多くの企業は、国民年金、厚生年金に加え、独自の上乗せ部分として、厚生年金基金、確定給付年金、確定拠出年金を“3階”に上乗せしている。厚生年金基金は、厚生年金の保険料の一部を国に代わって運用する「代行」が行われるのが特徴だが……。

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AIJなんて悪いところに引っかかった会社はかわいそうですね。幸い夫の会社は関係ないみたいでよかったですけど」

家計相談に来られた高島秀美さん(39歳・仮名・以下同じ)は、こう言うと実際にホッとした表情を浮かべてみせた。夫の順一さん(41歳)は大手家電メーカーに勤めている。長女に続けて長男も私立中学に入学させた場合、老後資金がショートしないかをシミュレーションしてほしいというのが相談の内容だ。

私の答えは、「将来も年金の支給状況が変わらないと仮定すれば、大丈夫」である。

しかし、AIJの年金資産消失事件に対する秀美さんの感想を聞いて、私は急に心配になってきた。

「たしかにご主人の会社はAIJと直接的な関係はないのでしょうが、でもまったく無関係というわけではありませんよ」

「えっ、藤川先生、それどういう意味ですか。AIJにお金を運用してもらっていた会社だけが損をしたのではないのですか」

たしかに一義的にはそうなのだが、実はこの事件の影響が及ぶ範囲は極めて広いのだ。

「では、少し説明をしてみましょう。老後資金に対する考え方が変わるかもしれませんよ」

そもそも投資顧問という会社は何の会社かといえば、お金を預かって運用を代行する会社だ。多くの厚生年金基金がAIJにお金を託して運用を任せていたのだが、運用に失敗して、託されたお金をすってしまった。

では、一方の厚生年金基金とは何かといえば、個々の企業、あるいは複数の企業の連合体が独自に社員からお金を集めて運用し、それを厚生年金に上乗せする形で支給する基金のことだ。

年金基金の職員は普通、基金を設置している会社からの出向者で占められていて、資金運用の素人が多い。彼らは投資顧問会社の運用実績を調べて運用を任せるが、素人だからリポートの真偽を判定できない。AIJの虚偽のリポートに多くの年金基金がだまされたのは、年金基金が資金運用の素人によって運営されているからである。

「だったら、だまされた会社とAIJの問題ですよね。やっぱり夫の会社とは関係ないわ」

たしかに、私企業が厚生年金に上乗せするために積み立てていたお金を質の悪い投資顧問会社にだまし取られただけなら、秀美さんの言う通りだ。しかし2つの理由で、この問題は当事者間の問題に収まらないのだ。

第1は、年金基金がAIJに託した資金には厚生年金の資金が含まれているという点だ。

年金基金は一般的に、社員から集めた独自の資金に厚生年金(国)から借りた資金を合体させて大きな資金にし、それを運用会社に託している。本来、厚生年金は国が運用するものだから、年金基金が国に代わって運用するという意味で、この行為を「代行」と呼ぶ。

年金基金は、市況がよければ代行によって大きな運用益を得ることができるが、市況が悪化すると逆ざやが発生する。バブル崩壊以降、多くの年金基金が代行を返上したが、返上せずに損を取り戻そうと焦るとAIJのように虚偽の高利回りをうたう会社にひっかかるハメになる。

いずれにせよAIJがすった資金には、私企業の資金だけではなく厚生年金の資金、つまり「国のお金」も含まれている。そういう意味で、AIJの問題は他人事ではないのである。

第2に、年金基金は大企業だけでなく中小企業も設置しているという問題がある。

同業種の中小企業が複数集まって年金基金をつくる場合、これを総合型と呼ぶが、総合型に加盟している中小企業が、「AIJがすってしまった代行部分を返せ」と国から迫られたら、倒産する企業が続出するはずである。下手をすれば連鎖倒産という事態も招きかねない。国による救済という案が浮上しているのは、そのためなのだ。

「まあ、恐ろしい。でも、夫の会社は大企業だから……」

たしかに大企業は、国に借金を返したらすぐにつぶれるということはないだろう。

しかし、そもそもAIJのような企業がはびこるのは、企業年金という仕組みが破綻しつつある証拠なのだ。退職金同様、年金基金の積み立て不足にあえいでいる企業は数多く、今後、損を広げないために解散する年金基金が続出することは間違いないだろう。

これからは年金も退職金もアテにはならないが、未来の日本が今と同じ姿でないことだけは100パーセント確実である。