”積水ハウス地面師事件”はうれしい誤算だった…当初の計画「融資詐欺」が取引総額70億円の「大規模地面師事件」に変貌したワケ

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ハウスメーカー、デベロッパーとして国内最大手の積水ハウスが、50億円以上ものカネを騙し取られた2018年の「地面師詐欺」事件は、いまも多くの謎に包まれている。15人以上の逮捕者を出す大捕物になったものの、不起訴になった容疑者も多数いて、公判でもすべてが明らかになったとは言い難い。

このたび、事件をモデルにしたドラマ「地面師たち」(原作・新庄耕)の配信がNetflixでスタートし、大反響を呼んでいる。ノンフィクション作家・森功氏の文庫『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』には、ドラマでは描かれなかった数々の知られざる事実が記されており、その内容を10回連続で公開する。

『地面師』連載第7回

『“積水ハウス地面師事件”の犯人は有名デベロッパーの「元財務部長」…犯人の知人が語るその巧妙な詐欺テクニックとは』より続く

はじめは積水ハウスがターゲットではなかった

実は、積水ハウス事件の計画立案者と目される内田や北田たちは、はじめから積水ハウスを騙そうとしていたわけではないようだ。55億円以上を騙し取った取引総額70億円の大掛かりな売買になるとも、考えていなかったフシがある。

駐車場の契約を使い、海老澤佐妃子の個人情報を得た内田らが次に計画したのは、金融業者からの融資詐欺だった。犯行グループと接点がある先の不動産業者は、そのあたりの事情にもやたら詳しい。

「内田たちはまず、いつものようにニセ海老澤佐妃子を手配しました。ただ、なりすましの出来としてはあまりよくなかったのかもしれません。内田たちは、ニセ佐妃子が取引で矢面に立つとバレてしまうのではないか、と心配したのでしょう。さらに佐妃子の内縁の夫と称する前野という男まで用意し、取引では前野にしゃべらせるようにしたといいます。なりすまし役の手配師は、『池袋の女芸能プロダクション社長』と呼ばれる秋葉紘子です」

秋葉によって佐妃子のなりすまし役に抜擢されたのが羽毛田正美(63)であり、内縁の夫役の前野が常世田吉弘(67)だ。ともに10月16日、逮捕された。

内田たちは当初、銀座のアパレル業者Eを融資の受け皿となるよう誘い込んだ。E社が彼らから犯行計画を知らされていたか、単純に取引に使われただけなのか、そこは判然としない。だが現実にE社は金融業者から融資を引き出すための窓口役として機能した。不動産業者がこう付け加える。

「E社が融資話を持ち込んだ相手が、関西の食肉グループ系の高利貸しでした。年が明けた2017年、ニセ海老澤佐妃子が海喜館を担保に高利貸しから2億円を引き出した」

融資詐欺をした相手が悪すぎた...

当初の計画は、パスポートや実印を偽造して不動産の所有者になりすまし、融資書類を準備して借金をする融資詐欺である。不動産業者の説明によれば、こうだ。

「ただし、高利貸しもタダモノではありません。2億円は、2倍の4億円にして返す条件だったといいますから、かなり際どい取引でもあります。融資はするが、焦げ付けばE社には強烈な追い込み(取り立て)がかかる。だから内田たちはE社を窓口に融資を受けるにあたり、借金した2億円を元手にして他の詐欺で稼いで返すつもりだった」

つまりまずはなりすましを使った融資詐欺でひと稼ぎした。そこで高利貸しを騙して2億円を借りたものの、相手が悪く4億円を返済しなければならなくなったという話のようだ。そのため内田たちは別の新たな貸し主からもっと大きく資金を引き出そうとしたのだという。海喜館の不動産登記簿を見ても、融資の窓口となったE社や高利貸しは出てこないが、それは初めの段階で足跡を残さないようにするためだったのだろう。

この間の取材で、ニセ海老澤佐妃子の代理人だった弁護士が書き残したとされる〈事実経過報告〉を入手した。そこにはくだんのアパレル業者E社も登場する。

〈E(原文は実名)が、この物件で融資先を捜していた。「50億円から55億円で、形式は融資だが、返済できなければ、売買に変更になることは構わない」という話を小山氏が聞いた。これが平成29年3月くらいのことだった〉

地面師詐欺の本格始動

借金に困ったE社が小山に相談し、ここから犯行計画が融資から売買に変わっていったという。とどのつまり融資詐欺のようなまどろっこしいことをするより、いっそのこと「売買に変更」してしまおうと発想を切り替えたわけである。それを提案したのは内田や北田ではなく、小山なのだという。

小山の登場により、内田たちの計画した融資詐欺は、売買を前提とした地面師事件に変わっていった。取引を調査してきた不動産業者ははっきりこう言う。

「いわば最初の段階は、マイクや北田たちが仕組んだ融資詐欺で、そこに小山が乗っかってきたのでしょう。高利貸しに金を返すには、手っ取り早くどこかに海喜館を売ってしまえばいい。そこで、ターゲットに選んだのが、積水ハウスだった。小山が積水の担当者と懇意だといい、内田たちに提案して今回の件が計画されていったわけです」

再開発すれば、優に100億円を超える価値になる。五反田の海喜館は、不動産業者のあいだでそう評価されていた。それほどの大きな不動産開発事業となると、積水ハウスクラスの大手デベロッパーが手掛けないと実現できない。それも事実だ。

小山は内田たちに発破をかけ、積水ハウスが犯行グループのターゲットに選ばれたという。そして事態は海老澤佐妃子の入院を待っていたかのように、急展開していく。むろん海喜館の売り先として話を持ち込まれたのは、積水ハウスだけではなかったが、結果的にこの大手デベロッパーが煮え湯を飲まされる。

『ニセ地主の「ひとこと」で地面師詐欺が発覚…「積水ハウス事件」を間一髪で回避した不動産会社が気が付いた「違和感」』へ続く

ニセ地主の「ひとこと」で地面師詐欺が発覚…「積水ハウス事件」を間一髪で回避した不動産会社が気が付いた「違和感」