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2024年11月5日の『徹子の部屋』に仲野太賀さんが出演。映画にドラマにと、大活躍の仲野さんですが、24年にはNHK朝ドラ『虎に翼』の主人公・寅子の夫となる佐田優三を演じ、大きな話題に。そこで寅子と優三が結婚するまでの流れと社会の反響を、放送コラムニスト・高堀冬彦さんが追った2024年05月17日の記事を再配信します。

【写真】弁護士ローブ姿で凛々しい寅子、いよいよ法廷へ!

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社会派色とエンタメ色が同居

朝ドラことNHK連続テレビ小説『虎に翼』の人気がとどまるところを知らない。現時点までの視聴率は前作『ブギウギ』、前々作『らんまん』を超え、SNSのX(旧ツイッター)では連日トレンド入りしている。なにより視聴者の応援の声が熱い。

なぜ、観る側はこの朝ドラに惹き付けられるのか。ここまでの30回余の物語を振り返ってみたい。

まず民放ドラマや従来の朝ドラの大半とは異なり、テーマが骨太であるところがいい。それでいてお説教じみたところはなく、センスのいいギャグと胸が熱くなるエピソードが散りばめられている。社会派色とエンタメ色を同居させることに成功している。

テーマはもはや説明するまでもないはず。不平等への抗議と多様性の尊重だ。第1回のファーストシーンも1947年に施行された新憲法の第14条をヒロインの猪爪寅子(伊藤沙莉)が新聞で読む姿だった。

第14条が性別や人種、社会的身分などによる差別を禁じているのは知られている通り。この条文が嫌いな人は少数派ではないか。一方でこの条文が厳守されていると考える人も少ないはず。この状態を現代人は半ばあきらめているが、寅子たちは戦前から実行しようとしているのだから痛快だ。

身分や立場による差別なども否定

寅子たちが目指す平等は性別に関することだけではない。身分や立場による差別なども否定している。いまだ誤解している人もいるようだが、この朝ドラは男女間の差別、格差だけを描くような底の浅い物語ではない。

たとえば、寅子と明律大法学部の同級生である男装の山田よね(土居志央梨)、3人の子どもの母親である大庭梅子(平岩紙)、朝鮮からの留学生・崔香淑(ハ・ヨンス)、華族令嬢の桜川涼子 (桜井ユキ)は甘味処「竹もと」で勉強会を開いていた。


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第27回からはその場に涼子の付き人・玉(羽瀬川なぎ)が加わり、彼女も法律書に目を通すようになる。当初、玉は5人から離れた席に座っていたが、寅子たちが輪の中に迎え入れた。

崔が朝鮮へ帰国することになった第28回には寅子の提案によって、みんなで海へ行く。海辺で梅子は「これからもずっと思い出をつくっていくと思っていた。5人、いや6人でね」と口にする。はっきりと仲間として認められた玉は少し照れくさそうだった。

第30回では寅子が教育機会の不平等に対する怒りを見せた。寅子が2度目の挑戦で高等試験(現・司法試験)に受かったため、母校の明律大が開いてくれたお祝いの記者会見での席上だった。記者の1人が「日本で一番優秀なご婦人」と口にすると、寅子は語気を強めてこう言った。

「高等試験に合格しただけで女性の中で一番なんて口が裂けても言えません。志半ばであきらめた友、そもそも学ぶことができなかった、その選択肢があることすら知らなかったご婦人方がいることを私は知っているのですから」

貧困などを理由とする教育機会の不平等は今も続く問題。吉田恵里香氏の脚本は過去を振り返る物語のように見せながら、いたるところに現代を投影させている。これも視聴者を惹き付ける理由に違いない。

ここまで本格的にエンパワメントを表現するドラマは初めて

裁判官・桂場等一郎(松山ケンイチ)が高等試験に臨む前の寅子に与えた助言も現代社会への皮肉ではないか。桂場は「同じ成績の男と女がいれば男を取る。それは至極まっとうなことだ」と言い放った。第29回、1937年のことだった。

