モスが始動「5年で100店舗」狙う新業態の"懸念点"

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モスバーガーがジューススタンド「Stand by Mos」を出店した。その実力やいかに?(筆者撮影)

2024年8月9日、モスバーガーがジューススタンド「Stand by Mos」を東武東上線池袋駅構内に初出店した。「え? ハンバーガーのモスが?」と思う人もいるだろう。ここでは、形などの問題で出荷できない、いわゆる「訳アリ(規格外)」野菜・果物をジュースにして提供する。モスが築いてきた野菜や果物の流通ルートを生かした新業態だ。

テイクアウト専門店だから、ミキサーと簡単な調理器具があれば駅ナカのように狭い場所でも出店可能。都心部の狭小物件などでの展開を予定し、今後5年で100店舗にするという。今回の出店は、それに向けた実験の意味合いもある。

モスはこの他にも、意欲的に新業態を展開しており、9月には東京・亀戸にカフェ業態「山と海と太陽」の関東1号店を出店した。こちらも調理器具を通常のモス店舗より小さいものにして、小規模での出店ができるようにしている。また、素材についても1号店のある静岡県の伊豆天城名産であるわさびを使用した「わさびバーガー」など、オーガニックな商品にこだわる。その意味でも、昨今のエシカル消費などの文脈に適合しているといえる。

こうしたモスの新業態は、SDGs的観点から見ても興味深い取り組みだが、同時にビジネスの側面から見ても非常に面白い。コロナ禍以後の商業の変化を踏まえつつ、この点を解説したい。

駅ナカ立地は金の鉱脈?

「Stand by Mos」は、その1号店が池袋駅であることからもわかる通り、駅ナカをはじめとした超狭小物件への展開を進めていくようだ。

【画像7枚】「味はなかなか良き」「でも都心価格でちょっとお高め?」…。モスが始動、5年で100店舗目指すジューススタンドに行ってみた

筆者も早速訪れた。2024年9月時点では、ジュースやスムージーなどを9種類用意しているというが、その中で選んだのは「しっかりベジーなモスグリーンスムージー」。野菜を売りにしているだけあって、パイナップルの甘みも感じつつ、野菜の風味もしっかり感じる。


ジュースはこんな感じ。至ってオーソドックスなグリーンスムージーだが、味はなかなか良い(筆者撮影)

商品の面白さはもちろんのこと、駅ナカという立地も興味深い。駅ナカビジネスは、非常に収益性が高いことでも知られている。少し古いデータで恐縮だが、nikkei4946の調べによれば、2007年の段階において、1平方メートルあたりの年間売上高は、小売業全体で66万円に対して、駅ナカでは513万円となっており、駅の中での事業展開が格段に儲かることがわかる。

コロナ禍で駅の人流は激変したものの、モスのプレスリリースによれば、池袋駅の人流はコロナ禍前の約85%まで復活しており、十分な収益性が見込めるのだろう。駅の狭小物件でも十分展開できる可能性があれば、そこは金の鉱脈が眠っているともいえるのだ。

また、新しいカフェ業態である「山と海と太陽」についても、狭小面積での出店が可能であることに加え、そもそもコロナ禍以後、リモートワークなどの普及によってカフェの需要が増加したことも指摘しておくべきだろう。モスはコロナ禍の2020〜2021年から、コロナ後を見据えてカフェ事業に乗り出しており、「山と海と太陽」もその流れにある。

いずれにしても、この2つの新業態は、どちらともコロナ禍以後の状況に対応した業態開発といえるのだ。

多様化するハンバーガー業界

また、モスがこのように「ハンバーガー店」以外の新業態に積極的なのには、ハンバーガー業界をめぐる状況もあるだろう。

というのも、現在のハンバーガー業界は、これまでにないほど多様な姿になっているからだ。日本でハンバーガーが本格的に広がったのは、1950年代だといわれているが、それが一般化したのが1970年代以降のハンバーガーチェーンの上陸以後。モスもこの時期に創業しているし、マクドナルドが銀座に1号店を構えたのは1971年だ。

それから時を経た現在、2000年中頃ぐらいから、材料や製法にこだわった「グルメバーガー」が話題になり始め、2010年代中頃から急激に店舗数を伸ばし始める。それ以外のハンバーガーも含め、百花繚乱の様相を呈してくる。

『ハンバーガーとは何か?』(グラフィック社 ・2024年)の中で著者の白根智彦氏は、「シェイクシャック」や「カールスジュニア」のような外来系のハンバーガーから、日本独自の発展を遂げたグルメバーガー、ステーキハウスのハンバーガーなどなど、きわめて細かく日本のハンバーガーを分類しているが、これだけいろんなハンバーガーがあるのか……と思わずにはいられない。

チェーンバーガーとグルメバーガーは直接対立しないけれども、「ハンバーガー」に対する認識が一般化するにつれて、競合が増えていったのも確かだろう。同じチェーン系ハンバーガーでいえば、2019年ごろから急激に店舗数を伸ばしているバーガーキングの存在も忘れてはならない。いわば、競合が増えたのだ。

