――その結果、作家になって、芥川賞まで受賞したのですから、努力が実ったということですね。

【田中】でも、「私みたいにすればいいですよ」とは言えません。ちゃんと大学に行って、学んで、就職する。そっちのほうが絶対いい。「働いたら、負け」という言葉がありますけど、そんなわけありません。そりゃ働くほうがいいに決まっています。芥川賞の受賞会見で、私が「働いたら、負け」と以前に言ったと記者に指摘されましたけど、そんなこと言ってません。主義として働かなかったのではなく、ただ私がそういう人間だったというだけなんです。

――田中さんは小説家という職業に就いています。書くことを“労働”と意識したことは?

【田中】まったくないです。僕にとって「労働」は苦しいというか、ものすごく何かを我慢しなければならないというイメージがあります。書くということはものすごく大変で、「なんでこの一行が出てこないんだろう」と思うことはありますけど、それは苦痛ではありません。むしろ、私にとっては、ありがたい幸せなことです。

――今の若者はこの不況下で働き口を見つけるのも難しい状況です。その「働かない」という生き方に憧れる面もあると思います。

【田中】まあ、法律の範囲内で好き勝手にやればいいんじゃないですかね。「落とし前」はいつか絶対つけなければならないけど、好き勝手にやっている以上、誰もそのやり方を教えてくれないので、そこは覚悟して。

 人ができることなんて、最初から決まっています。だから、そのできる範囲だけは、ちゃんとやる、やり続ける。そしたら、どこかで“取っ掛かり”みたいなものを発見できるはずです。これは本当に、そう思います。

(撮影/佐賀章広)

■『共喰い』(田中慎弥/集英社/定価1050円)
17歳の遠馬は、女を殴りながらセックスをする父親・円の血を引いている自分が、彼女である千種に父と同じように暴行してしまうかもしれないという不安がある。抑えてきた衝動は少しずつその姿を現し、遠馬は千種に暴力的なセックスを試そうとする。ふたりの関係は冷え込んだ。その一方で円の愛人・琴子は円の子を孕(はら)んだまま、彼のもとから逃げ出そうとする……。

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