写真上から、『サムライDays、欧州Days』(吉田麻也著/Gakken)、『前に進むチカラ』(北島康介著/文藝春秋)、『超える力』(室伏広治著/文藝春秋)

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レスリングでの金メダルラッシュ、なでしこジャパンの大活躍で最後の最後まで目が離せない日本オリンピック選手団。若手とベテラン、それぞれの持ち味が各競技で随所に見受けられて、寝不足はつらいものの、やっぱり目が離せない毎日だ。いい結果が生まれている時、そこには「優れたリーダー」がいるとよく言われる。オリンピックや世界大会で活躍するリーダーの著書は、いつの時代もベストセラーだ。そこで、ロンドンオリンピック選手団の中において、結果だけでなく「見事な言葉」も残している3人のリーダーの著書から、ぞれぞれの苦悩や活躍の軌跡、オリンピックへの想いをまとめてみたい。


【男子サッカー 吉田麻也】
“4年に一度の祭典を、もっと楽しもうという気合いでがむしゃらにやればよかった。そう気づいたのは、グループリーグ敗退が決まってからだった”

前回・北京五輪では3戦全敗でグループリーグ敗退を喫した男子サッカー五輪代表。その中でも、わずか1試合の出場にとどまり、不完全燃焼だったのが、明日・銅メダルに挑むチームのキャプテン・吉田麻也だ。今年刊行した『サムライDays、欧州Days』の中で、代表に選出されたことだけで満足してしまった4年前の自分を反省し、その後のターニングポイントになったと振り返ったのが冒頭の言葉である。
北京での反省を踏まえ、その後のオランダリーグでは『楽しむ』ことだけを考えてプレーに臨んだ吉田。邪念を捨てたプレーが好結果を生み出し、現在ではザッケローニ監督率いるA代表でも不動のセンターバックとなったのは周知の事実だ。

今回のロンドン大会では、オーバーエイジ枠として後から合流したにも関わらずキャプテンとしてチームをまとめ、下馬評を見事に覆す大活躍の立役者として各方面からの評価も高い。チームを鼓舞し、最終ラインを統率し、得点まで決めたこれまでの戦いを振り返ると、まさに自身が「楽しんでいる」ことがしっかりと伝わってくる。
そんなキャプテン・吉田麻也。A代表での「いじられキャラ」やブログでのおふざけぶりからは想像できないが、実は根っからの「キャプテン体質」であるという。『サムライDays、欧州Days』の中で次のように語っている。

“キャプテンにもさまざまなキャラクターがいる。楢さん(楢崎正剛 名古屋グランパス)のように黙々とチームを引っ張る人、長谷部さん(長谷部誠 ヴォルフスブルク)のように口やかましい人(笑)。ほかにもまだタイプはあると思うけど、みんなに共通して言えるのは周囲を監視する察知力があること。幼い頃からたくさんの人に囲まれて、両親から礼儀作法だけは厳しくしつけられた育った僕は、必然的にその察知力を身につけていたんだと自負する”

吉田麻也を見ていて感心するのは、試合前後に積極的にメディアの前で披露する「コメント力」だ。それもこれも、常に周囲を気にかける察知力のなせる技なのだろう。願わくば、男子サッカー44年ぶりの銅メダルを獲得し、歓喜の言葉をもって最後を締めくくって欲しい。

ちなみにこの本、「内田篤人スペシャル対談」「ウッチーDays」など完全に内田篤人頼みの企画(と写真)も多く、「あわよくば内田ファンにも買ってもらいたい」という邪念がヒシヒシと伝わってくる。サスガは「SEO対策は内田」の名言を残した男。こんなところからも、吉田麻也という男のキャラクターと、コメントの面白さをうかがい知ることができる。

【競泳 北島康介】
競泳陣のキャプテンはバタフライ銅メダルの松田丈志だが、ここ10年の日本競泳陣を引っ張ってきたのは、やはり北島康介だろう。今大会、個人種目ではメダル獲得とはならなかったが、メドレーリレーでは日本初の銀メダルを獲得し、最後の最後でしっかり見せ場をつくってくれた。そんな北島康介が、日本競泳界、日の丸へのこだわり、そしてメドレーリレーへの熱い想いを自著『前に進むチカラ』の中で次のように語っている。

“水泳は個人競技だ。プールで泳ぐのはたった一人でしかない。しかし僕が無事にスタート台に立ち、安心して飛び込み、そしてゴールに向かって泳げるのは、周りにたくさんの仲間がいてくれるからだ。(中略) 誰も一人では生きられないし、一人では戦えない。仲間がいてくれるからこそ、今の自分がいる。そう思える時、僕はいつも以上の力を発揮できるような気がする”
“仲間と呼ぶにはあまりにも大きすぎるが、日本という国、日本の国民みんなが僕に力を与えてくれている。(中略)「オリンピックの五輪マークは、どんなブランドにも勝る世界で一番有名なシンボルマーク。でも誰もがこれを着けて戦えるわけではない」 僕はその話を聞いて、オリンピックに出ることの重みを感じたし、同時にそこに「日本で一番有名なマーク」である日の丸が着いていることについても、大きな誇りを持った”

