「美人で優秀な姉と、できの悪い妹」

幼いときから、2人はこう言われてきた。

妹の若葉(わかば)と、姉の桜(さくら)は3歳差の姉妹。27歳と30歳になった今、その差は広がるばかりだ。

エリート夫と結婚した姉の桜は、超美人な上に高学歴で、しかも弁護士。そんな姉に対し、妹・若葉は、劣等感に苦しめられていた。

若葉は2度目の司法試験に臨むも不合格。パラリーガルとして姉の事務所に就職しイケメン上司、滝沢に恋心を抱くが、彼はなんと姉とデートする仲だった。必死で振り向かせようとするも撃沈、ついに姉妹喧嘩に発展。そんな時、姉の夫の浮気現場を目撃してしまい…?



姉の夫が他の女性とデートをしている。それもなんだか、パッとしない女と−

あの衝撃の現場を目撃して以来、私は、姉にどう接すればいいか悩んでいた。姉にはいつも腹を立てていたが、浮気されているとなると、さすがに同情心が湧いてくる。

そういえばここ数か月の姉は、これまで以上に攻撃的だった。それに加えて、最近の弱り方。どう考えても姉は、夫の不貞に気づいている。

彼女は弁護士だから、しかるべき対応をするだろう。私は姉の面子を守るためにも言わないと心に決めた。

そんな私たちの関係が変化したのは、それから1週間後のことだった。姉からLINEがきたのだ。

「見てほしいものがあるから、今度の連休に実家に来て」

−急に呼び出してくるなんて、一体何よ…?

正直、もう実家には帰りたくない。しかし、今まで見たことないほど憔悴しきった姉の姿が脳裏をよぎった。もしかしたら重大な話でもあるのかもしれない。

実家を飛び出していったあの日、「待ちなさい」と呼び止めようとした姉の声が蘇り、渋々もう一度と姉に会うことを決意したのだった。



週末。訝し気に実家に帰ると、薄暗いリビングに1人姉が座っていた。

「安心して。お父さんとお母さん、今度こそ旅行でいないから」

私の胸の内が伝わったのだろうか。姉が説明してくるが、その声が信じられないほど弱々しい。

今日の姉は、以前よりもさらに痩せて痛々しくなっている。いつもなら驚いて理由を訊くところだが、あの事実を知ってからは、何でもないフリをしてしまう。

すると姉がおもむろに、”Diary”と書かれた日記を2冊、手渡してきた。表紙には1992だとか1995と書かれており、かなり年季が入っている。

これは一体、誰の日記だろう…そう思っていると、姉が淡々とした口調で言った。

「これ、お母さんの日記。読んでみて」

姉はそれだけ言うと、リビングから出て行ってしまった。

−お母さんの日記なんて見たくないよ…だって絶対、お姉ちゃんのことしか書かれていないもん…

日記を見つめながら、幼少期に抱いた母への想いが一気に駆け巡る。

−私はきっと、お母さんから愛されたことがない…

それはずっと、心の奥底にしまいこんでいた感情だった。

母は私より姉が好き。私は可愛くないほうの子供…そうはっきりと感じるようになったのは、3歳ぐらいのとき。

誰に何を言われるわけでもないが、気付いてしまったのだ。姉を見つめるときの母の目は、私のそれとは全然違う、ということに。


悩みながらも、日記を開いた若葉。そこに書かれていた衝撃の内容とは…?


私は、可愛くないほうの子供


例えば、転んだ時。私が転ぶと母は「なにやってるのよ!」と怒鳴った。けれど、姉が転ぶと真っ先に駆け寄って抱きしめる。

例えば、ご飯の時。私がおかずを残すと母は「食べなさい!」と怖い顔をしたけれど、姉が残しても何も言わなかった。

例えば、クリスマスの時。私のプレゼントは、いつもお願いしていない、知育パズルや辞典だった。姉のプレゼントは、いつだって姉が望んだものなのに。しかもそんな私の知育パズルも、姉に奪われた。

これが私の実家に残してきた思い出だ。記憶にあるのは3歳以降だけど、母はきっと、私が生まれる前から、姉を溺愛してたのだろう。両親と姉、その関係性に私が入り込める隙間なんか、少しもなかったのだから。

それに気づいた時、子供ながらに大きなショックを受けた。そして悲しくて、悔しかった。小さなころから抱えていたどす黒いこの感情は、きっと”憎しみ”というものなのだろう。

