いくら買い手市場であっても、あなたがこれから働く会社なのですから、自分軸で決めることが重要です(2019年撮影:尾形文繁)

日本を代表する企業・ソニーを襲った経営危機を立て直し、ソニー再生の立役者となった平井一夫氏。「今の仕事にやりがいを感じられない」「この仕事にどんな意味があるかわからない」――。こうした悩みを抱く方に、自分に本当に合う会社、やりがいの持てる仕事にはどのようにすれば出会えるのか、平井氏の著書『仕事を人生の目的にするな』よりご紹介します。

「自分に合う会社」はあるのか

就職活動は、その時期の経済状況などによって、採用する側が優位の「買い手市場」になることもあれば、採用される側が優位の「売り手市場」になることもあります。バブル崩壊後の日本は、総じて買い手市場が続いていると言えます。

そうなるともう諦めの境地で、「そもそも自分は会社を選ぶ立場にない」「雇ってくれる企業に行くだけ」と思ってしまいそうですが、これはちょっと危うい考え方です。後から「誰か」や「何か」のせいにするようなことになりかねません。

いくら買い手市場であっても、あなたがこれから働く会社なのですから、自分軸で決めることが重要です。すべてが希望通りにならなかったとしても、自分軸の視点で企業を眺めてみることで、少なくとも「その時点での最良の選択」ができるからです。

では、働く会社を選ぶ際には、どんな基準で選択したらいいか。私は、企業の「ミッション」「ビジョン」「バリュー」が、どれだけ自分が大切にしているもの、つまり優先順位と合致するかという視点で考えてみることだと思っています。

まず、「ミッション」とは、その企業が世の中に対して果たそうとしている使命。「なぜ我が社は世の中に存在するのか?」という存在意義の部分です。

次の「ビジョン」とは、その企業が描いている将来の展望。「我が社は、いかに世の中に貢献していくのか」という、ミッションを果たしていく道のりの部分です。

そして「バリュー」とは、その企業が大事にしている価値観。「我が社のミッション、ビジョンを体現していくために、どんな考え方を軸に仕事をしていくのか」という社風、企業文化の部分です。

たとえば、あなたの優先順位が「お金を儲けること」だったとします。その場合、「社会貢献が第一。それをやっていれば利益は後からついてくる」という企業よりも、「とにかく売上を上げて利益を出し、株主にも社員にも金銭的に還元する」という企業のほうが合っていることになるでしょう。

自分の優先順位とすり合わせる

少し極端な例を挙げましたが、「ミッション」「ビジョン」「バリュー」の3点を念頭に企業を眺めてみると、それぞれにだいぶ違って見えてくるでしょう。

違いが見えてくるというのは、個々の企業に対する理解度が上がるということ。そして理解度が上がれば上がるほど、あなたの優先順位とのすり合わせもしやすくなり、「その時点での最良の選択」ができるというわけです。

ちなみに私の場合、志望業種を自動車業界と音楽業界に絞った末に、内定を頂けた4社のうちCBS・ソニー(現在のソニー・ミュージックエンタテインメント)に決めた理由の1つは、「社風が一番自由そうだから」でした。

アメリカやカナダ、さらには日本のアメリカン・スクールで過ごしてきた私は、海外在住歴が長かったからこそ、「将来は日本で、日本人として生きる」と心に決めていました。

しかし、それと同じくらい、旧来の日本の価値観でガチガチの環境は窮屈で生きづらいとも感じていたのです。アメリカでもよそ者、日本でもよそ者、どこに行っても「異邦人」という意識が常にありました。

だから、日本企業で働きたいのはたしかだけど、アメリカのように自分の意見や希望を躊躇なく表現できる自由闊達な環境がいい。その点ではCBS・ソニーが一番合いそうだと、企業訪問をしたときから思っていました。

ソニー・ミュージックエンタテインメントは今や、多様な事業を手掛ける大企業になっていますが、私が就職活動をしていた1984年当時、CBS・ソニーだったころは、比較的若い会社で、ベンチャースピリットにあふれていました。社会経験のない当時の私の目にも「何でもやってみよう」という若々しい勢いが見て取れたし、ユニークな人も多そうでした(実際、入社してみたら、ユニークな人だらけでした)。

