いつ辞めてもおかしくはない AP/AFLO

写真拡大

“ロシアゲート”疑惑が広がりを見せるなか、トランプ大統領はFBI長官を解任した。だが、長官解任によってむしろFBIは本気でトランプを追い詰めようとするのではないか。そう指摘するのはジャーナリストの落合信彦氏である。

 * * *
 こんな状況でも、日本の安全保障はまだ「アメリカ頼み」なのか。トランプが大統領職を放り投げる可能性が、いよいよ高まってきた。任期途中での辞任の可能性は本連載で昨年から指摘していた通りだが、事態はより深刻になっている。

 5月9日、全米のテレビで「FBI長官、解任」の速報が流れた。その時、当のFBI長官ジェイムズ・コミーは出張でワシントンから離れ、西海岸のロサンゼルスにいた。ふとテレビを見たコミーは、「面白いイタズラだな」と呟いた。しかし直後、FBI本部に解任通知が届いていることを聞き、「イタズラ」ではないことを知らされる。

 アメリカのメディアは、コミーが慌てて空港に駆けつけて専用機に乗り込み、ワシントンに向けて離陸する様子をライヴで報じた。そうするほどに、異例の事態なのだ。

 1973年、ウォーターゲート事件の渦中にあったニクソンは、捜査を担当していた特別検察官たちを突如解任した。“土曜日の夜の虐殺”事件だ。

 5月の突然のコミー解任で、ホワイトハウス前に集まった市民は「これは“火曜日の夜の虐殺”だ!」と叫び、トランプを批判した。トランプが、周辺へのFBIの捜査を妨害したのではないかと見られるからだ。

 FBI長官の任期は10年。政権交代の影響を受けず中立な捜査ができるよう、長期に設定されている。任期途中で解任されるのは超異例である。

「理由は単純だ。良い仕事をしていなかったからだ」

 トランプは解任理由を聞かれ、そう語った。これこそ大統領お得意の「フェイク」だ。数多くの大統領を見てきた経験から言えば、トランプは限りなく「クロ」に近い。

◆哲学内、歴史も知らない

“ロシアゲート疑惑”は、驚くほどの広がりを見せている。トランプの娘婿のジャレッド・クシュナーは、2016年12月の政権移行のタイミングで、欧米の制裁対象になっているロシア政府系銀行の頭取と面会していた。ロシア駐米大使が面会を仲介したとされる。

 大統領選でトランプの選対本部長を務めていたポール・マナフォートはウクライナの親ロシア派から75万ドルものカネを受け取った疑惑が取り沙汰されている。

 大統領補佐官だったマイケル・フリンは駐米ロシア大使との近い関係が批判されて辞任に追い込まれたが、その後、ロシア系企業から5万ドル以上を受け取っていたことが明らかになった。

 司法長官のジェフ・セッションズも大統領選挙中にロシア側と接触していたことが発覚した。

 FBIは、これらを中心としたロシアのアメリカ大統領選への関与を洗っていた。その捜査の手が周辺へ迫り、焦ったトランプがコミーを解任したと見るのが自然だ。

 しかし、トランプは大きな勘違いをしている。FBIは、長官ひとりのクビを切られたくらいで諦める組織ではない。むしろ本気でトランプを追い詰めようとするのではないか。

 司法省は早くも、“ロシアゲート”を本格的に捜査するため、コミーの前任だったロバート・ムラーを「特別検察官」に任命した。フリンを辞めさせ、大統領上級顧問のスティーブン・バノンを国家安全保障会議の幹部会議から外すなど、側近を次々に飛ばしているトランプ。捜査が迫れば、今度は自ら職を放り投げて逃げ出すのが関の山だろう。

 5月上旬には、トランプ本人がロシア外相のセルゲイ・ラブロフと非公開会談している様子を写した写真が公になった。その写真は表に出ないはずだった。ホワイトハウスの大統領執務室で、トランプはラブロフと笑顔で握手していた。アメリカはロシアに制裁を科しているはずなのに、ロシア側をにこやかに迎えている写真が出ることはあってはならないことだった。

 大統領も側近たちも、ロシアとベッタリなのである。ロシア疑惑だけではない。最近のトランプは暴走を加速させている。政権発足から100日の節目を迎えた4月末には、ペンシルベニア州で集会を開いた。そこでトランプは「私の100日を語る前に、メディアの100日を採点してみよう」と語り出し、大統領批判を続ける記者たちを「非常に不誠実だ」と切り捨てた。

 北朝鮮問題への対応も支離滅裂だった。「核開発を許さない」と言って空母カール・ビンソンを派遣したのに、1か月も経たないうちに「適切な環境下なら金正恩と会う」と言い出した。新聞は訳知り顔で「硬軟織り交ぜた対応で金正恩を揺さぶっている」と書いていたが、単にブレているだけだ。あの大統領には何の戦略もなく、ただ思いつきで喋っているだけなのだ。

 日本人は、いざとなったらアメリカが北朝鮮をぶっ潰して守ってくれると思い込んでいるようだが、トランプは日本を守る気などまったくない。そもそも、東アジアの安全保障にコミットするつもりもないだろう。だから、「金正恩と会う」とか、「金正恩をアメリカに招待する」などと言えるのだ。

 本連載の前号でも指摘したが、トランプの外交・安全保障政策には、まったく一貫性がない。娘のイヴァンカが「アサドは化学兵器で子供を殺している。アサドを攻撃すべきだ」と言えば、シリアを空爆する。軍が「北朝鮮に空母を派遣すべき」と言えば、カール・ビンソンを出す。

 哲学がなく、歴史も知らないから、軍や側近の言うがままに操られているのだ。

※SAPIO2017年7月号