「令和のラーメン店主」という独自のマーケティングでSNSで高い知名度を誇るりゅう社長。そんな彼が、浅草店を出店→わずか1週間で閉店→今度は鎌倉にオープン…と、訳のわからない出店攻勢で界隈を騒然とさせている。一体何があったのだろうか?(筆者撮影)

池袋駅西口でオープン以来快進撃を続ける「油そば 鈴の木」。駅から続く都道441号線沿いで、8年間で11軒ものお店が閉店した「ラーメン屋の墓場」と呼ばれた物件で大成功を収めたお店である。

「出店→閉店→また出店」謎の行動に界隈騒然

店主である“りゅう社長”(株式会社一丸共創ダイニング)はSNSや動画で見ない日はないほど話題を集め、「日本一アンチの多いラーメン屋」として知られる。


「油そば 鈴の木」。SNSを駆使することで、8年間で11軒ものお店が閉店した「ラーメン屋の墓場」と呼ばれた物件で大成功を収めた(筆者撮影)

「美味しくなかったら全額返金」「コンビニ商品持ち込みOK」「美味しかったらもう一杯」「ゾロ目が出たら1万円」「トゥクトゥクで無料送迎」など奇想天外な企画を次々に打ち出し、ネット上の話題をさらっていった。

まさに「令和のラーメン店主」という今までになかったマーケティング手法で、池袋西口の人気店の名をほしいままにしている。小さなサングラス、奇妙な動きでおなじみで、そのサングラスは全国各地の「ドン・キホーテ」で発売され、大ヒットした。

【画像10枚】「出店→1週間で閉店→また出店」…。"日本一アンチの多いラーメン屋"として知られるりゅう社長、ラーメン界隈を騒然とさせた撤退劇の裏側はこんな感じだった

そんなりゅう社長が今年8月、東京・浅草に新店舗「とびっこ東京」をオープンした。突然の新ブランド発表に驚き、ラーメン業界内でも話題沸騰。筆者も早速取材にと思っていたのもつかの間、オープンから1週間で突然の閉店が発表された。

そしてそこから1カ月、今度は神奈川・鎌倉で「とびっこ東京」が復活した。全く訳のわからない出店攻勢にネット上は騒然となっている。いったい何があったのか、りゅう社長を早速取材した。

“半テイクアウト”スタイルの店舗を考案

りゅう社長は今年の1月から6月までは話題作りに集中し、ネット上での活動に専念していた。その後、7月から12月の間に新店舗を出すことを決めており、1店舗ないしは2店舗の出店を計画していた。

新店舗の物件を探していく中で、いい立地だと当然賃料が高くなかなか条件に合ってこない。さらには、探していた20坪レベルの物件がなかなか出てこない中で、5坪レベルの小さな物件はたくさん出てきていた。ここで思い出したのが去年初めて出場したラーメンイベント「大つけ麺博」での経験だった。


昨年の「大つけ麺博」で初めてラーメンイベントに出店(筆者撮影)

ブースでラーメンを作って渡し、お客さんが好きな席で食べるというスタイルを「大つけ麺博」ではじめて体験し、この“半テイクアウト”的なスタイルが面白いと考え、いつかのビジネスのヒントにしたいと考えていた。

「小さな物件でもお店ができるようにしておけば、今後の出店スピードが速められるだろうと考えました。5坪でもスタンディングやテイクアウトのお店であれば出店は可能です。ここで、『大つけ麺博』を街ナカでやってしまおうというアイディアが思い浮かびました」(りゅう社長)

りゅう社長は「大つけ麺博」級の集客力のある街はどこか考えた。こうして辿り着いたのが“観光地”だった。ここから観光地に絞って物件を探すことを決意する。

観光地でテイクアウトしてもらうということは、ラーメンを店頭で渡して、お客さんに食べ歩きをしてもらえればベストである。しかし、このスタイルを「鈴の木」で出している油そばでやろうとすると難しさがあった。提供までの時間がかかりすぎるのである。提供スピードを上げるためには茹で時間の短い細麺で作り上げる必要があった。

