高齢者が若々しくいるために、どのくらいの運動量が必要か。浜松医科大学名誉教授の高田明和さんは「中高年が運動する際の目標設定としては『筋肉量を落とさないため』に尽きる。60歳になると、とたんに筋肉はつきにくくなるため、食事メニューに含まれるタンパク質の量を減らさない工夫をするとともに、自重運動が必要になる」という――。

※本稿は、高田明和『20歳若返る習慣』(三笠書房)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Capuski

■みんな誤解している、若さを保つ運動の量

運動することで得られる、若々しさを保つアンチエイジング効果は、あらゆるメディアで喧伝されています。だから毎日のようにウォーキングやジョギングに励み、ジムへ通い、眠る前にはストレッチをして……という方もいらっしゃるでしょう。

ただ、間違ってはいけないのは、年をとってから運動をすることの意味です。

年齢を増すごとに、私たちの体内では、骨、筋肉、腱、筋膜、関節など、各部位の劣化が起こってきます。それを食い止めるには、各組織に、深刻なダメージにならない程度の「小さな刺激」(軽いストレス)を与えて細胞を目覚めさせ、新陳代謝を促す必要があります。

逆にいうと、若々しくあるための運動は、「小さな刺激を与えること」がすべてであり、それ以上でもそれ以下でもない、ということ。そこを見誤って強すぎる刺激を与えてしまうと、運動はむしろ、老化を進める「害」になります。

■それじゃ得るより、失うほうが多いかも

たとえばテレビ番組では、若さ自慢の60代、70代のタレントや歌手が、ジムでストレッチをしたり、バーベルを上げたりして、体を鍛えていることを明かしたり、なかには、スーツの下には隆々とした筋肉があることがわかるほどの方もいます。

でも、彼らは若々しい肉体を資本にしてお金を稼ぐことを仕事にしており、そうせざるを得ない事情にある方々です(筋トレが趣味の人もいますが)。

肉体を酷使する職業ではないデスクワーカー、そして現役を退いている方は、過剰なストレスをかけてまで強靭な肉体をつくる必要はありません。やはり、過剰なトレーニングは、体に負担をかけるからです。

80歳を過ぎても、シビアなトレーニングをして現役を続ける人の多くは運動中の骨折、運動後の脳出血、激しい関節痛などで挫折を余儀なくされているようです。

写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen
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若いころからスポーツ好きで、とりわけ、60歳を過ぎてもスキーやテニスに興じ、あるいはマラソン大会出場を目標にして毎日ジョギングをしている人たちの、健康への意識の高さは非常にけっこうなのですが、私が知るかぎり、そのように体を素早く動かしたり、スピードを競う運動を楽しんだりしている人には、80歳を過ぎてから病気に苦しんでいる人が多いのです。

肉体への痛みに加え、今まで自慢にしていた肉体が思うように動かなくなることから、自信喪失してしまうことも、その苦しみの原因になるようです。無理や苦痛がなく、楽しく運動ができているのであれば、続けても、なんら問題はありません。

ただ、知っておいてほしいのは、私のように人生でスポーツらしいことをほとんどしてこなくても、90歳近くまで特別な病気もせずに、気ラクに生きている人間だっているということ。ズボラな方であれば、こんな私のような基準に合わせたほうが、よっぽどラクで快適ではないでしょうか?

体を動かせば、陰鬱な気分を撥ね飛ばし、活力がみなぎります。体内環境を良好にしていい睡眠をもたらし、疲労回復を早め、慢性疾患から自分を守るなど、たくさんのメリットが得られます。しかし、これらを得るために筋肉量を増やす必要はないのです。

日常生活に支障なく体を動かせる程度の筋肉量を維持する運動でそうした効果を得ることはできます。普通の筋肉量の人が、軽度の運動習慣を持続するだけで、十分に間に合うでしょう。

■「運動する習慣」以前に、「ケガを防ぐ習慣」をつくる

私がことさら、高齢者に無理な運動を勧めないのは、何よりもケガをすることを心配するからです。筋トレがブームの昨今は無視されがちなのですが、高齢になると、運動によって得られるメリットよりも、運動でケガをするリスクのほうが、はるかに大きいと思っています。

とくに意識する必要があるのは、「年をとると回復力が弱まる」という現実です。

若いころの感覚で「すぐ治る」と思っていたのが、気づくと痛みが1週間を超えて続いたり、しばらくベッドで寝たきりになったりするようなことが増えます。

そうやってほとんど体を動かさない日々が続くと、その間に、せっかく今まで鍛えて増やしてきた筋肉がすっかり削げ落ちて、鍛えていなかったころよりも減ってしまう、という本末転倒のようなことだって起きるのです。

そして、いくらケガが治っても、元の身体能力を取り戻すには、寝込んでいた期間の数倍の時間がかかりますし、それなりの費用のかかるリハビリが必要なこともあります。

65歳を過ぎたら、誰もが若いころよりも、視力や聴力、反射能力などが衰え、ちょっとした突起で躓いたりする体になっています。階段を下りきったと思って足を踏み出したら、もう1段あって転んでしまった……なんてことは、いつ起こっても不思議ではないくらいリスクの高い体になっています。

そこへ、さらに運動というリスクを加えることは無謀とさえ思えるのです。

■動く前に、このひと工夫で安全を確保!

