宮迫博之の共演で映像化されている。その年の4〜6月期に放送された『動物のお医者さん』では、さっそく連ドラの脚本家グループに参加。全11話中5話を執筆している。

ちなみに、この作品に演出家のひとりとして参加していたのが、山崎貴だ。2年後に山崎貴は古沢良太を脚本に迎えて『ALWAYS 三丁目の夕日』を監督し、第29回日本アカデミー賞の主要13部門のうち12部門で最優秀賞を受賞することになる。

この『動物のお医者さん』には、主人公ハムテルの友人・阿波野萌役でフジテレビ入社前の平井理央も出演しているので、現在ではかなりお宝度が高くなっている。

『ALWAYS 三丁目の夕日』は2005年11月に公開された映画だが、古沢良太はその年の10月から始まった『相棒 Season4』にも脚本家のひとりとして参加している。以降、『相棒』シリーズには必ず参加していて、Season11までに合計16本の作品を執筆。

じつは、『相棒』のプロデューサー・松本基弘が『少年H』のプロデューサーでもあり、映画には『相棒』チームから水谷豊だけでなく、岸部一徳や國村隼も出演している。

 2007年になると、オリジナルの映画『キサラギ』や『ALWAYS 続・三丁目の夕日』が公開。そして、古沢良太にとっては初のオリジナル脚本の連ドラとなる『おいしいごはん 鎌倉・春日井米店』も、10〜12月期にテレ朝系で放送された。

「連ドラをひとりで書くのは楽しいと思った作品でした。原作モノの場合はまた違うんですが、オリジナルで全部自分が作った物語の世界や人物は、やっぱり全部自分で書きたいという気持ちになります。他の人に書かせてたまるか、みたいな感じですね(笑)」

この作品は、渡哲也、藤原紀香、徳重聡、羽田美智子、水川あさみ、余貴美子などが共演したホームドラマ。シリアスなテーマも扱っていたのだが、そこをコメディテイストでうまくくるんであって、かなり見ごたえのある面白い作品だった。

「自分では基本的にコメディ書きだと思っています。まあ、書いていて楽しいってことですね」

残念ながら視聴率はあまり高くなく、現在までDVD化もされていないが、古沢良太を語る上では決して見逃してはいけない作品のひとつだと言える。

そして、2008年7〜9月期に『相棒』でお馴染みのテレ朝水曜9時枠で放送されたのが、やはりオリジナル脚本の連ドラ『ゴンゾウ 伝説の刑事』だ。内野聖陽が主演した刑事ドラマだが、じつは刑事ドラマの体裁を借りた重厚な人間ドラマだった。古沢良太はこの作品で第27回向田邦子賞を受賞している。

「ひとつの殺人事件を、全話かけて描くことをやりたかったんです。連ドラというのは、1話1話見たときのカタルシスや充足感がなくてはいけないので、1話ずつ事件が解決したほうが作りやすいものなんです。でも、事件を解決させないで、別のカタルシスを毎回つくるということに挑戦しました。事件とは違う人間ドラマの部分でクライマックスをつくるというのは、難しいことではありましたが、楽しかったですね。あと、一話完結型にしたら他のライターが入ってくる可能性もあるので、こうすれば自分しか書けないだろうという思いもありました(笑)」

■結末までは決めずに書き始める

古沢良太の脚本の特徴というと、日常の会話の中で人間の複雑な心理を描いたり、複数の登場人物の言動をロジカルに構成したりすることのようにも思えるが、いったいどのようにして書き進めているのだろうか。

「オリジナル作品の場合は、いつも結末までは決めずに書き始めています。もちろん、何となくの全体像は最初に決めているんですが、その通りにはならないものなんですよね。

『ゴンゾウ』の場合もそうでした。『ゴンゾウ』は、過去にある体験で心に傷を負い、ドロップアウトした男が主人公なんですが、その過去の傷が何なのか、まったく考えずにスタートしたんです。でも、途中でさすがに考えなきゃいけないな、ということになって、第7話をすべて過去の話にして描きました。だから、主人公の過去の傷は、そのときに考えたんです」

リアルタイムで『ゴンゾウ』を見ていたときは、斬新な構成の第7話だったが、そんな事情があったとは……。2009年にNHKで放送された『外事警察』でも同じようなことがあったという。


「最初に爆発が起こるシーンから始まって、のちのちそこに時間が戻って、なぜその爆発が起きたのかがわかる構成にしたんですが、また何も考えずに始めちゃって……(笑)。でも、その爆発のシーンは第1話の冒頭なので、途中でもう撮影しなきゃダメだという話になって、せめてこの爆発はどういう場所で、どういう状況で起きているのかだけでも教えてくれとスタッフに言われてしまったんです。それで、とにかく適当に言って撮影してもらいました(笑)」

本人は「適当に」と言っているが、作品の完成度をみれば、それを仕上げるまでにどれだけの苦労があったかはうかがえる。

「『外事警察』は楽しい仕事だったんですが、肉体的にはすごく大変でした。とにかく外事警察がどういうものか、プロデューサーも監督もみんなよくわからない世界だったので、何が正解か誰も判断できなかったんです。ですから、とにかく手探りで書いてみて、違うんじゃないかと思ったらまた書き直しての連続でした。

