『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』©2010フジテレビジョン アイ・エヌ・ピー

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 1997年に『踊る大捜査線』(フジテレビ系)がドラマシリーズとして放映された当時、視聴者が新鮮に感じていたのは本作で描かれる組織論、そしてあえて地味な事件を描く当時の王道刑事モノに対するカウンターとしての部分だろう。

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 警察官と言えどイチ公務員であり、組織の中で組織のルールやしがらみに従って捜査・仕事を務めなければならないという苦悩。そして殺人事件や爆発事件といった画面映えする豪華な事件ではなく、刑事にとっての地味な日常でありながらも、そのひとつひとつに被害者、そして加害者の人生や痛みが浮かび上がるスリや暴行、ストーカーといった事件の描写が『踊る大捜査線』ドラマシリーズの素朴だが確かな魅力であった。主人公である青島俊作(織田裕二)が現場の人間、それもヒラの刑事として、時に上司や上層部と対立しながらもひとつひとつの事件を信念の下で解決に導く姿に視聴者は惹かれたのだ。

 放送当初こそ、当時のドラマ市場の中ではそこまで高い視聴率を獲得していた訳では無いものの、口コミで確かな人気を獲得した同作は2度のテレビスペシャルを経て映画化。1998年に公開された『踊る大捜査線 THE MOVIE』は署内での窃盗事件という『踊る大捜査線』らしい地味な事件と、映画映えする変死体や警視庁副総監の拉致といった大きな事件が絡み合う作劇で大ヒットを果たした。その5年後に公開された『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』では『THE MOVIE』の構造を踏襲しながらも「事件に大きいも小さいもない」という『踊る大捜査線』のテーマを改めて観客に再提示してみせる作劇で、実写邦画興行収入第1位を達成した。

 『THE MOVIE 2』から7年という時間を経て公開された『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』最大の特徴は青島俊作の出世だ。ヒラ刑事だった青島は係長に出世し、沢山の後輩が出来た。組織の有り様も様変わりし、慣れ親しんだ湾岸署はモダンな雰囲気の漂う新湾岸署へと引っ越しが行われる。出世した青島はどこか以前よりもぎこちなく、劇中では重い病気を背負っていることを医師に告げられる。これまでとは違ったしがらみや老い、新しい十字架を背負った青島の姿は新鮮さを覚える反面、ドラマシリーズや『1』『2』のような痛快さは感じにくい作風となっている。その代わりとばかりに、これまでのような地味な事件が絡み合う構造ではなく、バズジャックや拳銃盗難とそれを使用した殺人、さらには警察署の占拠に爆発と、画面映えするダイナミックな事件ばかりが『3』では起こる。テレビシリーズに慣れ親しんだ人間からすれば、随分遠くに来たと感じてしまうような作劇だ。

 そんな本作における青島の姿を見ていると『踊る大捜査線』という作品そのものの境遇と彼の有り様を重ね合わせてしまう。縦割り体質の警察組織に対して「これじゃ会社と一緒だ」と元サラリーマンという立場から警察組織を皮肉る青島は、本作における警察組織、ひいては受け手が想起する既存の組織という枠組みに対する強烈なカウンターとして機能した。

 その姿は王道警察モノに対する邪道、非主流派として成長した『踊る大捜査線』そのものとも重なり合う。実写邦画興行収入第1位にまで上り詰めた『踊る大捜査線』というシリーズは紛れもなく”出世”を果たした作品であり、青島もそれに倣う形で出世を果たした。邪道として登場した『踊る大捜査線』という作品は文字通り記録に残る大ヒットを打ち立てた結果、自らが他でもない王道・本流となってしまった。肥大化した『踊る大捜査線』という作品が求められるハードルは高くなり続け、その結果ドラマシリーズや『1』『2』のような地味な事件の解決にこそ宿る正義という本シリーズが元来持っていた魅力が『3』では薄まってしまい、代わりに画面映えする事件ばかりが起こる作品となり、シリーズの中ではぎこちなさの漂う作品になってしまったことは否めない。

 青島もまた自身が皮肉ってきた上司になってしまい、部下に健康診断の受診を促すようになったものの、青島自身がそうした上司的ムーブに不向きなばかりか、自ら事件現場に突っ込んでいく人となりであるためにどうもきまりの悪さを覚える。邪道から本流に、カウンターを打つ側から受ける側になってしまう悲喜が本作には漂っているのだ。

 と、人によっては嫌な側面ばかりを指摘していると思われてしまうかもしれないが、『踊る』という世界線が史上最大化したのもまた本作であり、ファンムービーという側面で言えば今までにないほど充実した作品という側面もあるのが『3』だ。和久平八郎(いかりや長介)や柏木雪乃(水野美紀)といったテレビシリーズ1話から登場するおなじみのキャラクターは一部不在であるものの、湾岸署の面々やキャリア組、SIT、SAT、爆発物処理班、交渉課といった警察側のキャラクターやサブタイトルにもなっている“ヤツら”、つまり青島がこれまで逮捕してきた数々の容疑者たちが一斉に登場する様は圧巻であり、『踊る』オールスタームービーとして観れば十分に楽しむことが出来る。特に内田有紀演じる女版青島と呼ばれる篠原夏美の再登場はコアなファンも嬉しいはず。ひとつのお祭り的作品として、そしてその裏にある本シリーズの悲喜を感じ取ってほしい。(文=ふじもと)