いくら「自分はまだ大丈夫」「自分はまだ若い」と思っていても、肉体を限界まで追い込もうとするような運動は危険です。回復能力の衰えは、65歳どころか40歳を過ぎれば始まっているのです。決して、世間一般でいう高齢者のみに当てはまる問題ではないのです。

ですので、脅すわけではありませんが、運動好きな人ほど、そのリスクについてもちゃんと認識しておいてほしいのです。

もし、自分の運動方法やトレーニングメニューに、ケガをするようなものがあるならば、すぐにそれをやめるべきでしょう。

たとえば、毎日ウォーキングをしているけれど、長い階段のところで躓きそうになったのであれば、その階段を通らないようにすればいいだけです。

あるいは、夕方以降は暗くて危険なのでジョギングを避ける、どうしても車の往来が激しいコースを走らざるを得ないのなら、いっそ室内用のランニングマシンを購入して、毎日、家の中で30分走るなど。交通事故の危険性だけでなく治安の面からも、そうする価値は十分にあるでしょう。あえて危険を冒す必要はないのです。

さらに年をとると、筋肉も筋膜も関節も固くなっていきます。ですから運動を始める前には、今までよりもストレッチなどの準備体操は入念に行ないましょう。

運動するにも備えが大事であり、“老化の運命”を分ける要素になってきます。

■「筋肉をつけるため」でなく、「失わないため」にする

では、ケガのリスクを知ったうえでどんな運動をすれば若々しくいられるのでしょうか?

まずは、中高年が運動する際の目標設定のアップデートが必要です。

結論から言うと、中高年の「目標は、筋肉量を落とさないため」に尽きます。

これまでは「筋肉量を増やすため」にしていたのを、「今ある筋肉量を維持するため」に改めます。

40歳を超えると、筋肉量は毎年1%ずつ減少していきます。すると70歳になったとき、筋肉量は若いときの半分ほどにまで減ってしまうのです。これが「サルコペニア」(加齢性筋肉減弱現象)と呼ばれる老化現象です。

この「サルコペニア」に抗するために、落ちる筋肉量を補うだけの筋肉を新たにつくっていくのが、40歳を超えてからの運動をする目標とします。

「40歳を超えてから」としましたが、実のところ50歳代後半までは、まだ、筋肉の組織は早くつくられるので、サルコペニアについてはさほど気にする必要はないとされます。体調管理をしっかり行ない、適度の運動を続けていれば大丈夫です。

しかし60歳以上になると、とたんに筋肉はつきにくくなります。ですから、食事メニューに含まれるタンパク質の量を減らさない工夫をするとともに、足の屈伸や腕立て伏せのような自重運動、つまり自分の体重を負荷にして行なう運動をすることが必要になります。

高田明和『20歳若返る習慣』(三笠書房)

では、「適度の運動量」とは、いったいどのくらいが目安なのでしょうか?

厚生労働省が『健康づくりのための身体活動・運動ガイド』(2023年)で推奨しているのは「毎日40分以上の身体活動」と「毎日6000歩以上」の歩行です。

一見、大変そうですが、すでに私たちは65歳以上の男性で平均5396歩、女性で平均4656歩の歩行をしています。ですから、これに20〜30分の散歩を加えれば、すぐに目標はクリアできます。

歩くのが困難な人も、ストレッチなどで体を動かす時間をつくり、じっとしている時間を短くするだけでOKなのです。

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高田 明和(たかだ・あきかず)
浜松医科大学名誉教授 医学博士
1935年、静岡県生まれ。慶應義塾大学医学部卒業、同大学院修了。米国ロズウェルパーク記念研究所、ニューヨーク州立大学助教授、浜松医科大学教授を経て、同大学名誉教授。専門は生理学、血液学、脳科学。また、禅の分野にも造詣が深い。主な著書に『HSPと家族関係 「一人にして!」と叫ぶ心、「一人にしないで!」と叫ぶ心』(廣済堂出版)、『魂をゆさぶる禅の名言』(双葉社)、『自己肯定感をとりもどす!』『敏感すぎて苦しい・HSPがたちまち解決』(ともに三笠書房≪知的生きかた文庫≫)など多数ある。
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(浜松医科大学名誉教授 医学博士 高田 明和)