約束の時間、取材場所に現れたラウルは「スミマセン、ちょっと練習をしたいので、しばらく待っていただけますか?」と言い、2時間半も自主トレを行ったというのだ。
 改めてその記事を読みなおし、理想のプレーを問われ、「監督が許してくれるんであれば」と断ったことにも当時驚いた。10代後半とは言え、チームの一員であることを自覚していたのだ。
 そして、「2列目のストライカーが理想かな。中盤でボールをもらって、前線の選手にいい形でボールを預けて、フィニッシュの場面は僕も顔を出す……そんなプレーが好きなんです。仲間たちの力を合わせてフィニッシュまでの形を構築していくのって、プレーをする喜びを強く感じられる」とも語っており、「僕はマドリーに骨を埋めようとかって発想、あまりないんです」とも。
 そんな彼の言葉が、16年後のドイツで再現されていた。謙虚さを失わず、献身的にサッカーへ自身を捧げるラウルの姿は、ゲルゼンキルヘンでも変わらなかった。
 それはプロサッカー選手として、尊敬されるべき男の姿であり、誰もが見習うべき姿だった。

 内田がシャルケに移籍したことで、そんなプロの鑑と言えるラウルをとても身近に感じられた2シーズンを過ごせたのは、本当に幸せだった。