たった全6話の作品でしたが、めちゃくちゃ書きましたね。缶詰にされて(笑)。本当は撮影に入る前に書き上げる予定だったんですが、放送が始まってもまだ書いていました。最後はスタジオの契約も切れて、別のスタジオを借りて撮影したりしていましたね」


『外事警察』は、公安警察の外事課とテロリストとの戦いを描いた麻生幾の小説を原案としたドラマ。公安の仕事自体があまり表に出ないものなので、それを映像化するのはもともと大変だったということだ。

しかし、渡部篤郎、尾野真千子、石田ゆり子、遠藤憲一、石橋凌、片岡礼子、余貴美子などが出演したこの作品は、物語の構造も登場人物の心理も裏の裏まで描くような作りで、非常に完成度の高いものだった。初回の冒頭から繰り返し挿入された爆破シーンも、最後は主人公のキャラクターを強調する大きな仕掛けに使われている。2012年には続編が映画化。この間に尾野真千子も朝ドラ『カーネーション』でブレイクし、新たなファン獲得に一役買っていた。

そして、2012年4〜6月期にフジテレビ系で放送されたのが、「『外事警察』のフラストレーションがあったのは事実」と本人も認めるように、これまでにないほどおもいっきりハジけた法廷コメディ『リーガル・ハイ』だった。

■登場人物が勝手に動き始めたらマズイ

「『リーガル・ハイ』は、最初からコメディをやりたいと思って書き始めた作品です。だから、あれを社会派みたいに言われると困っちゃうんですよね(笑)。

あの作品も、堺雅人さんが演じる主人公の古美門研介と、生瀬勝久さんが演じる三木との間に、過去の因縁があるという設定でしたが、やっぱり何も決めずにスタートしました。やっていくうちに思いつくだろうと思っていたら、そんなこと考えている場合じゃないくらい毎回のネタが大変で……。仕方がないので、最終回の前くらいにハムスターを使ってオチを考えました(笑)」

こう聞くと、いつも何も考えずに書き進めているようにも思えるが、重要なのは、“いつ考えるか”ということなのだ。

「以前は、かなり綿密に構成を考えてからスタートしていたこともありました。でも、結局はその通りにならないことがわかったので、とりあえず行き当たりばったりで書き始めるようになったんです。

どういうことかというと、1話、2話、3話と書いていくと、何も書かずに考えていたことより、よっぽど深いことを考えられるようになっているんです。つまり、書き進めていくと、最初に考えていたプランでは、全然ダメになっているんです。物足りない話になっているんですよ。だから、最初から細かいことを考えても仕方がないと思うようになったんですね」

書き進めていくうちにアイディアが出てくるということは、登場人物が自然に動き出すということなのだろうか。

「登場人物が勝手に動き出すということは、確かにあるかもしれません。でも、それはあまりいい事だとは思っていません。たぶん、登場人物が勝手に動き出すようになると、書いている人間はラクになるかもしれませんが、面白くなくなっていくと思うんです。だから“お前の勝手にはさせないぞ”という気持ちで書かないといけないと思います。

所詮、紙の上で生まれた登場人物なので、やっぱり過去に言ったようなセリフを言ったり、過去にやったことをまた繰り返したりするんですよ。そういう感じになってくると僕はイヤなので、“本当のお前はこういうヤツなんだよ”と、そいつがビックリするような展開を考えたり、わざとキャラクターを締めるようなことをしたりしています。登場人物が勝手に動くということを、よく良い意味で使ったりしますが、本当にキャラクターが自然に動き出したときは注意しないとマズイんですよ」

『リーガル・ハイ』は、偏屈で毒舌で浪費家の最悪な性格でありながらも、訴訟では一度も負けたことがないという敏腕弁護士・古美門研介を主人公にした法廷コメディ。古美門を演じたのは堺雅人で、その振り切れた強烈なキャラクターが注目を集めた。


「まあ、振り切ったのは堺雅人さんなんですけどね(笑)。ただ、ドラマ史上、もっとも性格の悪い主人公にしようという意識で書いていました。

『リーガル・ハイ』は法廷モノということで、弁護士の先生の監修も入っていたので、油断するとハジケなくなってしまうんですよね。話がマジメになるのはいいんですが、古美門研介がマジメなことを言ってしまうと困るので、頑張ってメチャクチャなことを言わせる方向にもっていきました。

普通のドラマの主人公って、メチャクチャなことを言っていても、最後には良いことを言うみたいなところがありますよね。じつは深い考えがあったみたいな……。そうはしたくなかったんです。最後までムチャクチャなことを言っている、とくに深い意図もない、ただ金が欲しいだけ、というキャラクターにしたかったんです」

 オリジナルの作品では、「流行りじゃないこと、今の主流じゃないことやって当てたい」とも言っているが、そういう既存の作品の枠をぶち破ろうとする姿勢にこそ、古沢良太の本当のオリジナリティ、脚本力があるのかもしれない。

「ただそれは、僕が生まれつきのあまのじゃくというだけなのかもしれません。もう少し素直なら、もっと視聴率が取れる作品が書けるんでしょうけどね(笑)」

映画『少年H』は、8月10日(土)から全国の東宝系で公開。そして『リーガル・ハイ』は、今年4月のスペシャルに続き、続編の新シリーズが10〜12月期に放送される。

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