【木村 隆志】『孤独のグルメ』が放送12年目に大変化…!「飯テロドラマ」の新企画が賛否両論のワケ

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放送12年目で「ついに変えてきた」

その内容が発表されたとき、他局もテレビマンも、同番組のファンたちも驚きの声をあげていた。

今秋、『孤独のグルメ』の“特別編”として『それぞれの孤独のグルメ』(テレビ東京系、金曜24時12分)が放送されている。これは毎話異なる主人公による「それぞれの」独りメシにフィーチャーした構成の新企画であり、放送12年目に入って「ついに変えてきた」という感がある。

なぜ10シリーズが放送され、人気を保ち続けている『孤独のグルメ』はここにきて大きな変化を加えてきたのか。今回の“特別編”は賛否の声があがっている最中だが、通常版の夕方再放送や大みそか特番なども含め、『孤独のグルメ』の現在地点と今後の行方、さらには「飯テロドラマ」そのものを掘り下げていく。

究極のイージーウォッチドラマ

あらためて『孤独のグルメ』という作品そのものに注目すると、ひたすら食べまくる主人公・井之頭五郎(松重豊)とは真逆のローカロリーなドラマと言っていいだろう。

基本的に「おじさんがご飯を食べるだけ」で人間ドラマやストーリー性などはほぼカットされ、コンテンツのジャンルとしてはドラマというよりドキュメンタリーに近い。主人公のセリフもほぼモノローグ(心の声)のみ。もちろん脚本・演出は準備しなければいけないが、労力の多くは週替わりの店探しに当てられるなど、低予算で制作できる。

ただ、生命線の1つとなる、その店探しには一切の妥協がない。人気シリーズだけに売り込みは多いそうだが、「多くのスタッフを動員して自分たちの足で探す」という形を採用。「関東エリアの飲食店だけではなく全国各地のロケーションサービスやフィルムコミッションが『孤独のグルメ』のロケ誘致を狙いながらも、なかなか叶えられない」という状態が続いている。

また、採り上げられる飲食店が面白いこともあって、国内外の視聴者が訪れる「聖地巡礼」も活発だ。

孤独のグルメ』は、ともすれば「内容が薄い」「手抜き」などと言われそうなコンセプトだが、その徹底した引き算が「心地よいワンパターン」として視聴者に受けた。1人で外食を楽しむ時代の変化にもハマり、何も考えず気楽に見られる究極のイージーウォッチコンテンツとして差別化に成功。新たなシリーズが発表されれば歓喜の声があがり、動画配信サービスで視聴する人もジワジワと増え、海外の国々でも人気を獲得している。

シリーズは2桁の10に到達したほか、各局がしのぎを削る大みそか夜の放送も定着。さらに、関東地区では「メシ時」の18時前後に再放送し続け、すっかり夕方の定番にもなった。

ドラマ史を振り返っても、これほど低予算で高収益を上げ続ける作品はないだろう。だからこそテレビ東京は『孤独のグルメ』に限らず「飯テロ」ドラマに力を入れ、民放主要4局もプライドを捨てるような形で追随している。

つまり視聴者目線では「まったく変える必要性を感じない」という作品であり、これまでも「変えることで良さが失われるかもしれない」と不安視する声も少なくなかった。ただ、それでも「そろそろ何らかの変化を加えていかなければいけない」という背景も浮上している。

好調だからこそ「風呂敷を広げる」

今年7月に行われた「『孤独のグルメ』プロジェクト」の会見で、松重は自ら映画化を提案したことを明かしていた。

シリーズの長寿化によってスタッフが入れ替わり、若返りつつあることから、「彼らを成長させたい」という思いからの提案だったようだ。さらに松重はシリーズ10作の節目を迎えたこともあって、「それならこの際、風呂敷を広げたほうがいい」と考えて映画化を提案。2025年1月10日に『劇映画 孤独のグルメ』として公開される。

同映画では、井之頭五郎が究極のスープを求めてフランス・パリへ。エッフェル塔の前で「腹が……減った……」という決めゼリフつぶやく予告映像が公開されている。松重自身が監督・脚本・主演のすべてを務めたことも含め、いまなお右肩上がりで支持を集める中、「ここで大勝負をしよう」という狙いが見て取れる。

大幅な変化を加えてきた今秋の『それぞれの孤独のグルメ』も「大勝負」の1つだろう。井之頭五郎も登場するがここでは脇役であり、さらにタクシー運転手、看護師、相撲行司、熱波師など、さまざまな職業の主人公が週替わりで登場し、それぞれのストーリーが盛り込まれている。