昔の話だと笑い飛ばせれば良かったが、10大学の医学部入試において女性受験生が不利になるよう操作が行われていたことが2018年に明らかになった。寅子たちが味わった「地獄」は続いていた。

従来の集団劇とは異なり、エンパワメントを描いているところも魅力だろう。ここまで本格的にエンパワメントを表現するドラマは初めてだろう。

エンパワメントとは1950年代以降の米国での公民権運動から出てきた考え方で、集団内や組織内において自信を失っていたり、何らかの事情で本来の持ち味を出せていなかったりする個人がいるとき、周囲がその人らしさや能力を発揮できる環境づくりをすることを意味する。


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例を挙げたい。第19回、明律大の同級生・花岡悟(岩田剛典)は、家庭の内情のことで自分が侮辱した梅子に詫びた。花岡は目指していた東京帝大に落ち、そのショックから自分を見失っていた。

「こんな人間になるはずじゃなかったのに…」「仲間に舐められたくなくて、わざと女性をぞんざいに扱った」

一方の梅子は一言も怒らず、それどころか「本当の自分があるなら、大切にしてね」と励ました。その後の花岡は自分を取り戻し、高等試験にも一発で合格した。

エンパワメントは現代人が歓迎する考え方

第26回には崔が、廃止が決まっていた明律大女子部の存続を学長に土下座までして頼んだ。さらに勉強会の世話役的存在を務めた。これもエンパワメント。本人は高等試験を受けずに帰国することを決めていたが、寅子たちがなるべく勉強しやすいよう環境づくりに励んだ。

崔は仲間たちに帰国を告げたあと、涙ながらにこう言った。第28回だった。

「みんなは次こそ必ず受かるって。そう信じているから」「最後まで一緒にいられなくてごめんなさい」

そんな崔が6年間の留学生活を送れたのも国籍の違いを超えて梅子らがやさしくしてくれたからである。

エンパワメントには命令も競争も存在しない。個人の弱点を周囲が指摘したり、補おうとしたりすることもない。周囲は個人の潜在能力を最大限に引き出すように努める。

寅子たちも成績を競い合うようなことは1度もなかった。勉強の無理強いも足の引っ張り合いも一切していない。だから寅子たちの学習風景は観ていて清々しかった。寅子が高等試験合格前の第27回から勤務する雲野法律事務所にも命令や競争は見当たらない。

エンパワメントは現代人が歓迎する考え方ではないか。命令や競争は日本の伝統的システムだが、それによって得られる仕事や学業の成果には限界があることが分かってきた。命令や競争は軋轢を生みかねず、ひいてはパワーハラスメントに発展しかねない。

テーマが骨太ながら毎回のように笑わせてくれる

テーマが骨太ながら、観る側を硬くさせず、それどころか毎回のように笑わせてくれるのは吉田氏の才能だ。吉田氏は36歳だが、2年前に『恋せぬふたり』(NHK)で脚本界の栄誉である向田邦子賞を史上最年少で受賞した。ここ10年の朝ドラの脚本家の中でも最も若い。

シリアスもコメディも自然に演じられる伊藤の持ち味も十分に生かされている。第32回。裁判官試験にパスした花岡と寅子は2人きりで会うことになった。

気分が浮き立つ寅子はワンピースを新調し、それを着て勤務先の雲野法律事務所へ出勤する。ところが所長の雲野六郎(塚地武雅)らは気づいてくれない。

そこで寅子はおめかしを分かってもらおうと、雲野の目の前でスカート部分をつまみ上げた。ひけらかすように。その仕草だけで笑えた。大抵の女優には出来ない芸当だろう。

第33回、花岡に婚約者がいることが分かり、寅子は一転、落ち込む。この落差のある設定をたやすく演じ切ってしまうのが、伊藤の真骨頂である。

寅子は工場勤務のサラリーマン・佐田優三(仲野太賀)と結婚した。猪爪家の元書生で、目標の高等試験合格は果たせなかったが、心優しき男性である。昭和16年11月のことだった。その1ヵ月後、真珠湾攻撃で、日本は戦争に突入した。