北島康介がなぜ世界の第一人者であり続けられたのか。北京五輪までの北島のコーチであり、現在全日本ヘッドコーチと務める平井伯昌氏は「血のにじむような努力はもちろん、最も大事な場面でその努力で培った最大限の力を発揮できたから」と先月出版された『突破論』の中で語っているが、その「最も大事な場面」で力が発揮できた理由には、仲間への想いや日の丸へのプライドも影響していたのだろう。そして、北島のこの力がしっかりと次世代に受け継がれたことが、今大会の競泳陣のメダルラッシュにもつながったのではないだろうか。

『前に進むチカラ』は、アテネ・北京で2種目連覇という偉業を成し遂げた後、一度水泳から距離を置きながらナゼまた勝負の世界に戻ってきたのか、年齢的なピークを過ぎた後でも記録を塗り替えられた秘訣も余すところなく記されている。2011年の刊行ではあるものの、ロンドンでの勇姿を見たあとに読めば、この4年間の起伏や苦しみもがいて来た軌跡を感じることができ、北島ファンならずとも感慨深いものがあるだろう。そして「あとがき」ではこれからの競技人生についても記されている。

“「ロンドンオリンピックが終わったら」とか「水泳を辞めたら」ということは、まったく考えていない。むしろ思うのは「できればずっと泳いでいたい」ということだ”
実際、ロンドンでの競技が終わったあと、自身のツイッターでは次のようなつぶやきが記されていた。

“リオデジャネイロまで1460日。”

北島康介の「前に進む力」は、まだまだ衰えそうにない。


【砲丸投げ 室伏広治】
アテネ五輪での金メダルに続き、ロンドンでも記録が伸び悩んだ中でしっかりと銅メダルを獲得し、2度目のメダリストとなった砲丸投げ・室伏広治。
日本選手権18連覇中とあまりにも孤高の存在すぎたが故に、これまであまり競技について語ることが少なかった室伏広治が、37歳にしてはじめてハンマー投げについて、アテネ五輪や昨年の世界陸上での金メダル、ドーピングへの見解を赤裸裸にまとめた一冊が『超える力』だ。

本書を読んでまず気づかされるのが、室伏広治の長い現役生活を支えたのが「チームコージ」というプロジェクトチームの力による、ということ。これまでにも、北島康介の「チーム北島」、マラソン・高橋尚子の「チームQ」など、金メダリストや一流アスリートにはそれぞれ、専門のコーチや栄養士、運動メーカーによるプロジェクトチームが結成されていたことは有名な話だが、「チームコージ」が特殊なのは、室伏自身が中京大学准教授という「研究者」として、自らのカラダをサンプルに砲丸投げの投法を科学的に考察・研究している点だ。
さかのぼれば、コーチでもあり、砲丸投げの第一人者でもあった父・室伏重信氏も現役時代、8mmフィルムで世界の一流選手の投法を映像に収め、記録資料が乏しかった時代に率先して「砲丸投げ」の研究を行い、38歳にして当時の日本記録を打ち立てた偉大な選手であり、研究者であった。親子揃ってのアスリート、なだけでなく、親子揃っての「砲丸投げ研究者」であるという、まさに「一子相伝の室伏親子物語」としても興味深い。
専門的な記述は多いが、一方で、1歳にして懸垂をし、2歳にして逆上がりを成功させ、3歳からおもちゃのハンマーで砲丸投げの真似事をしていた、という超人・室伏伝説や、以前テレビ番組でも取り上げられた団扇投げや投網を打つユニークなトレーニングが生まれた経緯など驚かされる事実も多い。

さて、銅メダルという結果で競技を終えた室伏広治だが、実はまだロンドンで“戦闘中”である。毎回、五輪開催中に投票が行われる「次期IOC選手委員」に立候補しているのだ。IOC委員とは、選手の立場でIOC(国際オリンピック委員会)と選手間の意見調整をする役割を負う存在。室伏は既に2003年からIAAF(国際陸上競技連盟)選手委員を務め、選手の立場から各大会スケジュールの確認や大会のあり方の討議、ルール改善やドーピング体制など競技環境改善のための提案などを行ってきている。しかし、その活動にとどまらずIOC選手委員にも立候補した経緯を、本書の中で次のように語っている。
“現在のオリンピックには国威発揚への利用、商業主義など、様々な批判もある。しかし、古代オリンピックの精神を引き継ぎ、単体の競技種目の国際競技会ではなく、数多くの国からさまざまな競技の代表選手が一堂に会し、平和の祭典として開催される近代オリンピックの精神、それを復活させたクーベルタン男爵の偉業は、やはり引き継がれるべきものと私は思う。(中略) 私がIOC選手委員に再び手を挙げたのは、オリンピアンの一人として、覚悟を伴って、オリンピックの精神に自分を捧げたいと思ったからなのだ”

自身の競技生活だけでなく、陸上界、ひいては世界のスポーツ界のために何をすべきか、そしてどうあるべきなのかという提案も多く、特にドーピングに項についてはアテネでの「ドーピングによる繰り上げ金メダル」の経験も踏まえ深い見知が多い。すでにIOC選手委員の投票は終了しているが結果発表のタイミングはまだ未定。こちらの結果にもぜひ注目したい。
(オグマナオト)