マリアンヌ東雲(撮影:野原誠治)
 今年2月にアルバム「マリアンヌの憂鬱」でデビューを果たした、鬼才・マリアンヌ東雲(支配人)率いる4人組ガールズ・ヴィザール・ロックバンドキノコホテル。コンセプトは、ポップで過激で中毒性の高い大衆音楽。人工的近未来感覚と昭和元禄的狂騒が絶妙に入り混じったような不思議なロックンロール・サウンドに、都会を生き抜く乙女心を歌う。そのエロチックで濃厚なキャラクターに各方面から注目が集まり、全国区の人気が爆発。興奮も冷めやらぬまま、早くも8月4日にはミニアルバム「マリアンヌの休日」を発売した。

――支配人は、自己分析してどういうタイプの女性、人間だと思いますか?

マリアンヌ東雲:常に自分のことしか考えてない人間(笑)。

――人からはどういう風に言われることが多いですか?

マリアンヌ東雲:あまり気にしたことが無いから分かんないけど、面倒臭い女だと思われてるんじゃない(笑)。従業員達からどう思われているかもよく分からない。うちは仲が悪いわけじゃないけど、お友達みたいなノリではやってないので。いわゆる上司と部下じゃないけど完全に私対3人で分かれてるから、3人ともお友達みたいな付き合い方は一切なし。リハーサルの後に飲んだりは、たまにするけどね。友達同士や幼馴染みでやってるバンドって割と多かったりするみたいですけど、かなりビジネスライクな関係です。

――メンバー以外で、初対面の人にイメージと違うとか言われることはないですか?

マリアンヌ東雲:あんまり良く分からないですね。「イメージ通り」と言われることもあれば、「ちょっと違った」と言われることもあるだろうし。相手によって変わる場合も結構あるじゃないですか。「この人にはちょっと良い印象を残しとこうかしら」とかノって、いや、あまり無いですけど(笑)。その日の気分にもよるので、好印象を残す場合もそうでない場合もあるでしょうね。飲んでいるかどうかでも違いますから。体調や機嫌の善し悪しによって左右されるものだし、これに関してはその日の巡り合わせとしか言えないんじゃないかしら(笑)。

――以前から、そういう声ですか? お酒で焼けたとか、枯らしたとか。

マリアンヌ東雲:(笑)。そんなことはしてないんだけど、元々割とハスキーな声だったらしいです。子供の頃、普通に歌を歌うのが好きで、学校とかで歌ってて。14歳ぐらいの頃かな?声帯をちょっと壊しちゃってから、一段とハスキーになって。当時は「女なのに声変わりした」みたいな言われ方をしたんですけど。その後、酒を飲むようになって、また更に進んだのかもしれないけどね。

――特に、歌手を目指していた訳ではないんですか?

マリアンヌ東雲:あまり考えたことは無かった。

――キノコホテルを始めた時も、特にプロを目指していた訳でもなく?

マリアンヌ東雲:始めからプロ志向だった訳ではなく、そもそもキノコホテルを始めた時は自分も音楽をやること自体、作曲も含めて表現すること自体、ほぼ初めてだったので。いきなりそこでプロを目指そうと思っても、無理がありすぎる。まず最初は、歌いながら鍵盤を弾くことすら出来なかったし。でも、趣味で、お友達感覚でワイワイというのとも違ってたし。やっていく中で何か見つかるんじゃないか?と思っていました。

――音楽以外の選択肢は無かったですか?

マリアンヌ東雲:音楽をやる前に、ほんの少しですけど舞台っぽいというか、演劇寄りのこととかダンスだとかを齧った時期があったんです。人が書いたシナリオに則って演じるのも、それはそれで面白いし、いい経験ではあったんですけど。自分で何かを作りたいと思った時に、たまたま音楽が。

まだキノコホテルを始める前に、身体のトレーニングも兼ねてボイストレーニングに通った時期があったんです。怠けて3ヶ月くらいで辞めてしまいましたが。そこの先生に「作曲に興味は無いの?」と聞かれて。実は子供の頃から頭の中に全部アレンジも施された、完成形の音楽がポンッと湧いてくることは度々あって。ただ、自分はギターも弾けないし、譜面も書けなければパソコンを使うのも苦手だから、それをまとめることは絶対に出来ないと思っていて。「ビジョンを形にするのが難しいから出来ないし、多分やらないと思います」みたいなことを言ったの。

でも、その先生がすごく親切な人で「それでも、それなりにやり方がある」と色々教えてくれて。当時、週1回レッスンに通ってたから、「来週までに、何かワンコーラスでもいいから作って来てごらんなさい」と言われて。ファーストアルバムに入ってる「真っ赤なゼリー」という曲の原型になっているものを持って行ったら、先生が褒めてくれて。モノを作って褒めてもらうと、いい気分になるじゃない?。「どうせだったら、バンドでもやってみようかしら?」と思って。成り行きですね(笑)。