2023年度における男性の育休取得率は、調査開始から初めて3割超え。しかしその実態は…?(写真:y.uemura / PIXTA)

「君が育休? 奥さんは育休取ってないの?」

「時代の変化に追いつけなくなるけど、それでいいわけ?」

こんな言葉を、職場で聞いたことはないだろうか。

育児休業(育休)は「育児・介護休業法」に基づく労働者の権利であり、男性であろうと、申し出があれば法律に定められた通りに認めなければならない。拒否すれば法令違反となるのだが、特に男性社員の育休取得については、いまだに否定的な考えを持つ上司も多い。

しかし、そんな考えが思わぬしっぺ返しを招くこともある。「男性の育休」取得を阻む上司の態度が、自分自身の首を絞めることになった事例があるのだ。

今回は男性育休をよく思わない上司が直面した悲劇を紹介する。育児中の人だけでなく、これから親になる人、そして管理職の人にとっては重要な課題だ。ぜひ最後まで読んでもらいたい。

男性育休の取得率は増加傾向だが…

「男性の育休」の取得率は、近年増加傾向にある。

特に2022年度に17.1%だった男性の取得率が、2023年度には一気に30%を超えた(厚生労働省調べ)。政府が目指す取得率50%(2025年)にはまだ開きはあるものの、「男性の育休」に対する理解は進んでいるように見える(ちなみに女性の取得率は2023年度で84.1%だった)。

しかし取得期間はどうか?

「男性育休白書」(積水ハウス調べ)によると、2023年の平均取得日数(男性)は「23.4日」である。2022年の平均が「8.7日」であったため3倍近くアップしたが、それにしても短い。大半の女性が10カ月以上の日数を取得していることを考えると、同列に並べることは難しい。

中には、会社から「取得しろ」と言われたため「5日間だけ取った」「有給と合わせて2週間ぐらい」という人もいるのではないか。実際、

「これを機会に、1週間ほど羽を伸ばしてこい」

と、育休制度を利用して「日頃の疲れを癒やせ」的に声をかける上司もいる。これは「男性の育休制度」にまるで理解がない表れだ。

上司が男性部下の育休に否定的な理由3つ

男性の育休に理解がない職場や上司はまだまだ多い。その理由とは何なのか? 主な理由は、以下の3点だと考える。

(1)育児は妻の役割という先入観を持っている

(2)育児の大変さを軽視している

(3)キャリアへの影響を懸念している

それぞれの理由について、詳しく見ていこう。

(1)育児は妻の役割という先入観を持っている

特にベテラン世代の男性は、「育児は妻の役割」という考え方にとらわれていることが多い。とりわけ妻が専業主婦や育児休業中で在宅しているケースで、夫も育休を取る必要性を理解できないのだ。

この考え方の背景には、長年にわたって形作られた性別役割分担意識がある。かつての日本社会では「男性は外で働き、女性は家庭を守る」という考え方が根強かった。特に50代以上の管理職世代は、親世代からこのような価値観を受け継いでいることが多い。

また、自分自身が育児にほとんど関わってこなかった経験も影響している。「自分の子育てのときはこうだった」という固定観念が、部下の育休取得を阻む要因となっていないだろうか。

実のところ55歳になる私も、ある事情がなければ、このような考え方に支配されていたかもしれない。その事情とは、長男が生まれた直後に退職したことだ。転職先を決めずに辞めたため、しばらくの間「無職」の期間があり、子どもの育児期と重なった。

私の両親、妻の両親から「子どもが生まれたばかりなのに、どうするの?」と責められた。当たり前だろう。しかし、妻だけは大喜びだった。子育てを分担できるからだ。

妻の期待通り、私は平日の昼間から、乳飲み子を抱えて近所の公園で過ごした。もちろん、当時の私はその後のキャリアについて不安が大きく、苦しい気持ちもあった。

だが20年以上たった今でも、妻は当時の様子を録画したビデオを幸せそうに見返している。家族にとって、かけがえのない時間だったことは間違いない。

また夜泣きが激しい息子を、妻の代わりに夜通しおんぶし、家の周りを歩いたこともある。それができたのは翌朝、会社に出勤する必要がないからだった。勤めていれば「夜泣きがうるさくて眠れない。何とかしろ」と妻に言ってしまっていたかもしれない。

だから思うのだ。もし、このように育児に携わった経験がなければ、私だって部下から育休を取りたいと申し出があったとき、

「奥さんが育児休暇を取ってるのに、なぜ夫も育休を取る必要があるんだ?」

そんな疑問を覚えたのではないか、と。

育休について無意識の思い込みはないか

(2)育児の大変さを軽視している

育児の現実を知らない男性は、育休を取る必要性を実感できず、育児を「それほど大変ではない」と考えがちだ。実際に育児に参加していないため、手伝いがなくても妻が対応できると思っているケースもある。

