現役自衛官が、闇バイトで強盗犯になるまで「クリスマスに遊ぶマネーがほしいです」
中桐「クリスマス遊ぶマネーがないです」
ミツハシ「仕事あるから心配ないよ」
中桐「すぐありますか。仕事が中毒です」「今ばりばりほしいです」
(読売新聞2023年7月26日付から筆者が再構成)
リサイクルショップ強盗の運転手役を持ちかけられた際のやりとりでも、犯行を前にした戸惑いや罪悪感は読みとれない。
ミツハシ「店舗の見張りと当日のドライバー。成功報酬50万円」
中桐「どこを襲うんですか」
ミツハシ「千葉の買い取り店」
中桐「お金奪って安全運転で終わるやつですかね」「安全運転で頑張ります」
(読売新聞2023年7月26日付から筆者が再構成)
筆者が中桐の故郷を訪れた2023年末は、判決から約5か月後というタイミングだった。松阪駅からは車で1時間半ほどの距離。三重県松阪市内の中心部から奈良県境に向かって片側1車線の国道を走りだすと、やがて車線を分けるセンターラインは消え、何本もの巨大な丸太を牽引したトレーラーと道路幅ギリギリですれ違うようになる。
中桐の故郷は、主要産業の一つが林業という山間部にあった。
周辺は、急峻な山々に挟まれた渓谷である。国道から枝分かれした道を折れてさらに車で山中に進むと、ところどころに開拓された棚田や里山が現れ、集落が形成されている。
90戸ほどが集まったNという集落で、中桐は高校時代まで過ごしている。
前夜に愛宕町のスナックで耳にしたとおり、取材に訪れた「部外者」に対して、集落の人々の反応は冷たい。周辺取材をするなかで、中桐の親類だという女性宅を見つけて、玄関のチャイムを押したときは次のように言われた。
「ここの地域はもともと静かなところですので、(中桐が起こした事件に関しては)もうほとぼりが冷めてきているわけです。それなのに、私がまた語るということはできません。残念ですけれど、協力はできません」
言葉遣いこそ丁重だが、その態度や筆者に向けられた視線は侮蔑に近いものだと感じた。女性が語った「ほとぼり」とは、次のような出来事を指すのだろう。
◆小さな集落がメディアスクラムによって事件に巻き込まれた
2023年1月末、全国各地で散発していた強盗事件が、フィリピン国内で拘束された、複数の男たちの指示のもとで実行されたひと続きの事件であることが発覚。
すると、新聞やテレビなどの大手メディアは、大量の記者を動員して、各地にいる事件の関係者のもとに取材攻勢をかけた。山と棚田に囲まれたこの集落にも大挙して記者たちが訪れ、家々のチャイムを押しては中桐について尋ねてまわったという。いわゆる「メディアスクラム」によって、この地域の人々も突如、「ルフィ事件」の渦中に巻き込まれることになったのだ。
それから1年近い歳月が過ぎても、住民たちはその苦い記憶を忘れていなかった。なかでも記者たちの最大の標的になったのが、中桐の家族だった。
今回、筆者が中桐の実家を訪ねると、ごく短時間だが、中桐の祖父が対応してくれた。
日時は日曜の昼前。敷地内に蔵のある重厚な日本家屋の玄関先に現れた祖父は、チェック柄の厚手のネルシャツに、スウェットパンツ姿である。年末の穏やかな時間を切り裂いた訪問者に向けられたその顔には、不審や怒りが入り混じった感情が浮かんでいた。
◆「うちにはなんにも、なんにもありません。」と語る実行犯の祖父
――中桐海知さんの取材で伺いました。海知さんはこちらの出身ではないですか。
「うん、うん。あんたら、何十人ってタクシーで来て、それでかき回してもうて、どの家も、この家も迷惑をかけて。この組(自治会)ではもう、あるもん、なんにもない」