写真や動画におけるHDRの仕様や違いについて考えてみた!

みなさんは「HDR撮影」というものをご存知でしょうか。本媒体(S-MAX)の読者の方々であれば今更説明は不要かもしれませんが、一般的にはまだまだ馴染みの少ない用語かもしれません。

HDRとは「ハイダイナミックレンジ」の略称であり、その名の通り入力された信号に対しとても広い表現領域を持っていることを指します。撮影の場合、ダイナミックレンジはラチチュードとほぼ同義として扱われることが多く、明るい場所が真っ白に消えてしまう「白飛び」や暗い場所が真っ黒に潰れて写真や映像に表現されない「黒つぶれ」といった現象を抑制して撮影する機能のことをHDR撮影と呼びます。

しかし、実はHDRと一言で言っても様々な規格や表現方法の違いがあります。とくに映像においては単なるダイナミックレンジの広さだけを指すものではなく、仕様(規格)の違いや対応製品で分かりづらい点が多数あります。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はそんなHDR技術について解説します。


何気ない写真撮影にも複雑な処理が施されている


■分かりやすい「画像のHDR」
まずは非常に分かりやすい画像でのHDR表現について解説しましょう。一般的な写真撮影では前述したように、明暗の差の激しい場所で撮影を行うと白飛びや黒つぶれといった表現の欠損が起こります。

これはカメラユニットに用いる撮像素子(CMOSセンサーなど)で受けられる光の量に限界があるためで、全体的に明るい場所や暗い場所であれば受ける光の明度差が大きくないために全てを表現しきれますが、暗い部屋の中から明るい日差しが差し込む窓などを撮影すると、明度差が大きすぎて明部と暗部を同時に表現することができなくなってしまうのです。そのため、窓辺の明るい日差しを優先して表現すると室内で黒つぶれが起こり、暗い室内を優先すると窓辺が白飛びしてしまうのです。

しかし、HDR撮影では「明るい窓辺に合わせた画像」と「暗い室内に合わせた画像」の2枚を高速で撮影し、その2つの画像を合成して擬似的に広いラチチュードを確保します。これによって、室内は暗いながらもしっかりと表現され、窓辺は明るいながらも白飛びすることなく綺麗に窓の外が写し出されることになります。


撮影に失敗した写真。黒い椅子の表現を潰さないようにとカメラが自動認識した結果、窓の外が完全に白飛びしてしまった


例えばAppleのiPhone XS標準のカメラにはHDR撮影機能があります。設定内の「スマートHDR」という項目で、これをONにして撮影すると白飛びや黒つぶれをある程度抑えた撮影ができます。またスマートHDR撮影時にHDR撮影ではないそのままの写真も保存できる項目があり、HDR撮影された写真とどちらの表現が好みか、あとで比較することもできます。


iPhone XSでの設定画面。赤枠部分が該当項目



スマートHDR OFFの写真(上)とスマートHDR ONの写真(下)の比較



中央の日差しの部分を等倍でトリミングしたもの。スマートHDR OFF(上)では白飛びして雲のディテールが消えているが、スマートHDR ON(下)では雲の影や凹凸までしっかりと表現されている


iPhone XSに限らず、HDR撮影では「明るい写真と暗い写真の2枚(もしくは露出を変えた複数枚の写真)を高速で連続撮影して合成する」という手法を用いることが多いため、2つの写真を合成する際により精細な画像が得られる場合が多くあります。単純な画像補完技術というよりも、「2つの写真を重ねて僅かな差異を判断し、ノイズや欠損成分を除外した画像に復元する」と表現した方が的確かもしれません。


同じく上記写真の橋桁部の等倍トリミング画像。スマートHDR OFF(上)では黒つぶれに加え画像からの情報が少なくのっぺりとした塗り絵のようだが、スマートHDR ON(下)の画像は2つの写真から画像情報を補完しているため表面の凹凸や傷まで見事に復元している


■画像のHDRとは表現力が一段違う「映像のHDR」
しかしこれらの「写真撮影におけるHDR」はHDR技術の「表現の1つ」に過ぎません。写真でのHDR表現はそもそも紙にプリントアウトした際にどこまで美しく表現できるのかを追求したものだからです。これが映像になると、もう1段階深い表現が加わります。それが「光の表現」です。