この背景には、育児に対する無知がある。多くの上司は、自分自身が育児に深く関わった経験がない。そのため大変さを想像できないのではないだろうか(前述の通り、私はその大変さを熟知しているつもりだ)。

育児とは単に赤ちゃんにミルクを与え、おむつを替えるだけの簡単な作業ではない。実際は、24時間365日休みなく続く重労働だ。夜中の授乳、頻繁なおむつ替え、泣き止まない赤ちゃんをあやすことは、かなり大変だ。

やってみればわかる。慢性的な睡眠不足はメンタルにも影響する。睡眠不足は「産後うつ」の発症リスクを高める要因として知られている。

核家族化が進み、地域のつながりも薄れた現代社会では、1人で育児を担う、いわゆる"ワンオペ"の負担が想像以上に大きい。

ある企業で、30代の男性が育休を申請したとき、50代の上司はこう言った。

「赤ちゃんの世話なんて、ミルクあげて、おむつ替えるだけだろう? 君の出番なんてないはずだ」

しかも悪いことに、この部下は仕事に対するモチベーションを落としており、上司から目をつけられていた。

「いったん自分の仕事から距離をとりたい気持ちもわかる。だけど逃げたっていいことないぞ。現実を見つめ直せ」

この上司は育児の大変さが理解できなかったのだろう。育休を取るのは「休みたいから」だと勘違いしたのだった。

(3)キャリアへの影響を懸念している

多くの男性は、育休を取得することで昇進やキャリアに悪影響が出るのではないかと不安を抱えている。特に日本では、長時間労働や「どれぐらい汗をかいたか」で評価されてきた面がある。そのため「育休を取る=仕事への意欲が低い」と見られることもある。

また昨今はデジタル技術の進化や、社会変化のスピードが速い。長期間職場を離れれば、スキルが低下したり、最新情報から取り残されたりする、と懸念の声が聞かれる。

ベテラン社員で「普通に仕事をしていても自己研鑽を怠れば、置いていかれる感覚がある」と言う人もいるぐらいだから、まだまだ実力が伴わない若い部下が現場を離れることに、強い違和感を覚えるのだろう。

ある中小企業で、入社3年目の28歳の男性が1年の育児休暇を申請したとき、40代後半の上司は思わずこう口にした。

「気持ちはわかるけど、本当にいいのか?」

「戻ってきたとき浦島太郎状態になっても、俺は面倒みないからな」

上司が受けた衝撃の仕打ち

本記事の冒頭で紹介した言葉は、商社に勤める男性から発せられた。この上司は男性であろうが女性であろうが、育休を取得することに難色を示す人だった。そのせいで、子どもを産むことを諦めてしまった女性部下や、転職に踏み切った男性部下までいたという。

しかしこのような態度のせいで、この上司は思わぬ事態に直面することになる。

ある日、その上司の母親が急病で倒れた。一人暮らしの母親を介護するため、上司は「介護休暇を取りたい」と会社に相談した。しかし普段から育休に理解を示さず、「仕事第一」を掲げていた上司に対し、周りの反応は冷たかったという。

「介護なんて、ヘルパーさんに任せればいいじゃないですか」

「そんなに長く休まれると、仕事に支障が出ますよ」

かつて自分が部下に言っていた言葉が、そのままブーメランとなって返ってきたのだ。「介護休暇」を取得する権利はあったものの、上司は職場の空気を読んで断念。仕事と介護の両立に悩んだ末、退職を選ばざるを得なくなってしまったという。

上司に判断を任せてはならない

この問題を解決するには、会社からの啓発が必要だと私は思う。上司や先輩で、男性の育休を取得した経験を持つ人が少ないのだから、「それぞれの職場で臨機応変に」といった丸投げは絶対によくない。

私はたまたま離職のタイミングと重なり、長男の育児に関わった。しかしそれは「育児休暇」を取得したからではない。したがって私自身も「男性の育休」を取った経験がなく、相談相手としては不十分だ。

だからこそ会社が社外の専門家を招聘するなり、積極的に情報を提供し、理解を促す必要があるだろう。具体的には以下のような取り組みをおススメする。

(1)育休取得者の体験談を社内で共有する

(2)管理職向けの研修で、育児や介護の現状を学ぶ

(3)育休取得者のキャリアパスを明確にし、不安を払拭する

これらの取り組みにより、男性の育休取得に対する理解が浸透し、より多くの人が制度を利用しやすくなるだろう。

これから超少子高齢化の時代だ。「育児休暇」だけでなく「介護休暇」の需要も高まっている。前述の上司のように、自分が困ったときに周囲の理解が得られないという事態は、誰の身にも起こりうる。

だからこそ、お互いの立場を理解し、支え合える職場づくりが重要だ。男性の育休取得を応援することは、結果的に自分自身を守ることにもつながるのだから。

(横山 信弘 : 経営コラムニスト)