『タイポさんぽ』藤本健太郎/誠文堂新光社
さまざまな角度から文字デザインを評し、時に関係ない話、時に豆知識を仕込んでくるスキの無さが読んでいて面白い。全国を旅行している気分にもなれます。

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「新潟、鯨波。日本海を望む旅館、敷布団のシーツの端。ほんの数センチの大きさで、見逃しそうになったところをギリギリで捕まえた。」

何を捕まえたのか。もしかして新種の昆虫?幽霊?

答えは「タイポ」。

デザインされた社名や製品名のことをロゴとかタイポグラフィーとか呼ぶ。本書『タイポさんぽ』は、日本全国さまざまな場所で出会った看板などの「味わいタイポ」を、さまざまに「採集」していった記録だ。

店舗看板や企業ロゴは、昭和期の職人がアナログ的手法を使って1字1字、その店のためだけに作ったデザインが多い。妙なバランスや、必ずしも徹底してない書体の法則性など、既存書体(パソコンなんかに入っているフォント)を使って並べただけの味気ないものには出せない深みがある。

120点以上の味わいタイポ採集記録が、全ページカラーの写真とそれに関する文章が載る形で、グラフィックデザイナー・藤本健太郎氏によって報告されている。

「あ!これ見たことある!」というような昭和のレトロなデザインから「どうしてこうなった」と思ってしまう珍妙なタイポまで、堅苦しくなく、しかし時に専門家としての知見を差し込みながら、流暢に楽しそうに語る文章が魅力的。

各タイポ紹介には
「マスキング・サイコロジー」
「やりすぎドラゴン」
「テクノ江戸情緒」
など小タイトルが掲げられていて、各題がまるで詰め将棋の1問1問であるかのごとく分析や妄想が展開されていく。

各タイポ評は、文頭の「敷布団のシーツ」の1文のように「どんな街のどんなシチュエーションで撮影したのか」といった記録から始まり、

「「待」の字にさりげなく隠されたハートマークはいかにもスナックのロゴらしいアクセントと言える。」

「「ビサンタクシー」という文字列は、頭の「ビ」一文字を除くすべての文字が、右上と左下を結ぶという奇跡の字並びである。詠み人はそこに気付いたとき、この特性を利用しない手はない、と感じたはず」

などと執拗に、まさに「一字一句」味わっていく。

またさらに、看板のアクリルやアスファルトに盛られた白インク、現地の町並みや気候、経年劣化、その看板の店の商売にまで言及し、単なるデザインにとどまらない視野の広さによって、誰が読んでも楽しめる本に仕上がってる。

糸を売る店だから「つづきや」(続屋)、鉄鋼資材の角を削る加工をする工場のロゴが全部角丸になってる、など、目ざとい観察眼が衰えることなく最終ページまで続いていて、こちらも「ウォーリーをさがせ」ばりの集中力で「何か気付いてやろう」と看板の文字をにらんでしまう。そんな中、あることに気付いた。

通常、こういった「おもしろ看板写真」や心霊写真などでは、映り込んでしまった通行人の顔や看板の店の電話番号を黒くつぶしたり「ぼかし」にすることが多い。言うまでもなく、プライバシー配慮やイタズラ電話防止のためだ。だがこの本にはそういった加工がない。

気になってよく見ると、電話番号やナンバープレートの数字が一見それに気付かないほど精巧に「0000」などに加工してあり、しかもその連続するゼロがそれぞれコピー&ペーストではない、というこだわりっぷりなのだ。この一点のみを見ても、この本がいかに街角看板を愛しているのかが伝わってくる。ピントのボケ具合、看板の傷まで合わせてあるので、本屋でここだけでも立ち読み確認して欲しい。

文章では濁点やナカグロ(・)をカワイイ花の形にする「オハナライズ」、看板文字をシール的に貼って作っているカッティングシートが直射日光でめくれてボロボロになった「カサブタイポ」など、勝手な造語でタイポをジャンル分けしたり、

「酩酊浮遊層に対して強い訴求力を持つ文字」
(酔っぱらいが立ち寄りたくなるような文字)

「心配になるほどの幽玄さ」
(読めないほど達筆)

というような言い回しもぐっとくる。

いい看板の中華料理屋に入って天津麺がおいしかったので「文字のいい店は味もいい」と書いたり、「(標的タイポの前にある)パイプやドアの切れ目が少々邪魔ではあるが、強烈な味わいはこの程度の妨害では少しも損なわれない。」など、めちゃめちゃに突き進んでいく強引さが気持ちよく、まさに秘境をガイドされている気分。

目を形どったデザインとなった眼科の「眼」の字や、歯になってる歯医者の「歯」など、よくアイコン化される文字を著者は「いじられ役」と呼んでいる。象形文字的な成り立ちなどから標準化して誰にでも通じるように作られた文字が、個性的なデザインを施されるうち、まさに象形元の造形に戻っていく様子なども多数あり、気が付けばタイポグラフィの魅力にどんどん引き込まれる本だ。

雑誌・宝島の「VOW」や、赤瀬川原平の『超芸術トマソン』などが好きな者にはたまらないものがあります。(香山哲)