アルムナイ採用を取り入れる日本企業が増えている(撮影:今井康一)

近年、アルムナイ採用を取り入れる日本企業が増えています。アルムナイ(alumni)とは「卒業生」の意味で、退職した元社員(アルムナイ)を再び採用することです。今回は、アルムナイ採用の現状と功罪を検討しましょう。

かつてはご法度だったが…

アルムナイ採用のやり方は企業によってまちまちですが、人事部門が退職したアルムナイをプールし、同窓会組織を作るなど関係を保ち、求人募集を出して採用します。公式に制度化している場合も、人事部門担当者が非公式に実施している場合もあります。

かつて終身雇用や家族主義的経営が一般的だった時代に、会社を辞めた社員は“一族の裏切り者”で、“出戻り”はご法度でした。

どうして近年、多くの企業が積極的にアルムナイ採用をするようになったのでしょうか。大手企業の人事部門関係者に取材したところ、さまざまなメリットを指摘していました。

「当社では、人的資本経営を最重要課題として推進しています。現社員だけでなく、当社の教育訓練によって成長したアルムナイも、当社にとって重要な人的資本です。チャンスがあれば復帰して、当社の発展に貢献してほしいと門戸を開いています」(エネルギー)

「多くのアルムナイは、当社を離れていろんな経験を積み、一回り成長します。そういう優秀な人材が当社に復帰し、リーダーとして経営改革を主導してくれることを期待しています」(消費財)

「普通の中途採用では、これだ!と思って採用しても、外れがあります。その点アルムナイの場合、能力や人間性を熟知しているので、外れはありません。アルムナイ側も会社のことを熟知しているので、復帰したら即戦力でバリバリ働くことができます」(輸送機)

ここで、「当社でも対外的にはいろいろとカッコいい説明をしていますが、結局は金です。採用コストがかからないというのが、何と言っても大きい」(小売り)という率直な意見がありました。

いま空前の人手不足で、大手企業でも中途採用では苦戦しています。転職エージェントを通すと、採用した社員の年収の30〜40%もの仲介手数料を支払う必要があります。アルムナイ採用なら、仲介手数料も採用後の導入教育も不要で、とにかく安上がりです。

復帰させてくれた会社には深く感謝

では、実際に元の会社への復帰を果たしたアルムナイは、アルムナイ採用をどう捉えているのでしょうか。当然かもしれませんが、アルムナイは復帰を受け入れてくれた会社に感謝し、アルムナイ採用を肯定的に捉えています。

「他社で違った経験を積むのもいいかなと思い、年収アップという条件にも釣られて転職しました。しかし、転職先は入ってみたら超ブラック企業で、人を大切にする当社の良さを改めて実感しました。アルムナイ採用で復帰できて、本当に良かったです」(エンジニアリング)

「いまの会社の人事担当者は、転職後もずっと私を気に掛けてくれて、親身にキャリア相談に乗ってくれました。人事担当者と私を受け入れてくれた会社には深く感謝しています。復帰して、先輩社員から『昔は出戻りってあり得なかったのになぁ』と言われました。本当に良い世の中になったものです」(金融)

今回、まだ元の会社に復帰していないアルムナイにも取材しましたが、「選択肢が増えるのは良いこと」(サービス)、「元の会社に復帰するつもりはないが、会社にとっても本人にとってもウィンウィンの仕組み」(総合電機)など、肯定的な意見が目立ちました。

職場のメンバーも復帰者を大歓迎

このように、採用する人事部門にとっても、復帰するアルムナイにとっても、ウィンウィンのアルムナイ採用。復帰者を受け入れる職場のマネジャーやメンバーは、どう捉えているのでしょうか。こちらも、肯定的な意見が大多数でした。

「人が足りないので回してほしいと人事部に要望を出すと、新入社員や(普通の)中途採用者をあてがわれます。その場合、教育訓練して戦力化するまでに時間・手間がかかり、かえって職場の効率が落ちます。一方アルムナイは、その日から戦力になってくれます。アルムナイのおかげで人手不足が緩和され、助かっています」(建設)

ところで、人事管理の専門家は、アルムナイ採用のデメリットとして、復帰する職場のメンバーとの軋轢が生じるというリスクをよく指摘します。この点についてはどうでしょうか。

「当社に復帰したアルムナイは、ちゃんと職場に溶け込んで、はつらつと働いています。(復帰者は)当社のことが嫌で辞めたわけではないし、人事部門は職場に溶け込めそうなアルムナイに限定して採用しているはずです。メンバーとの軋轢は杞憂ではないでしょうか」(エネルギー)

「復帰者に対し『残った我々の苦労も知らずに、ノコノコと帰ってきやがって』と不満を言う高齢社員がいます。ただ、その高齢社員は、何に対しても文句を言う不満分子で、厄介者です。大半のメンバーが復帰者を大歓迎しており、そういう例外は無視して構わないんじゃないでしょうか」(IT)

このようにアルムナイ採用は、人事部門・復帰するアルムナイ・復帰者を受け入れる職場のマネジャーやメンバー、と主要な関係者にとってメリットばかりの素晴らしい仕組み。“三方よし”と言えそうです。

改革を先送りするための隠れ蓑に?

ここで、筆者が引っかかるのは、日本でアルムナイ採用が中途採用の切り札としてやたらとクローズアップされていることです。

転職が盛んなアメリカでは、ニッチな業界だと結果的に採用者にアルムナイが多く含まれます(マッキンゼーの同窓会組織は有名)。ただ、あくまで本人の能力・実績を見て採用するのが基本で、アルムナイを好んで採用するということはほぼありません。

なぜ日本では、これほどまでにアルムナイ採用が熱を帯びているのでしょうか。そこには、アルムナイ採用で採用難の苦境をなんとかしのぎ、抜本的な改革を先送りしようという、“人事部の怠慢”が見え隠れします。

機械メーカー・K社のIT部門でDXを推進するSさんは、深刻な人材不足に悩まされています。DXのスキルを持つ社員は、K社よりも高給を提示する他社にどんどん転職していく一方、採用のほうは、年収の100%の仲介手数料を転職エージェントに払ってもなかなか人を採れません。

Sさんは、DX人材を中途採用するうえで、給与が最大のネックになっていると考え、人事部に「全社的な賃金体系に関係なく、優秀なDX人材には思い切った高給を提示するようにしたい」と訴えました。

しかし、人事部からは「IT部門だけを特別扱いするわけにはいかない。他部門も人手不足だが、何とか対処している。IT部門は努力不足ではないか。人事部では、アルムナイ採用やリファーラル採用(報奨金付き縁故採用)など新たな採用方法を取り入れて改善に努めている」とゼロ回答でした。

K社が特別かといえば、そうでもないでしょう。全社一律の賃金体系をかたくなに守り、採用市場を踏まえたフレキシブルで魅力的な賃金を提示できていない大手企業が目立ちます。

そういう企業の人事部門は、アルムナイ採用によって、抜本的な改革を避け、採用難の急場をしのぎ、“頑張っている感”を出すことができます。アルムナイ採用は、人事部門の怠慢を見えにくくする隠れ蓑と言えるでしょう。

もちろん、アルムナイ採用それ自体は、三方よしの素晴らしい仕組みです。素晴らしいからといって人事部門はそれにすがるのではなく、抜本的な賃金改革に踏み出す必要があるのです。

(日沖 健 : 経営コンサルタント)