紙に印刷する場合、明るい被写体を明るく表現することはできても「光ったまま印刷する」ことは不可能です。しかしディスプレイに映し出す「映像」であれば、映像のままで紙への印刷が不可能な代わりに「光輝く」表現が可能なのです。具体的には、写真(画像)におけるHDRが「明度」や「彩度」の表現にとどまるのに対し、映像のHDRでは「輝度」という表現が加わります。被写体がどこまで輝いているのか、その光の強さを表すことができるのです。

この輝度表現を加えた映像のHDR規格として現在主流となりつつあるのが「HDR10」という規格です。厳密には輝度のほかに解像度やビットレートなどによって複数の方式や内部規格が存在しますが、「HDR10対応」を謳っているディスプレイ(モニター)や撮影機材を選択しておけば問題ありません(現在日本国内で販売されている「HDR対応テレビ」などは、ほぼ全てHDR10対応)。

また2018年1月にはHDR10の上位互換規格でありHDR10との再生互換性を持つ「HDR10+」といった規格も登場しており、ますます映像におけるHDR表現は一般化しつつあります。


YouTubeで「HDR 4K」で検索すればHDR動画が多数ヒットする


■映像のHDRは対応状況が複雑?
ここで気をつけたいのは、全てのHDR映像がHDR10に準拠しているわけではない、という点です。例えばiPhone XSの場合、HDRによる動画撮影は可能ですが、飽くまでも静止画用のスマートHDR技術を延長して動画撮影に応用しているだけのもので、輝度情報などを別途保持したHDR10規格に準拠したものではないのです。

2018年11月現在でHDR10に準拠した動画撮影機能に対応しているスマホはソニー製「Xperia XZ2 Premium」および「Xperia XZ3」といった極一部の機種に限られており、そのほかのスマホで「HDR動画撮影対応」を謳っている機種は、iPhone XSと同様のHDR技術による撮影方式です。


HDR10に対応した動画撮影ができるスマホは貴重だ(画像はXperia XZ3発表前のXperia XZ2 Premiumのプレゼンより)


さらにスマホでのHDR対応状況を複雑化しているのは、動画撮影はHDR10に準拠していないのにディスプレイはHDRコンテンツの再生に対応している機種が多くある点です。iPhone XSをはじめ、サムスン電子の「Galaxy S9/S9+」やLGの「LG G6」などはHDR動画の再生に対応していますが、そのカメラ機能ではHDR10準拠の動画撮影はできません。


手持ちのスマホがHDR10準拠の動画を再生できるかどうかは、YouTubeにあるHDR10で撮影された動画を開き、画質設定で「HDR」が選択できるかどうかで判断できる(赤枠部分)


■地道な進化を続けるスマホのHDR技術
このように、静止画と動画、さらに動画内でも複数の規格や合成処理技術がすべて「HDR」という同じ呼称で表現されてしまっている点が消費者に分かりづらさを生んでいるのです。その上ディスプレイまでも「HDR対応」だけの表現で売り出されてしまい、一般消費者としてはもはやHDRとは一体何なのか理解できないような状況です。

映像表現におけるHDRは、写真のHDRのように明るい部分も暗い部分も潰すことなく表示するのは当然として、さらに太陽やライトといった光源を光源のままに光り輝かせ、観る者に「眩しい」と感じさせることができるものです。その表現が可能になったのも、ディスプレイ技術が進化し高輝度でコントラスト比の高いOLED(有機EL)ディスプレイ技術などが発展したおかげとも言えます。

買い替えサイクルの早いスマホはHDR対応ディスプレイとして普及を図るのに最も適した身近なデバイスですが、HDR10方式による動画撮影には非常に高度な映像処理技術が不可欠で、その撮影が身近になるのはもう少し先になりそうです。現在Xperia XZ2 PremiumやXperia XZ3をお持ちの方は、その点において非常に羨ましい環境にあると言っても良いでしょう。

カメラユニットの数やAIによるシーン認識など、スマホの進化は分かりやすい部分ばかりが強調されがちですが、実はディスプレイ技術やカメラの撮影規格などでも地道な進化が続けられています。非常に分かりづらく消費者の理解が進まないままに規格だけが浸透・普及していくHDR技術ですが、いずれは静止画であっても輝度情報を含めた「真のHDR」表現が当たり前となり、その分かりづらさに歯止めがかかることを願うばかりです。


スマホのHDR技術とその表現力はまだまだ進化する