[江口靖二のデジタルサイネージ時評]Vol.09 六本木の「感じる」サイネージで感じた本当に大事なこと2つ
「感じる」サイネージにどれくらい感じたのか
感じるサイネージは5月23日から25日までの期間限定で、都営地下鉄六本木駅のホームの「六本木ホームビジョン」で実施された。こちらの動画をご覧頂きたい。
六本木ホームビジョンにはカメラやセンサー類が装備されており、こうしたインタラクションサイネージを行える環境にある。今回のケースでは、ホームに接近する電車に反応して、髪やスカートが揺れるというもの。 本コラムで紹介したAPOTEKのキャンペーンを思い出すのだが、それはここでは問題ではない。上記の動画でわかるように、現場では多くの人がこの変化に気が付かないのである。
なぜ気が付かないのか、その理由を幾つか考えてみる。まず「変化」とはどういうことか、ということだ。電車が接近するまでの間、映像はずっと静止画状態で維持されているので、その場にいる人の認識としては静止画として空間に溶け込んでしまっている。これが結構な時間継続しているので、その場にいる人は動画が再生されると全く思っていない。せっかく風によって映像が変化しても、ディスプレイの位置も微妙なので、変化として認識できないのである。変化というのは前後の違いを認識してはじめてわかるからだ。もしも見る側がディスプレイを注視しているのであれば非常に効果的なのだが、この場所では誰もしていないのである。驚かせるためには髪がなびくだけではダメなのである。
現場では音も出していないのでさらに気がつかない。複数面あるディスプレイの変化は同時ではなく、手前から奥に向かって順に起きるようになっていて、非常に凝った作りなのだが残念だ。他に細かいところだが、背景が白なので、逆に黒髪が目立たないとか、ディスプレイ輝度が高すぎて眩しくて注視しにくいとか、画角がまだルーズでもっとタイトにするべきだとか、風による変化がわかりにくい髪型だとか、挙げようと思えばあることはある。
もう一つ、同じ期間に反対側のホームでは、人が接近すると女性が振り返って話しかけるというものもあった。
こちらは反応のタイミングが遅く、反応したあとの動作もゆっくりすぎて、話しかけると言っても声が出ないというもの。そもそもこうした変化も自分が接近したことに反応したことが本人にわからないと意味が無い。先程の例であれば電車接近であり、このケースは自分自身だ。あとは調整とクリエイティブでもっとわかりやすくできるのは間違いないと思う。やはり非常に惜しい事例だ。
しかしこういったトライは素晴らしく、こうしたインフラが常設で設置されるのは、今後の可能性を感じる。結果だけで批判しているように聞こえるかもしれないが、それくらいデジタルサイネージは場所と視聴環境と接触態度に左右されることを示してくれることに学ぶことが重要だと思う。
新しいビジネススキームであることのほうが重要
またこの六本木ホームビジョンは、事業形態もこれまでの駅サイネージとは異なるモデルだ。従来は駅のロケーションオーナーである鉄道会社、または鉄道会社系の広告事業会社が設備投資を行い、メーカーは機器を販売するのみで、広告会社はいわゆる広告代理業務を行うのが一般的だ。
ところが今回のケースでは、ロケーションオーナーである東京メトロと、広告事業会社であるメトロアドエージェンシーと、広告会社である電通、そしてメーカーであるNECによる共同事業の形態をとっている。詳細の役割分担や売上配分の比率は不明であるが、電通とNECが一定の負担とリスクテイクしていることは駅のデジタルサイネージとしては珍しいスタイルだ。メトロやメトロアドエージェンシーからすると、初期投資を抑えることができ、電通からすると広告代理業務により手数料+αの収益が得られ、NECにしてみるとモノ売りだけで終わらない、継続的な収益を期待できるという、3社協業方式なのである。
従来のスタイルでは、リスクはほぼロケーションオーナーだけにあり、それなりの資本投下が必要であったために、駅サイネージの普及拡大に時間がかかっていたのは事実だ。メーカーは物を売っておしまいで、リスクはないが常に売り先を探し求め続けなければならなかった。広告会社は媒体セールスとしてはノーリスクで、場合によっては媒体価値がないからと言ってまともに売らない場面もあったと思う。
今回のようにスキームが上手く回るようであれば、未だ導入されていない駅サイネージはもちろん、多くの場面でデジタルサイネージの拡大に寄与する可能性があるので注目したい。
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