しかし、ネット上には否定的な声が決して少なくない。「ストーリーが邪魔」「食べてるだけでいい」「井之頭五郎でないと」「マンネリでいいのに」などの声を見る限り、別作品に見えてしまうという人が多いのではないか。「庶民のグルメを1人で食べる」というコンセプトと演出はこれまでの『孤独のグルメ』からほぼ変わっていないだけに、それだけ井之頭五郎と松重豊の存在とポジションが大きいのかもしれない。

同作に限らず変化を加えた新企画には「本体のスケールを広げ、マンネリを避けられる」、さらにドラマなら「多彩なキャストをゲストとして迎えられる」というメリットがある。ただ、これほどの人気シリーズになれば、変化を嫌う声があがりやすいのは間違いないだろう。

主演・松重豊の負担を半減させたい

『それぞれの孤独のグルメ』のもう1つのメリットは、松重の負担を半減させ、休ませられること。

松重は来年1月19日で62歳を迎える。『孤独のグルメ』スタート時はまだ40代だっただけに、これだけ食べる仕事に対する体調面での不安は避けられない。どんなに人間ドックの結果がよくても負担を減らすのは、自他ともに当然の配慮であり、今後も長く続けていくためにいくつかの策が実施されていくのではないか。

また、あまり知られていないが『孤独のグルメ』は2022年と2023年に配信オリジナルシリーズにもトライしている。第1弾は井之頭五郎のホロ苦いエピソードを描いた『孤独のグルメ〜美味しいけどホロ苦い…井之頭五郎の災難〜』をPravi(現U-NEXT)、ひかりTVで、第2弾は若手芸人たちとコラボした『孤独のグルメ配信オリジナル2 五郎、芸人まみれ』をParavi、Leminoで、各6話を配信した。

第1弾のとき松重は「これまでのシーズンに飽きた方、もしくはアンチの方はぜひ」などと語り、ファンには通常のシリーズを勧めていた。もちろんこれは笑いを誘う意図もあるが、やはり「マンネリを避け、可能性を広げよう」という長期シリーズならではの狙いがうかがえる。

いずれにしてもこれらの企画は、人気シリーズだからこそ「配信で稼ごう」としていることの証であり、制作サイドは松重に配慮するだけでなく、低予算で最大限の収益を得る工夫を重ねているのは確かだ。

これまでドラマでシリーズを重ねてきた作品だけに、映画版がヒットすれば当然ながら第2弾も制作されるだろう。何より松重自身、「俳優の前に監督になりたかったと40年ぶりに思い出した」「やっぱりモノをつくることは面白い」などとコメントしているだけに、まずは年明けの結果が試金石になりそうだ。

テレ東が「飯テロ」を量産できる訳

最後に話をテレビ東京の「飯テロ」ドラマ戦略全般に移すと、『孤独のグルメ』という強烈なコンテンツを持っているからこそ、積極的に仕掛けながら試行錯誤を重ねることができた。

女性が一人で食事を楽しむ『ワカコ酒』『ひねくれ女のボッチ飯』『晩酌の流儀』、外食ではなく家での食事にスポットを当てた『きのう何食べた?』『新米姉妹のふたりごはん』『侠飯〜おとこめし〜』、お取り寄せグルメをフィーチャーした『先生のおとりよせ』『よだれもん家族』。

その他でも、絶滅しそうなメニューをめぐる『絶メシロード』、激辛料理に挑む『ゲキカラドウ』、美女たちが高級バーガーを食べる『女子グルメバーガー部』、ご飯に合うおかずを追求する『しろめし修行僧』、失恋を忘れるために美食を追い求める『忘却のサチコ』、タクシーで町中華をめぐる『ザ・タクシー飯店』などのグルメドラマを量産してきた。

『ワカコ酒』や『晩酌の流儀』のようにシリーズ化、『きのう何食べた?』のように映画化されたものもあるが、それでも『孤独のグルメ』ほどのシリーズ量産や低費用高収益化には至っていない。「さすがテレビ東京」と言うべきか、各作品のクオリティは総じて悪くないだけに、「『孤独のグルメ』という究極のグルメドラマを最初に作った」ことの裏返しではないか。

ただ、その「『孤独のグルメ』が健在だからこそ、他局の追随を許さず「飯テロ」ドラマを量産できる」ことも確かだ。

テレビ東京としては、それがわかっているからこそリスクを承知で、『それぞれの孤独のグルメ』や配信オリジナルシリーズ、映画版などの変化を加えていけるのかもしれない。

ともあれ、『孤独のグルメ』の通常シリーズが、庶民的な価格とムードの店を発掘し続け、松重が健康体で食べ続けられる限り、5年、10年とシリーズが続いていきそうなムードが続いている。

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