今回、研究グループは、量子スピンアイスとしての性質を示す磁性体Yb2Ti2O7を冷却し、単極子が分化しただけの不安定な状態から、凝縮して安定に分布する状態へ転移する様子の観測に挑んだ。

研究グループは、Yb2Ti2O7の良質な単結晶に、一定方向にスピンの向きをそろえた中性子ビームを入射させ、その散乱の様子から結晶内の電子スピンの状態の解析を行った。

まず、絶対温度0.3度で、中性子が散乱された強度を指標として、電子スピン間の相関を測定した(画像4・左)。

この結果は、量子スピンアイスモデルに基づいた理論計算(画像4・中)と極めてよく一致したという。

特に、通常の磁性体が転移温度近傍で示す同心円状の構造(画像4・右)とは大きく異なり、散乱強度が一定方向に強く依存した尾根のような構造を示したのである。

これらの結果は、Yb2Ti2O7の転移温度のやや高温側では、N極とS極が分化したように振る舞っていることを示唆している。

なお、量子スピンアイスの実験結果(画像4・左)と理論計算(画像4・中)では、どちらも散乱強度が強い部分(赤)は尾根のように伸びている。

一方、通常の磁性体(画像4・右)では尾根の形状が見られない。

また、絶対温度0.21度以下では、磁気秩序の形成を示す散乱を観測し、さらに、入射した中性子のスピンがランダムになったことから、Yb2Ti2O7が強磁性体になったことが確認された。

転移温度より十分に低温の絶対温度0.03度になると、秩序を持った各電子スピンの向きは、スピンアイスで許される電子スピンの向き(inとout)から大きく傾いていたのである。

この絶対温度0.03度でのスピンの秩序に関する実験結果は、量子スピンアイスモデルにおける絶対零度での理論計算結果と一致することが判明した。

以上の結果は、電荷を帯びた粒子に働く力(クーロン力)と同様な力が単極子に作用する「磁気クーロン液体」から、量子力学に従って単極子がボーズ-アインシュタイン凝縮した強磁性相(ヒッグス相)に相転移したことを意味する(画像5)。

スピンアイス(Ho/Dy)2Ti2O7(赤色矢印)では量子性を無視できることから、古典クーロン液体として振る舞うと考えられた。

量子スピンアイスYb2Ti2O7(青色矢印)では、弱い量子性のためクーロン液体から強磁性相(ヒッグス相)に相転移する。

磁気クーロン液体領域では、電子磁気スピンのN極(赤球)とS極(青球)は分化した不安定な粒子として振る舞う。

そして強磁性相(ヒッグス相)では、N極とS局は安定した粒子として存在して、スピンをinやoutの向きから傾けるというわけだ(先端が赤の青矢印)。

金属の電気抵抗がゼロになる超伝導現象は応用にも用いられ、転移温度を室温付近まで上昇させることが期待されている。

今回見出された量子スピンアイスにおける強磁性は、磁化の制御をデバイスに利用するスピントロニクスにおいて、磁荷やスピン流を損失なく流すことが可能な物質状態として期待されるという。

なお、研究グループは、より室温に近い温度でヒッグス転移を示す量子スピンアイス物質の開発に成功すれば、革新的な産業技術の展開に貢献するはずとの期待を示している。