日本上陸10周年を迎えたクリスピー・クリーム・ドーナツ。記念商品として投入するのが『ブリュレ グレーズド カスタード』だ。その裏側にはより大きな方針転換の意図が込められている(撮影:尾形文繁)

“行列のできるドーナツ屋”として知られる、クリスピー・クリーム・ドーナツ。2006年12月に日本に進出してから10年の節目を迎える。今年3月に一挙20店弱を閉店した同社は今、転換点を迎えている。

10周年を目前に控え、11月1日から発売しているのは『ブリュレ グレーズド カスタード』『ブリュレ グレーズド アップル』2種(各230円)。創業以来79年その味を変えていない定番商品『オリジナル・グレーズド』をベースに、日本人の好みに合わせて、日本法人が開発した商品だ。


熱狂で迎えられた初上陸

オリジナル・グレーズドは、1937年の創業以来レシピを変えず販売してきている商品だが、調査を行った際に日本人にとっては「甘すぎる」といった感想が多く、「ふわっ、とろり」という食感の良さがうまく伝わっていないことがわかった。

そこで、“軽くて甘い”というオリジナル・グレーズドの魅力を引き出すために、表面のグレーズ(砂糖衣)をあぶって焦がすことで、日本人好みの「カリッ」とした食感を加えた。カスタード味は甘さ控えめなバニラ風味のカスタードクリーム、アップル味のほうには、酸味の強いグラニースミスという品種のリンゴに発酵バターを加えたフィリングが詰められている。

なぜあえて、主力商品のテコ入れに乗り出したのか。日本法人のトップを務める岡本光太郎社長は「これまでの”行列のできるドーナツ屋”から”地元に愛されるドーナツ屋”に転換する時期がきている」と宣言する。

クリスピー・クリームは1937年に米国南部のノースカロライナ州で創業。長く地元周辺に店舗展開をするだけのローカルなドーナツチェーンに留まっていたが、2000年代から米国本土で多店舗展開を始めた。

同社は2006年、ロッテと、流通業界へのコンサルや経営支援を行うリヴァンプの合弁会社として設立し、現在に至っている。2006年12月、新宿のサザンテラスに1号店をオープンして以来“行列のできるドーナツ屋”として成長を続けた。


転機を迎えた"熱狂"


当時の熱狂ぶりを覚えている人も多いだろう。当時はオープン当初は物珍しさや、流行りだから、という理由で人々が群がった。都内では1〜2時間待ちが当たり前、地方店舗に至っては、8〜9時間も並ぶ人の姿が見られたという。その後、ショッピングセンターや駅前立地を中心に店舗数を増やし、ピークだった2015年度には全国で64店舗を展開するに至った。

だが、珍しさだけでは長続きするはずもなかった。同社は未上場で業績の詳細を公開しているわけではないが、官報によれば2012年3月期に、純利益4.9億円をたたき出したが、翌2013年3月期には同1.4億円へと大きく数字を落とした。2015年3月期にいたっては閉店費用がかさんだことで、純損失8.1億円を計上している。店舗数は、今年9月末で46店舗にまで減少した。



016年3月に閉店した神田小川町店。当時は全国で一斉に閉店が行われ注目を集めた
顧客のニーズが変わった

何が問題だったのか。「これまでは、並ぶのに適したレイアウト、そしてできるだけ早く商品をお渡しできるような”スピード”を重視した店舗やサービスを展開してきた。長時間並ぶ、顧客にとってそれが時代のニーズだった」(岡本社長)。

クリスピー・クリームが市場調査会社のデータを基に試算したデータによれば、日本のドーナツ市場規模は約1200億円、今後も緩やかな下降現象が続くという。さらに日本のスイーツ市場は顧客の要求水準が高い上に、流行サイクルが早い。同社が「スイーツホッパー」と呼ぶ、”はやりもの”に飛びつきやすい層が流行を左右している。