そのために開発されたのが、麺の上にとびっこをのせた「とびっこ東京」だった。


こちらが「とびっこ東京。浅草では、1杯1000円で提供していた。インバウンド客の多さを見込んでの価格設定だったが、結果的に裏目に出ることになった(筆者撮影)

茹でた細麺の上にタレと油をかけ、上にとびっこをのせたシンプルなまぜそばである。これを4月の栃木県小山市のラーメンイベントで提供してみることにした。

メニューの発想のきっかけは、高田馬場にある「博多ラーメン でぶちゃん」で提供されていた「とびっこチャーハン」。見た目にも絵力があり、美味しくて人気のあるこのメニューに注目した。

「とても魅力的な商品で、これをラーメンとして作れないかなと思ったのがきっかけです」(りゅう社長)

茹でた麺をお碗に移し、それを皿の上にパカっと移すことでチャーハン状の丸いフォルムができあがる。ここにホタテや鯛のベース、油をかけ、上にとびっこをのせて完成だ。


調理も商品の見た目も、"映える"設計になっている(筆者撮影)

「観光地で勝つためには“映え商品”にすることが大事です。そのためには写真を撮りたくなるラーメンに仕上げる必要がありました。色ではなくフォルムで見せられる商品作りは、これまでラーメン店がやってこなかった手法です。立体的に絵を見せられるのは『とびっこ東京』の強みだと思います」(りゅう社長)

浅草と鎌倉で物件を契約も、浅草で大失敗

こうして「とびっこ東京」が出来上がった。「ラーメン」や「油そば」という名前がついているとお客さんが固定観念を持って食べに来るので、それを避けるために、今までになかった新しい食べ物ということで「とびっこ東京」と名付けた。「と」が2つ続く語呂がよくキャッチーな名前にした。

観光地で「とびっこ東京」を展開することは決まり、あとは物件を決めるだけという段階になった。2024年も残り半年になり、大きな挑戦をしようと、りゅう社長は7月に浅草と鎌倉の2つの物件を同時契約した。


オープンから1週間で突然閉店した「とびっこ東京 浅草店」(※りゅう社長提供)

浅草店を先に流行らせて、その後鎌倉に進出するというストーリーを描いていたりゅう社長は、8月25日に浅草に「とびっこ東京」の1号店をオープンした。準備万端で臨んだはずだったが、これが大失敗となる。

「浅草のごった返している人混みを見て、集客には全く困らないと思っていました。看板を出しておけば最低限の数のお客さんは来るだろうと高を括っていたのです。しかし、それは甘い考えでした」(りゅう社長)

古きよきものが愛される街・浅草に、今まで誰も見たことのないものを持ってきてしまったことで、「とびっこ東京」は誰にも見向きもされなかった。

インバウンドを意識して価格も高めの1000円に設定していた。全くお客さんが来ず、焦ったりゅう社長は呼び込みを開始した。しかし、浅草で呼び込みを行うことはタブーだった。外国人観光客が嫌がってしまい、むしろ逆効果になってしまうからである。

ここから得意のSNSなどデジタルでの集客を行ったが、周りの住民を無視した展開に集客が上向くことはなかった。

「完全に商売をナメていました。『鈴の木』が上手くいっていたこともあって舞い上がっていたんだと思います。オープン前には必ずやるポスティングもしていませんでしたし、商売の基本を全く忘れていました。

このままでは集客に1年以上かかってしまい、35歳までのりゅう社長3年計画が崩れてしまうと思い、オープンから2日で閉店を決意しました」(りゅう社長)

ここでりゅう社長は銀座の喫茶店で「ラーメン凪」の店主・生田悟志さんに会う。生田さんはりゅう社長が何かと相談に乗ってもらっている数少ない先輩だった。生田さんはりゅう社長の表情から何かを感じ取ったのか、心配してくれた。

「生田さんは観光地で出店すること自体の難しさを教えてくれました。オープンして2日目からすでに撤退を考えており、実は鎌倉の物件も借りていることを話し、2人で大笑いしました。生田さんは破天荒すぎる僕の行動に大笑いし、自分でもあまりの大失敗に笑いが出ました。これが悔しさや自分への呆れを通り越した瞬間でした。

