タイガー・ウッズ=優勝を祝し、娘サム・アレクシスちゃんを抱えあげる(写真/田辺安啓=JJ)

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全米オープンは91ホールの長帳場の末、タイガー・ウッズの勝利で幕を閉じた。「マスターズはFun、全米オープンはWork」というフレーズが示すように、全米オープンの舞台は、ただただ難しくなるばかりだった。「あまりにも難しすぎる」「難しさがアンフェアを呼んでいる」という選手たちからの批判も増えるばかりだった。だが、今年の舞台トーリーパインズは誰からも批判が出ないフェアな設定だった。決勝2日間で奮闘し、18位タイになった今田竜二も「今までの全米オープンの中で一番フェアなコース」と語っていたが、その今田が口にした「USGAは、あんなに手を入れなくても良かったのに……」という言葉が、やけに耳に残った。

フェアウエイはやや広め。ラフは3段階の設定とはいえ、例年ほどの深さではなかった。一番深いサードカットでも、なんとかクラブを振り抜ける場面さえあった。グリーンもカチンカチンのコンクリート状態ではなかったし、おまけに水まで撒いて柔らかさを保っていた。飛ばし屋だけに有利な設定にならぬよう、各ホールにかなり距離差が出るような数種類のティを用意し、日々、様々なホールの全長を微妙に、あるいは極端に変えることで選手たちの攻め方にバリエーションと選択肢を設けた。そう、USGA(全米ゴルフ協会)は、とにかくコースに「手を入れた」。その結果、上位陣の顔ぶれが多彩になったのは事実だ。パワーヒッターのタイガーと引退説まで出回っていた45歳のロッコ・メディエイトという対照的な2人がプレーオフにもつれ込んだのも、コース設定にあれこれ「手を入れた」結果なのだろう。

だが、そんなコース設定の話はさておき、なんだか優勝者は最初からタイガーだと決まっていたのではないかと思いたくなるほど今回はタイガーに幸運が集中した感があった。まるで素人か別人のようにダボ発進を繰り返したタイガー。手術後わずか2ヶ月の左膝の痛みは彼のショットを曲げに曲げ、パットも外し、状況判断能力まで破壊しつつあった。それなのに、3日目も最終日も奇跡のようなイーグルやバーディを終盤で決め、結局は首位に立ったタイガー。本人も「信じられない」と驚き、照れ笑いするようなこの展開は、痛みをこらえながら勝利を目指したタイガーに勝利の女神が微笑んだとしか思えない。

だが、もちろん女神のおかげだけではない。終盤のここぞという場面で、まるでシナリオでもあったかのようにイーグルやバーディを決めることができたのは、痛みや不安を瞬間的に心身から取り除き、集中力を最高レベルまで高める術をタイガーが知っていて、しかもそれを実行できたからにほかならない。

もしも苦痛をこらえながら勝利を目指す人間に勝利の女神が必ず微笑んでくれるのだとすれば、2年前、ロッコ・メディエイトはマスターズで優勝していたはずだ。あのときメディエイトは首位を走っていたが、最終日の朝、持病の腰痛が突然悪化。ドクターに「5時間だけもつようにしてくれ」と頼み込み、処置を受けてティオフしたが、9番ホールでどうにもならないほどの激痛に襲われ、後半はガタガタ崩れて80を叩いた。無論、惨敗だった。あのとき勝利の女神は痛みをこらえるメディエイトに微笑んではくれなかったのに、今回はタイガーに微笑み、メディエイトを再び敗北の道へ導いたのは、なぜなのだろう。そんなことを考えると、メディエイトの歩みが憐れにさえ感じられてしまうのだが、敗北しても爽やかさと陽気さを失わずに勝者を讃えたメディエイトの笑顔は、勝利の女神の気まぐれとは無関係に充実感と達成感に溢れていた。

プレーオフのラウンド中、45歳のメディエイトはタイガーに、こう言ったのだそうだ。「キャリアに終止符を打つ前に、一度、キミとこんな戦いをしてみたかったんだ。きっと今回が最後だろうけどね」。優勝したタイガーは「肉体が健康なら、ロッコはこんなに素晴らしいプレーができる選手なんだ」。タイガーのそんな賛辞はメディエイトにとって忘れがたき一言になっただろう。(舩越園子/在米ゴルフジャーナリスト)