このような中、モスは「ハンバーガー」と並ぶ「次なる一手」を模索しているのではないだろうか。

モスが貫いてきた「人間性の重視」

このような流れから、モスは今回のような新業態を意欲的に進めているといえるが、筆者がこれらの事業展開について興味深く感じているのは、その展開がこれまでのモスの「理念」とは離れていないからである。いわば、業態としては新しくても、「それをモスが行う意味」をしっかりと感じられるものなのである。

元々モスバーガーは、「人間の手作り」にこだわってきた歴史がある。マクドナルドなど他のチェーンが行ってきたように商品の作り置きをせず、その場で一から手作りしていることはモスのウリの1つだ。

チェーンなのにまったくチェーンらしくないオペレーションだが、創業者・櫻田慧の自伝などによると、最初はタマネギなどもその場で切っていて、櫻田の目からはとめどなく涙が流れていたらしい。その様子は、ほとんど個人経営店のようだ。もちろん、今ではそこまでではないけれど、この「手作り」にこだわることは続いている。

「人間性の重視」などという大げさな表現を使うと、「それは筆者個人の考えでしょ?」と思う人もいるかもしれない。しかし、1970年代はこういった思想を持ってスタートした企業は実は少なくない。

例えば東急ハンズ(現ハンズ)は1976年に、1号店である藤沢店を出して始まったが、「手の復権」というコンセプトがあった。戦後、日本が豊かになったことで訪れた、大量生産・大量消費の画一的な生活から、消費者1人ひとりが主体性を取り戻そう……という意味合いである。

話をモスに戻そう。「機械」ではなく、人の手によるこだわったものをーー。その「人間性の重視」ともいえる精神を、モスは今日まで大事にしてきたのだ。そしてそれは、必然的に「健康に良いもの」や「環境に良いもの」といった方向性を導き出す。

そう考えると、今回のジューススタンドでの「規格外野菜を使ったジュース」といったエシカル消費の方向性も、モスのこうしたブランドとマッチするものだろう。

あるいはカフェ業態「山と海と太陽」では、「山小屋をイメージした内装で、ひと時のやすらぎを与える居心地の良い空間に仕上げた」というが、やはり、ある種の「人間性」がそこには現れている。

文化事業にも力を入れてきたモス

モスのこうした「人間性の重視」は、文化事業への積極性にも表れている。

例えば、今年のモスで話題になったことの一つに「モスレコーズ」の設立発表がある。

モスレコーズでは、全国のモスバーガー店舗で働くスタッフを対象にオーディションを行い、最優秀者に対して、このレーベルからのデビューを含め、ミュージシャンとしてのデビューをバックアップするという。人間の手仕事を応援する精神が見える。


MOS RECORDS第1回オーディションの画像(画像:MOS RECORDS HPより)

しかし、私が以前指摘した通り、こうした小売企業での音楽事業のタイアップは過去の例を見ても難しく、モスレコーズの試みもどれぐらい成功するかわからない。理念は良くてもビジネス的な意味での成功があるのかどうか、わからないのだ。

ただ、現在進めているジューススタンドのような新業態は、ここまでで指摘してきた通り、モスの理念を受け継ぎつつ、ビジネス的にも時流を捉えたもので、面白いのではないかと感じているのだ。

もちろんのことながら、モスバーガーは既存のハンバーガー事業でも、さまざまなトライを行っている。その1つが日本らしさのある新メニューや、健康に配慮した新メニューの開発だ。

古くは1987年に誕生したライスバーガーなどがその代表例だが、近年でも大豆を用いて肉を使わないハンバーガー「ソイパティ」などを生み出している。これらも、「健康」という側面から「人間性への重視」を支えている。

最大にして唯一(?)の懸念点は「価格」か


「両利きの経営」という言葉がある。経営には、既存事業の「深化」と新規事業の「探索」の2つが必要だという考え方である。モスバーガーは、まさにこの「両利きの経営」を行っているのではないか。そして、その2つの底には、「人間性の重視」という精神が流れていると思うのだ。

もっとも今回のジューススタンドに課題は多い。筆者が気になったのが値段。多くのドリンクが180mlで500円と少々高いのだ。都心価格の範疇っちゃ範疇なのだが、量を考えるとお高めなのは否定できない気もする。

ここまで良い話をしていただけに、気になっていた読者の中には「ちょっと、いいかな……」「お財布にとっては、サスティナブルではないな……」と思った人もいるかもしれない。

とはいえ、池袋の1店舗のみの展開だから、実験的な価格なのだろう。モスの流通網を活かして、値段をある程度下げていく必要があるようにも感じた。いずれにしても、この新業態の「探索」をどのように進めていくのか、注目されるところだ。


トマトを使ったスムージー(出所:「Stand by Mos」公式サイト)


こちらが筆者が注文した商品(出所:「Stand by Mos」公式サイト)


ベリー系のスムージーもある(出所:「Stand by Mos」公式サイト)


これらの商品のほかにも、420円のジュースなどがある(出所:「Stand by Mos」公式サイト)

(谷頭 和希 : チェーンストア研究家・ライター)