あんなにイヤがってたのに…認知症の元大学教授に「デイサービス利用」を納得させた「介護職の一言」

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認知症の患者数は、2040年には584万2000人(高齢者の約15%)にのぼると推計されています。今後は街中で困っている認知症の人に出会うことが多くなるかもしれません。そんなとき、あなたはどうしますか? 著者の豊富な実体験に基づいて書かれた『認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ』から、役に立つ知恵をご紹介しましょう。

適切に対応するためには、まず認知症について正しく理解する必要があります。認知症の人は、知識や体験をだんだん忘れていく、いわば「引き算の世界」に住んでいます。大切なのは、本人の世界に合わせた「引き算」の言葉かけ・接し方をすること。具体的に何を言いどう振る舞えばいいか、本稿で詳しく解説します。

「足し算」をやめて「引き算」で、その人の世界に合わせよう

「人生いろいろ」と言いますが、認知症になってどのような症状が出るかも「いろいろ」です。残念ながら「こうすれば必ずうまくいく」という公式のようなものはありません。ですが、押さえておかねばならない基本的なポイントを絞り込み、そのいくつかを事例とともに解説します。

今年で85歳になるシンイチさんは元大学教授。現役を退いた頃から物忘れがひどくなりました。家族がいちばん困ったのが、例の「つもり病」です。

*「つもり病」については前回の記事を参照してください。

シンイチさんは、まだ自分が現役の教授のつもりでした。しばしば出勤しようとするだけでなく、「迎えの車が来ない」と表に出たきり戻ってこないというのが日課のようになってしまいました。最初の頃は家族が総出で捜していましたが疲れ果ててしまい、そのうち警察からの電話を待つようになったといいます。

毎日の騒ぎにほとほと困った家族はデイサービスの利用を考え、シンイチさんと一緒に見学に来ました。ところがシンイチさんは、「自分はそんなに年寄りではない、どこも悪くない!」と断固拒否します。

そこでデイサービスの送迎車をシンイチさんの家につけ、「教授会のお車です」

と引き算したところ、何事もなく来ていただくことができました。以来ずっと、シンイチさんに“教授”をやっていただいています。

認知症の人は記憶がこぼれ落ちた結果、過去にさかのぼっているようなもの。「もう退職したじゃないの」と事実をつきつけて「足し算」しても、本人を混乱させ苦しめるだけです。引き算に切り替えましょう。

認知症の人の人生を念頭において接することが大事

元肉屋のユウさんは現在82歳。5年前に店をたたんでから物忘れが始まり、認知症と診断されました。ときどき「包丁を研ぐよ」とか「お釣りだよ」など、現役の肉屋になりきっていることがあります。

ある日、ユウさんの孫のお嫁さんが買い物から戻ったところ、包丁を持ったユウさんがキッチンから出てきました。驚いて「おじいちゃん、危ないから包丁置いて!」と言っても、放す気配がありません。焦って大声で「置いてよ!」と叫ぶと、ユウさんは怒り出して彼女のほうへ向かってきたそうです。

身の危険を感じた孫嫁さんは、自室へと逃げ込みました。そして、とりあえず部屋に隠れた後、ユウさんが落ち着いたのを見計らって出ていくと、何事もなかったようにテレビを見ていたそうです。

孫嫁さんを責めるつもりはないのですが、包丁を握っているユウさんを目にしたとき、焦らずに彼が肉屋だったことを思い出して対応してくれれば、こんな騒ぎにはならなかったでしょう。そうすれば、彼が肉屋のつもりになっていたことが理解でき、もっと上手に対応できていたかもしれません。

では、このケースではどうすればよかったのでしょうか。認知症の人には「したいようにさせる」とはいえ、ユウさんや周囲の人がケガをする危険もありますから、まさか包丁を使わせるわけにはいきません。ここはひとつ、「おじいちゃんは働き者ね。少しは休んでくださいよ」と、労をねぎらってからお茶でも勧めましょう。生きざまのほうに引き算すれば、きっと納得してくれたはずです。

得意なことをお願いして「ありがとう」と感謝を伝えよう

お礼を言われれば誰でもうれしいものですが、それは認知症の人も同じです。ところが、介護を受けるようになると「ありがとう」と人に言うばかりで、自分が言われることはぐんと少なくなるものです。他人にお世話されてばかりの毎日は楽しいでしょうか? そんなはずはありません。

ときには認知症の人に“活躍の場”を提供することで、お礼を言われる状況をお膳立てしましょう。それがお年寄りに笑顔と穏やかな時間をもたらします。実際にデイサービスの利用者の方にお願いした例を挙げてみましょう。

料理自慢のヨシさんには、「みんなが、ヨシさんのつくったホットケーキを食べたいそうよ」と伝えて、おやつづくりをしてもらう。

書道が得意なヤスシさんには、「お祭りがあるんだけど、寄付をくれた人の名前を書いていただけますか? 私たち、字が下手なもので……」と言って書いてもらう。

縫い物上手のミヨさんには、「近くの学校へ雑巾の寄付をすることになったんだけど、私たちだけでやると残業になっちゃう。本当に困っているから手伝って!」と古タオルを渡し、雑巾づくりをしてもらう(この雑巾は、後でデイサービスで使う)。

本当にホットケーキが食べたいのか、祭りがあるのかはこの際、問題ではありません。こちらがへりくだって、それぞれに好きなこと・得意なこと・できることをお願いして働いていただくのです。

仕事が終わったら職員は、「今日はありがとうございました。助かりました」と、しっかりお礼を言いましょう。それぞれの得意分野で腕を発揮したお年寄りの顔は、「ありがとう」の声でさらに輝きを増すはずです。働くことそのものがケアになっていることを、お年寄り自身の顔が証明してくれます。

後編記事〈デイサービスでお年寄り同士が一触即発! そのときケンカを防いだ相談員の「うまい一言」〉に続く。

デイサービスでお年寄り同士が一触即発! そのときケンカを防いだ相談員の「うまい一言」