生田さんから『大失敗した人しか大成功はできない』という言葉をいただき、これで心がスッキリしたんです。第一線で活躍している生田さんの話に心打たれ、正式に閉店を決めました」(りゅう社長)

雇っていたアルバイトのスタッフ12名にも閉店の説明をし、同条件で池袋の「鈴の木」に異動できるように対応した。こうして8月31日、「とびっこ東京 浅草店」は開店からわずか1週間で閉店した。

「話題作りだったのではないか」「間借りの店だったのではないか」など臆測が飛び交っているが、これが浅草店の閉店の真相である。

値段も1000円→680円に大きく下げた

そして閉店翌日の9月1日から鎌倉店の内装工事に入る。浅草店の失敗を考えると鎌倉で上手くいくはずはないと思うところだが、もうりゅう社長は引くには引けなかった。


「とびっこ東京 鎌倉店」。今度は「安くて早くて旨い」を胸に、地域の住民にも使ってもらえる店を目指した(筆者撮影)

浅草店オープンの頃から考えていた「ラーメンの食べ歩きを文化にしたい」という思いと、失敗で得た教訓から地元の人にも好まれる店にしようという決意のもと、オープン準備を進めていった。「安くて早くて旨い」という駄菓子屋感覚で寄れる店を目指してお店作りを始めた。価格は680円とこの近辺では類を見ない安さに設定した。

「近年ラーメン1杯『1000円の壁』という話が持ち上がり、1000円を超えるのがカッコよくて当たり前という風潮があると思います。今後1〜2年すれば多くの店が1000円を超える価格設定になっていくと思います。ここに逆張りで680円のお店が来るのは面白いだろうと考えました。

1000円だらけの中に680円が飛び込めば勝てるかもしれない。得意なSNSも駆使しながら、街中を揺らしていきたいという思いです」(りゅう社長)


680円は、観光客向けの店が大半を占める鎌倉エリアでは、類を見ない安さだ(筆者撮影)

「とびっこ東京」はワンオペでもできるようにレシピが組まれており、人件費がまず抑えられる。さらにオペレーションが簡単なので誰でもできるというのも大きい。

失敗を糧に、地域の人にも愛される店づくりに立ち返る

また、将来的にはフランチャイズ展開もしやすいように設計されている。テイクアウトだけでなく、スタンディング、席ありのお店、立ち食い蕎麦スタイルなどいろいろな展開も考えられる。


「まずはなんとしてでも鎌倉店を流行らせねばと思っています。デジタルとアナログの両方を駆使して、地域の人もしっかり取り込めるように動いていきたいと思います。

文化を作るのは時間もお金もかかりますが、最終的には“運”の要素も大きい。しばらくは『鈴の木』と『とびっこ東京』の2つの軸を大事にしながら戦略を練っていきたいと思います」(りゅう社長)

あまり世の中には知られていないが、人気店の店主たちの中にも「1軒目は失敗し、2軒目で成功した」「新ブランドが、最初は上手くいかなかった」といった経験を持つ人は少なくない。そして、中には失敗の後に経営を諦める人もいる。個人事業主や、会社経営者である彼らにとって、店を出すということは、人生を懸けた大勝負なのである。

だが、りゅう社長には、抜群のマーケティング力と商才がある。8年間で11軒ものお店が閉店した「ラーメン屋の墓場」と呼ばれた物件で大成功を収めた彼なら、今回の失敗も糧に変えてくれるのではないか。


「とびっこ王子」と名乗り、再びSNSや動画に多数出演し始めているりゅう社長(筆者撮影)

事実、りゅう社長は「とびっこ王子」と名乗り、再びSNSや動画に多数出演し始めている。お店が当たるまでは「とびっこ王子」のプロモーションに集中していく予定だ。新たな文化を作ることに果敢にチャレンジするりゅう社長の今後に期待したい。


8年間で11軒ものお店が閉店した「ラーメン屋の墓場」と呼ばれた物件で、大成功を収めたりゅう社長。浅草店は結果的に失敗に終わったが、糧にできるか、注目だ(筆者撮影)

過去の取材記事はこちら:8年で11軒閉店「ラーメン屋の墓場」で繁盛した必然 「日本一アンチが多い」店主は何を考えてきたか


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(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)