熱効率で有利なハイコンプ・エンジンにはノッキングという問題があり、その対策として「圧縮比<膨張比」という高膨張比エンジンが採用された……というのはデミオ SKYACTIV-1.3エンジンの一面ではありますが、それがすべてではありません。


 


いや、高膨張比エンジン本来の狙いはノッキング回避ではないのです。


 


ここでキーワードとなるのが「ポンピングロス(ポンプ損失)」。


 


ポンピングロスの低減こそが、高膨張比エンジンを採用する本来のネライなのであります。


 


では、ポンピングロスとは何か?


 


それは吸気行程・排気行程での消費されるエネルギーのこと。


 


針のついていない注射器を動かすところを想像してみてください。


口の部分をそのままにしているより、指先などで狭くしたほうが吸い込む力が必要になりませんか。


 


水鉄砲でも同じ。


噴射口が小さいと遠くまで届きますが、そのぶん力は必要になります。逆に口が大きければ、少しの力で水を吐き出すことができます。


 


このように吸排気行程において必要な力を減らすことがポンピングロスの低減。ポンピングに使うエネルギーは、もともと燃焼エネルギーの一部なわけですから、ポンピングロスを減らすことはエネルギーの有効活用につながります。つまり燃費が改善するというわけ。


 


具体的には、吸排気における吸い込み口・吐き出し口を広くして抵抗を減らすことが、ポンピングロスの低減にダイレクトに効いてきます。


 


また吸気量そのものを減らせば、吸気に関るポンピングロスは減ります。


 


 


ところで、圧縮比≒膨張比となっている普通のエンジンの動き方はオットーサイクルと呼ばれていますが、高膨張比エンジンというのは異なるサイクル名がつけられています。


 


それがミラーサイクル、アトキンソンサイクルと呼ばれるもので、細かい話は置いておくと、どちらも圧縮比<膨張比となるエンジンの回り方を示しています。


 


圧縮比<膨張比となっているエンジンでは吸気量が少ないわけですから、まさに高膨張比エンジンはポンピングロス低減を実現する理想のエンジンとなります。


 


省燃費性能、熱効率を追求していくと、オットーサイクルからミラーサイクル、アトキンソンサイクルになるのは自然な話なのです。


 


 


その典型的な例というか、市販量産エンジンとしては、はじめて吸気量<排気量というアトキンソンサイクルを実現したのがホンダのガス発電機用エンジン『EXlink』。


 



ピストンのストローク距離を吸気・圧縮行程では短く、膨張・排気行程では長くした、まさしく絵に描いたような高膨張比エンジン。



 


いずれも、ホンダEX-Link技術解説より


これらの図版からも吸気・圧縮行程と膨張・排気行程でのストロークが異なっているのがわかります。


 


吸気量:110cc


排気量:163cc


圧縮比:12.2


膨張比:17.6


 


燃料が都市ガスなので圧縮比の数値などはガソリンエンジン感覚では比較できませんが、まさしく「高膨張比エンジン」ということが、このスペックからも理解できます。


 


EXlinkエンジンは、特殊なリンクを使ってアトキンソンサイクルを実現していますが、デミオのSKYACTIV-1.3など自動車に搭載されるエンジンではここまで複雑なリンク機構は採用されていません。


 


では、どのようにしてポンピングロスを低減するミラーサイクルを実現しているのか。


 


「吸気バルブの遅閉じ」という手法によっています。


吸気行程で下死点まで下がったピストンが上昇するときが圧縮行程。本来であればバルブを閉じているので混合気を圧縮できるのですが、ここで吸気バルブを開けておくことで、いったん吸い込んだ混合気を元に戻します。


 


この戻す分を事前に考慮しておけば、吸気行程で多めに吸い込むことが可能。ガソリンエンジンの場合は吸入量をスロットルバルブの開閉度でコントロールしますが、多めに吸い込むということはスロットルバルブを開け気味にできるということ。注射器の例でいえば指で狭めていない状態で吸い込めるので抵抗が少ないというわけです。


 


ポンピングロスの少ない状態で吸い込んで、多めに吸った分は圧縮行程の前半で戻すことで辻褄を合わせる。大雑把にいうと「吸気バルブ遅閉じによるミラーサイクル」。


 


圧縮行程の途中までバルブが開いているということは、実質的に圧縮がはじまるタイミング(ピストン位置)も遅くなるので、有効圧縮比が低くなるというわけです。


 


では、吸気行程でのポンピングロスを減らすにはバルブ遅閉じによるミラーサイクルしか方法がないのでしょうか?


 


そんなことはありません。他にも方法はありますし、いまどきのエコエンジンには欠かせない技術となっています。


 


そのキーワードは「排気再循環」です。


 


(山本晋也)




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