しかし、同時に気付いていたのだ。なぜ姉が、両親の愛情を独り占めできるのか。

それは姉が、母そっくりの美しい顔を受け継いだから。

姉の大きくてアーモンド形の目と、日本人離れした鼻筋、そして栗色がかった柔らかな髪の毛は、全て母譲り。一方の私は、目も鼻も髪もみんな父にそっくりだ。

だから私は、必死に言い聞かせた。

−顔は無理だけど、他のことで一生懸命頑張れば、私も認めてもらえるはず…

特に頑張ったのはピアノ。先生に褒められるのが嬉しくて、あっという間に上達し、その教室で一番になった。

けれど、母は私のピアノを認めてはくれなかった。「ピアノより勉強を優先しろ」と、私を怒鳴りつける。

私が小学校に上がると、すでに成績優秀だった姉との比較が始まり、もう何をどう頑張っても、母が私の方を見てくれるなんてことは無くなってしまった。

母の日記、と聞いただけで、これだけの苦々しい思い出が蘇ってくるのだ。

もしこの日記を開いたら、”私は母に愛されてない”という、今まで必死に蓋をして、心の奥深くに押し込めていた疑惑が、一気に現実のものになってしまう。

けれど、もし残酷な事実を受け止めることができたなら、過去にけりをつけて少しだけ”ドンくさい若葉”から成長できるのかもしれない。

恐る恐る、1992-1993(桜3歳、若葉0歳)と書かれている日記に手を伸ばし、触り心地の良いビロードの表紙を開く。

その日記は、母の字でびっしりと1ページ目から埋め尽くされていた。




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5月2日
若葉、誕生。けれど早産、未熟児。桜と違って軽い。大丈夫かな?でもふみゃーんって泣いた産声、世界一愛しかった。ただただ幸せ。この世に生まれてきてくれてありがとう。ママのところにきてくれてありがとう。命がけで幸せにするね。

6月3日
若葉、1か月検診。体重あまり増えてなくてショック。私のやり方が悪いのかな…?上手く育てられなくてごめんね。桜の赤ちゃん返りが凄くて、ついきつくあたっちゃう。

8月10日
若葉、体重増えない。しかも喘息みたいな症状が出てきて不安。桜が若葉を攻撃するので、桜を怒鳴ってしまった。2人目だからか、若葉が数倍愛しく感じる。

5月2日
若葉、1歳の誕生日。この1年、通院ばかりで全然写真撮れなかった。最近よく笑うようになって、とろけるぐらい可愛い。若葉は、穏やかでおっとりしているけれど、桜は自己主張が激しすぎるところがある。
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―なによ、これ…。どういうこと?

それは間違いなく母の字だ。少し癖のある、かわいらしい字。

だが、その内容は私の知っている母が書いたものとは思えないものだった。


さらに読み進める若葉。そこに書かれていた、信じられない内容とは…?


記憶は時に、真実とは真逆になる


−お姉ちゃんより、私の事ばっかり書いてある。どうして…?

自分でも受け止められないほどの衝撃が全身を襲う。これは一体、どういうことだろうか。

日記はほぼ毎日書かれていたが、”かわいい若葉”がその内容の大半を占めている。

そして姉については、”桜が困らせる”、”姉の自覚がない”、”桜に手を焼いている”といった内容が時折書かれている。

恥ずかしくなってしまうほど幼少期の”かわいい若葉”への愛がつづられているのだが、次第に日記のなかで邪険にされている姉が不憫に思えてきた。

姉はこの日記の存在を、いつ知ったのだろう。

混乱しながら、1995-1996(桜6歳、若葉3歳)と書かれた、2冊目の日記を手に取る。




6月4日
若葉、相変わらずごはん食べてくれない。体重も小さいまま。このままだと大きくなれないよ。不安からイライラして、夕飯のとき、ついきつく怒っちゃった。最近いつも言いすぎちゃう。なんでこんなにダメなママなんだろう。ごめんね若葉。

12月25日
クリスマスプレゼント。桜には人形、若葉には夫が買ってきた型はめパズル。言葉を覚えるのが桜の時よりもずいぶん早い若葉に、夫が教育熱心になっている。

6月4日
若葉のピアノの上達が桜より早い。将来、ピアニストになれるかも?夫はほどほどにって言ってるけど、私はずっとやらせたい。勉強もピアノもなんでもできて、若葉は凄いな。

9月10日
夫が若葉に足し算教えるも、嫌がって見向きもしない。若葉かわいそう。今日思い切って注意したら、殴られそうになった。怖い…

12月1日
夫の教育熱心さが異常。怒られるのが怖くて何も言えない。母に離婚の相談をしたら猛反対された。最近睡眠薬なしでは眠れない…



この頃になると、幼少期の記憶にある出来事と、母の日記にある出来事がシンクロし始める。

転んでも抱きしめてもらえなかったあの日、望んでもいない知育パズルをプレゼントされたクリスマス。

その出来事の裏側で、母が思っていたことと、私の感じた劣等感には明確な差が生じていたのだ。

それに日記には、私のほうが出来が良いとなっている。今とは完全に逆ではないか。

そして驚くべきことに、教育熱心になりすぎる父を、母が必死で止めようとしていたような記述も、あちこちにある。

母は常に父の言いなりで、父の操り人形みたいな人だった。まさか、母が父に逆らった過去があったなんて。

こんなの、私の記憶とはまるで違う…そう思っていたとき。

「人の記憶って歪むのよ。その後の人生の捉え方で、真実と真逆になったりする。だから過去に囚われて生きるのって、意味ないの」

顔をあげると、見たことがないぐらい暗い目をした姉が、リビングの入り口に立っていた。

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