ほんの少し歩き方を変えるだけで、若返りや不調の改善が期待できるという(写真:8x10/PIXTA)

運動をしたほうがいいと頭ではわかっていても、運動が苦手、あるいは多忙でなかなか本格的なスポーツやジム通いができない人は少なくないだろう。

そんなとき、手軽に始められるのがウォーキングだが、実はほんの少し歩き方を変えるだけで、若返りやさまざまな不調の改善が期待できるという。その名も「インターバル速歩」だ。このウォーキング法を考案した信州大学大学院特任教授の能勢博氏に、効果的な実施のポイントについて聞いた。

体力が最大20%向上、生活習慣病やうつも改善

――インターバル速歩は普通のウォーキングと比べて、どのような健康効果があるのでしょうか。

これは「本人がややきついと感じる早歩き」と「普通のゆっくり歩き」を3分間ずつ交互に繰り返すウォーキング法です。


スポーツ/運動を「知る」「観る」「楽しむ」ための記事はこちら

インターバル速歩を5カ月間実施することで、体力が最大20%改善(10歳以上若返った体力が得られ)、それに比例して、高血圧、高血糖、肥満などの生活習慣病の症状が20%改善、慢性関節痛、不眠、うつ、認知障害などの神経精神症状が30%以上改善します。その結果、医療費が20%抑制されることが明らかになっています。

――どのような経緯で、インターバル速歩が有効であることを突き止めたのですか。

信州大学でスポーツ医学講座を担当していた1998年に、当時の市長から市民の健康増進を目的にウォーキングプロジェクトを実施するので「手伝ってほしい」とお声がけをいただいたことがきっかけです。

まず、中高年の市民100名に約1年間、1日1万歩を目標に歩いていただいたのですが、たとえ1日1万歩ほぼ毎日歩いた方でも、その健康改善効果は期待するほどではないことが判明しました。努力のわりに報われないのです。


能勢博(のせ・ひろし)/医学博士。京都府立医科大学助手、アメリカイェール大学医学部博士研究員、信州大学医学部教授を経て現在同大学特任教授。ウォーキング研究を続け二十余年で、約1万人に「インターバル速歩」を指導してきた。趣味は登山。主な著書に『ウォーキングの科学』(講談社)、『インターバル速歩で健康になる!』(宝島社)、『もう山でバテない!』(山と渓谷社)などがある(写真:本人提供)

その理由について、アメリカスポーツ医学会発行の『運動処方の指針』には、体力を向上するためには運動の時間や量ではなく、その強度が重要であることが記載されていました。運動強度は、運動時の単位時間当たりの酸素消費量で評価しますが、体力を向上させるには、個人の最大体力(最高酸素摂取量)の60%以上の強度で運動することが必要だというわけです。

その指針では、まずは体力測定で個人の最大体力を決定し、その60%以上を目標に運動を1日30分、週3〜4日以上続ければ、遅くとも6カ月で体力が10%向上し、生活習慣病も改善されることを“学会の名誉にかけて”保証していました。

そこで、このプログラムの効果を自分たちでも確かめてみようと、市民の皆さん約300名を対象に検証したところ、まさに同学会が示すとおりの結果が確認できたのです。「これこそサイエンスだ」と感動しましたね。

しかし、この方法だと機器や指導者が必要なのでジムに通わなければならず、時間とお金がかかってしまう。もっと安価に体力向上のための運動を普及させる方法はないかと考え、インターバル速歩を考案したのです。

さらに、携帯型カロリー計を身に付けて歩くとエネルギー消費量が測定できるシステムも開発しました。このシステムによってジムに行かなくても体力向上のための運動が簡便に実施できるようになり、これまで1万人以上の中高年を対象に、5カ月間のインターバル速歩の効果を検証することができました。

「1日30分、週4日」、週末の集中実施でも効果あり

――なぜ、「速歩」と「ゆっくり歩き」を交互に行うのですか。

インターバル速歩は、個人の最大体力の70%以上に相当する「ややきつい」と感じる速歩と、30〜40%のゆっくり歩きを3分間ずつ、交互に繰り返します。

なぜ、ゆっくり歩きを挟むかというと、運動習慣のない人がこの強度で速歩を行うと2分程で嫌になるからです。息が弾み、動悸がし、場合によっては筋肉痛まで起こります。でも、速歩の後、ゆっくり歩きを実施することで、速歩を継続することができます。

標準の歩き方は、1日当たり「早歩きを3分+ゆっくり歩きを3分=6分」を1セットとし、5セット(30分)行いましょう。これを最低でも週4日、5カ月続ければ、先ほどご紹介したような効果が表れてくるはずです。