就職先をCBS・ソニーに決めたことには、自動車メーカーか音楽業界かで迷っていたときに、父親から「これからはハードではなくソフトの時代だ」というアドバイスをもらったことも関係しています。

ただ、一番の決め手となったのは、やはり、その自由そうな社風でした。先に挙げた3つの基準でいうと、「バリュー」の点で自分の優先順位と合致したことが大きかったのです。

「ミッション」「ビジョン」「バリュー」に着目する

企業の「ミッション」「ビジョン」「バリュー」とあなたの優先順位を照らし合わせて、働く会社を選ぶとなると、当然ながら、この3つが企業側から示されている必要があります。

人を新たに採用しようとしているのだから示されていて当然かと思いきや、実態はそうでもありません。

「ミッション」「ビジョン」「バリュー」が不明瞭だったり、示されていてもスローガンのように掲げられているだけで有名無実化していたり……。残念ながら、そういう企業も多いようなのです。

私は企業のマネジメント層向けの講演を依頼されることも多いのですが、「上層部では共有されている理念や企業文化が、現場の社員にまで浸透していない」といった悩みをよく耳にします。

社員一人ひとりにまで浸透していなければ、それは上層部の自己満足にすぎず、「我が社のミッション、ビジョン、バリュー」として掲げることはできないでしょう。厳しい見方かもしれませんが、そう言わざるを得ません。

現場で働いている人たちから直に話を聞く

今は転職が当たり前になっているとはいえ、やはり「最初にどんな企業で働くか」は、その後の仕事人生にも大きなインパクトを与えるくらい重要です。よくも悪くも、最初の会社で社会人としての基礎が築かれるからです。

そうであるからには、選択の基準となる「ミッション」「ビジョン」「バリュー」は何か。それらは有名無実化したスローガンではなく、実態を伴うものとして企業に根付いているのかどうかを、はっきりさせておきたいところです。

その格好の機会は企業訪問でしょう。基本的に人事部や上層部が行う採用面接とは違い、企業訪問は、現場で働いている人たちから直に話を聞けるチャンスです。

「働きやすいか」「上司とはどういう関係か」「残業はあるのか」など、素朴に気になることを聞いてもいいのですが、せっかくの機会です。「企業案内を読むと、こういうスローガンが掲げられていますが、どういうことだと思われますか」「ここで働くことに、どんな意義を感じていらっしゃいますか」など、もっと根本的なこともどんどん聞くといいでしょう。

イキイキと自分の言葉で語ってくれるか

企業案内でわかるのは、あくまでも、その企業の「こうありたいという理想像」です。では実際のところはどうなのか、というのは現場を見てみないとわかりません。

企業として「こうありたい」という理想像が現場でも共有されており、かつ一人ひとりがスローガンの棒読みではなく、イキイキと自分の言葉で語ってくれたなら、その企業の「ミッション」「ビジョン」「バリュー」は企業文化として根付いていると見ていいでしょう。


でも、もし「そんなのは上層部が勝手に言っているだけ」「たまに社長が訓示で言うだけ」などといった答えが返ってきたり、スローガンを読み上げているだけに聞こえたりしたら、現場には浸透していないと見たほうがいい。いくら企業案内の内容に共感していても、入社してから失望する可能性が高いでしょう。

就職戦線が厳しいと焦りが募るのはわかります。理想と現実の狭間で妥協点を探るという難しさに20歳そこそこで直面するとは、なんと過酷なことかとも思います。

それでも、大事な社会人初期を過ごす会社はシビアな目で選択したほうがいい。あとあと「こんなはずじゃなかった」と後悔しないために、なるべく最良の第一歩を踏み出せるよう、ぜひ、ここで述べた3つの基準を念頭に判断してください。

(平井 一夫 : ソニー元CEO、 一般社団法人プロジェクト希望代表理事)