その間にはドーナツ業界を震撼させた“コンビニドーナツ戦争”も起こっている。2014年11月からのセブンイレブンに始まり、2015年の夏にかけてローソン、ファミリーマートなど、3大コンビニにおいてドーナツの販売を開始したのだ。ただ、日本法人の岡本社長はクリスピーの伸び悩みと「ドーナツ戦争は直接的に関係ない」と説明する。

スイーツブームの変化は目まぐるしく、新しい業態が次々と生まれていく。一定の熱狂的なファンは残ったが、これからの成長を考えた時にはより「居心地の良さ」や「また来たい」と思えるような店舗づくりやサービスに転換する必要があった。

市場調査会社NPDジャパンで、外食や流通業界を担当している東さやか氏は「コンビニドーナツの購入機会は、当初は盛り上がったものの、2016年4月頃から減少。ドーナツ店はドーナツの販売にアドバンテージを持っており、今後(大きく市場が)縮小する見通しはない」と指摘する。

もともとドーナツを食べるのは女性が57%と多く、ドーナツ店(コンビニ以外のチェーンなど)に至っては69%の高い比率で女性が利用している。コンビニドーナツは男性15〜39歳の男性が、物珍しさと話題性で利用したのでは、と東氏は言う。

「日本では『ミスタードーナツ』が40数年展開してきて、ドーナツに対するある一定の認知はある。さらにコンビニが参戦したことで、ドーナツを食べる頻度が向上し、日常的に親しまれるきっかけになった」(岡本社長)。

ドーナツ市場が多様化する中で、クリスピーが出した一つの答えが、今回の新作ドーナツに象徴される、大きな方針転換だ。“行列のできる店”から“日本で長く愛される店”へと転身を図るというのだ。具体的には、商品・店舗・サービスの3つの要素において大きく見直す計画だ。


商品、店舗、サービスを見直す


クリスピー・クリームはこの10年間で日本のマーケットにあった商品を500点以上も投入している。今後も冒頭のような商品を積極的に投入していく計画だ。そして店舗改革も動き出している。代表的なモデルが9月16日にオープンした「クリスピー・クリーム・ドーナツ イオンタウン ユーカリが丘店」(千葉県佐倉市)だ。

同店では主要顧客である20〜40代のファミリー層向けに、落ち着きのあるインテリアや、キッズスペースの配置、また自分でドーナツのデコレーションができる「キッズデコセット」の販売といった工夫を凝らしている。



ハロウィーン限定の商品。日本法人はこうしたオリジナル商品を500点以上も投入してきた(撮影:尾形文繁)
100店舗の目標は撤回しない

また、7月には羽田空港の第2ターミナルに、メルセデス・ベンツとのコラボ店をオープンしている。定番ドーナツを始め、店舗限定ドーナツ、賞味期限が長くお土産に適した商品なども販売している。もともとは「より親しまれるブランドになりたい」との意図があるメルセデス・ベンツ側からの申し出だったそうだが、「お客との接点を多様化したい」というクリスピー・クリームの方針とも合致し、出店に至ったものだそうだ。

「サービスについても、従来のスピード重視から、地域の特性に合わせて、『また来たい』と思ってくださるような店舗や、居心地の良さや楽しさなど、ホスピタリティのあるサービスに転換していく」(岡本社長)

岡本社長はクリスピー・クリームのブランド価値をこう語る。「例えばケンタッキー・フライド・チキン。子どもの頃にKFCで誕生日を祝ってもらって、忘れられない思い出になっている。1000円ぐらいなのに、40年経っても色あせない思い出を残すことができる。クリスピー・クリームには数十年愛されるような、本質的なブランド価値がある。日本でもそういうブランドにしていきたい」

店舗数については、これまで同社から発表されていた目標「100店舗」を変わらず掲げて行く。ただし、時期については明確にせず、まずはブランド強化を図って行く方針だ。

熱狂で迎えられてから、10年が経ったクリスピー・クリーム・ドーナツ。次の10年はどうなるのか。同社は今、転換期を迎えている。


著者
圓岡 志麻:フリーライター

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