――「1日30分、週4日」の確保が難しいビジネスパーソンもいると思います。そういう人は向かないのでしょうか。

会社の1駅前で降りて、インターバル速歩をやってみるのはいかがでしょうか。どうしても平日に時間を取れない人は、週末にまとめて20セットやっても構いません。週合計60分の速歩を目標にしましょう。それでも同じ効果が得られます。


――簡単なので、運動不足の人や運動が苦手な人に適していそうですね。

はい。運動に慣れていないと始めて2週間ぐらいはつらいですが、その後、体重が減ったり、血圧が低下したりと、変化が表れ始めるでしょう。また、中高年者に多い慢性関節痛、夜間頻尿、不眠、うつなどの症状も改善します。その結果、職場のストレスにも強くなるでしょう。

運動習慣のない若い人にもお勧めです。実際、女子大生を対象に検証してみましたが、やはり体力が向上しました。大学からは、学生に生活のリズムが生まれ、「朝食をきちんと食べるようになった」「授業中の居眠りがなくなった」といった報告も受けています。

「乳製品」をプラスすることで熱中症予防にも

――インターバル速歩の効果を上げるポイントを教えてください。

一般に運動に適した時間帯は、午後3時以降と言われています。筋肉が柔らかくなり、肉離れなどを起こしにくいからです。でも、インターバル速歩は、朝でも大丈夫。ゆっくり歩きから始めて、その間に上半身を伸ばして大股で歩けば、事故を起こすことはないでしょう。

インターバル速歩を行った後、30分以内に200ccの牛乳やヨーグルトなどの乳製品を摂取することもお勧めです。夏場は、1〜2週間で発汗など体温調節機能が50%向上して熱中症になりにくくなります。冬場は、インターバル速歩による体力向上、生活習慣病の改善効果を促進します。

――現在、どのくらい普及が進んでいますか。

18年間で、長野をはじめ、秋田、京都、東京、大阪などの一部自治体ほか、大学、老健施設、企業健保など全体で51カ所、累計1万人以上が5カ月間のインターバル速歩事業に参加しています。

最近では、同事業を現役・若年世代に拡大することを目標に、従来のシステムをスマホアプリ化しました。「インターバル速歩」というアプリで、無料版もあります。

さらに、インターバル速歩の効果の未来予測をするプログラムや、仲間が最近どこを歩いているかなどの情報を提供するプログラムの開発も進行中です。

これまで民間企業と共同で、栄養食品・健康機器の性能検証研究を実施してきましたが、今後、同アプリシステムを用いることで、検証に必要なデータ解析の効率化も期待できるでしょう。

さらに、アプリシステムが普及してより多くの現役世代が同事業に参加すれば、インターバル速歩による生活習慣病だけでなく、がんの発症リスクの抑制効果も明らかになるはずです。これは、生命保険会社には魅力的な研究テーマではないでしょうか。

私たちの最終目標は、抑制された医療費を原資とした健康サービス産業の創造です。国の財政に頼らない研究システムや健康社会を構築できたらと考えています。

加齢性疾患にもかからずに済む?

――新たな知見があればご紹介ください。

最近の研究によれば、加齢に伴う筋量の減少がミトコンドリアの機能を低下させ、それによって生じる活性酸素が慢性炎症を引き起こすと考えられています。その慢性炎症が、脂肪細胞に起これば糖尿病、動脈壁の免疫細胞に起これば動脈硬化・高血圧、脳細胞に起これば認知症・うつ病、がんの抑制遺伝子に影響が及べばがんになる、という説です。

この説に基づくと、運動によって筋力の低下を防ぎさえすれば、多くの加齢性疾患にかからずに済むと考えてよいことになります。

実際、私たちは、インターバル速歩によって、体力向上に比例して炎症やがんを引き起こす遺伝子群の活性を抑制すること、それに伴って生活習慣病の症状が改善することを明らかにしています

今年度からは、住友電工グループ社会貢献基金の寄付により、信州大学医学部に「臨床スポーツ医学研究センター」を設立して、私の後任の増木静江教授がさらに研究を進めています。

医学部附属病院に通院するさまざまな加齢性疾患の患者を対象に炎症関連遺伝子群の活性を測定し、インターバル速歩による体力向上が遺伝子群に及ぼす影響を臨床症状と関連づけて解析します。

この研究結果は、現在の臓器別・服薬医療が、運動を核とする統合・非服薬医療に移行する契機になると考えています。

(國貞 文隆 : ジャーナリスト)