この時期、戦争責任について語られることが多くなりますが、裁判官にも戦争責任があるといいます。8月18日の「武田砂鉄ラジオマガジン(文化放送)」では、弁護士の三輪記子さんがこの問題について語りました。 

三輪「裁判官の戦争責任と聞いて、砂鉄さんは具体的なイメージは湧きますか?」 

砂鉄「この時期、戦争責任を問われることが多いですが、まさに高市さんが今回も『反省』という言葉を使わなかったとか、あるいは当時のメディアがどういう報道をしていたのかというのは、ずっと検証し続けています。あるいは当時の小説家や芸術家が、どう戦争を捉えていたのか、これもずっと問われているわけですけど、裁判官って言われると正直あまり耳にすることが少ないかもしれませんね」 

三輪「例えば小説家とか芸術家で戦争責任を問われた人って何となく具体的な名前が思い浮ぶじゃないですか。しかしながら私自身も裁判官の戦争責任と聞いても具体的な名前って全然イメージが湧かなかったんですよね。法学者とか法律の世界でもこの問題というのは長い間、片隅に追いやられてきた印象があります。 

だけど法学者とか法律家だけが戦争責任が全くないなんていうことはありえないわけです。むしろ現実には戦前、戦中の裁判官や検察官のほうが文学者や思想家よりも戦争に対する具体的な協力をしていたと思われます」 

砂鉄「法律家の人たちが戦争に対する具体的な役割を果たしていたというのは、どういうことなんでしょう?」 

三輪「例えば戦前、戦中に裁判官を務めた青木英五郎さんは1937年に判事に任官して治安維持体制や対外侵略に協力したんです。戦後、彼は『裁判官の戦争責任』という本を出版して、自分自身が戦争責任を負っている一人であるということで、戦前に関与した治安維持法違反事件とか、南方占領地域での軍政協力について自分で告発して自己批判を行っているんです」