「怒り型認知症」の84歳男性が、怒りから「ふと我に返った瞬間」と「その悲哀」

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老いればさまざまな面で、肉体的および機能的な劣化が進みます。目が見えにくくなり、耳が遠くなり、もの忘れがひどくなり、人の名前が出てこなくなり、指示代名詞ばかり口にするようになり、動きがノロくなって、鈍くさくなり、力がなくなり、ヨタヨタするようになります。

世の中にはそれを肯定する言説や情報があふれていますが、果たしてそのような絵空事で安心していてよいのでしょうか。

医師として多くの高齢者に接してきた著者が、上手に楽に老いている人、下手に苦しく老いている人を見てきた経験から、初体験の「老い」を失敗しない方法について語ります。

*本記事は、久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。

“怒り型”には困惑

Uさん(84歳・男性)も正真正銘の“怒り型認知症”でした。ほんの些細な一言にも怒りだすので困ります。

帰りの送迎バスを待っているとき、ある高齢女性が帰り支度をはじめたUさんに、「まだ早いよ」と言ったのです。それが気に障ったらしく、「生意気なことを抜かすな」と怒鳴りました。相手の高齢女性も気が強く、ひるむどころか、「アンタに言うてるのとちがう」と言い返し、プイと横を向きました。するとUさんは「何を」と拳を振り上げ、彼女に殴りかかったのです。職員が慌てて止めに入って事なきを得ましたが、Uさんは駆けつけた私に顔を真っ赤にしてこう弁解しました。

「私は曲がったことが大嫌いですねん。長いこと兵庫区(神戸市)に住んでおって、おかげで自治会長もさせてもらいました。私は高等小学校でも一番やったし、軍隊でも准尉でした。人に負けるのが嫌いですねん。そやから何でも一生懸命やって、悪いことは何もしてません。それを人を悪者にするようなことを言うから、腹が立つんです」

筋が通っているのかいないのか判然としませんが、とにかく聞き役に徹します。そのうち興奮が収まってくると、怒鳴ってしまったことを恥じるのか、視線を落としてポツリと言いました。

「自分でもなんでこうなるのか、わからんのです。みなさんと仲よくやろうと思うんですが、考えれば考えるほどわからんようになるんです」

Uさんは正常な判断が“まだら”になることが多い脳血管性の認知症だったので、ふと我に返るのでしょう。そのときの落ち込みようには、老いの悲哀が感じられました。

しかし、“持続激怒型”のR′さん(94歳・男性)になると、もはやペーソスなど漂う余地もなく、職員は危険防止に翻弄されます。とにかくいつも怒っているので、怒っている理由がわからず、宥めようもありません。着席していても目の前に何か(コップや名札や箸など)あると、だれかれなしに投げつけます。ちょっと油断すると、花瓶の水を飲んだり、ティッシュを食べたり、濡れたおむつに手を突っ込んだりもします。やめさせようとすると、「ワシの勝手やろ」と、身体をブルブル震わせて怒るのです。

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