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錦織圭、マリア・シャラポワ、大坂なおみ、ネリー・コルダ……指導した数々の選手を世界トップレベルに導いてきたトレーナー界のカリスマ、中村豊。彼に指導を受けた選手たちは、アスリートとして大幅なステップアップを遂げています。
中村はトレーニングによってのみ身体能力が向上するわけではなく、必要なのは「トレーニング」「リカバリー」「栄養」の3つのメソッドだと語ります。そして、この3つを適切に行えば、一般の人でも身心が健全に整い、若さを持続できると主張するのです。その実践方法を分かりやすく具体的にまとめたのが、中村の初著書『世界最高のフィジカル・マネジメント』です。本連載では同書からトレーニングについて、最新のトレンドを紹介していきます。
トレーニングする際に最も注意すべきなのは、正しい動作で行うことです。間違った方法では、せっかく時間を割いてトレーニングをしても充分な効果が得られません。正しい動作を行うにあたって非常に有効なのは、関節の使い方を意識することです。主要な関節は、動かすべき「モビリティ関節」と固定すべき「スタビリティ関節」に大別できるのです。

動かすべき「モビリティ関節」
固定すべき「スタビリティ関節」

 人間の身体の主要関節は、動かすべき「モビリティ関節」と、固定すべき「スタビリティ関節」に大別できます。この2タイプの関節は【図1】のように、交互に並んでいます。

 肩関節、胸椎(きょうつい)、手首、股関節、足首がモビリティ関節。頸椎(けいつい)、肘(ひじ)関節、腰椎(ようつい)、膝関節がスタビリティ関節になります。

 動かすべき関節と、固定すべき関節を意識するだけで、トレーニング効果も劇的に変わってきます。モビリティ関節はさまざまな方向へ動かせるように柔軟性を高め、できるだけ可動域を広げます。一方スタビリティ関節は、ブレないように注意して一定方向に動かすのです。

 たとえばモビリティである足首と、スタビリティである膝が正しく連動すれば、身体が正常に機能している状態になります。腰が痛い、膝が痛い、肩が痛いといった症状は、身体が間違った動作を続けているために現れるのです。

 スタビリティ関節である腰椎が動きすぎ、モビリティ関節である胸椎と股関節が柔軟に動かないと腰痛の原因になります。また、スタビリティ関節である膝関節が動きすぎ、モビリティ関節である股関節と足首が柔軟に動かないと膝痛が発生します。腰椎と骨盤の安定性が低下することで体幹が不安定になると股関節に影響が及びます。これらのことを理解して正しくトレーニングを行えば、身体の痛みからも解放されるはずです。

2種類の関節を意識することで
最大限の効果が表れた実例

 モビリティ関節、スタビリティ関節の重要性については、過去に行ったアスリートへの指導からも実感しています。

 今最も期待されている日本人テニスプレーヤー、望月慎太郎(もちづき・しんたろう)のジュニア時代のトレーニングを僕は担当していました。マリア・シャラポワの専属トレーナーから以前所属していたIMGアカデミー(米国フロリダにあるトップアスリート養成所)に戻った2018年頃のことです。

 望月は錦織圭同様に、盛田ファンド(元ソニー副社長の盛田正明氏が私財を投じて作ったプロテニス選手育成のための奨学金制度)によってIMGに送られてきた生徒の1人でした。当時の彼は13〜14歳くらいで、錦織のような突出した才能は感じませんでしたが、非常に視野が広く、ドロップショットやボレーのタッチなどにセンスを感じさせる選手でした。

 僕がジュニアを指導する場合、まずその選手の将来の体型をイメージします。完成された肉体を想定してトレーニング・プログラムを計画するためです。さまざまな数値や長年のトレーナーとしての観察眼で、成長時の体格はほぼ予測できます。

 望月については、将来的には170cm台中盤の細身のプレーヤーになると考えました。世界レベルで闘うにはちょっと厳しい体格です。しかし彼の優れたテニスセンスは世界に通用する、そう考えた僕は2つのテーマを彼に課しました。センスを活かすために、頭で描いたプレーを正確に再現できる肉体を作ること。さらに体格で劣る分、体力負けしない持久力を養うこと。

 その基本的な身体作りのために最大限に意識したのがモビリティ関節、スタビリティ関節です。関節が正しく連動することで動きの正確さが増し、効率的に関節を動かすことでロスがなくなり、持久力も格段にアップするわけです。望月自身もモビリティ・スタビリティを意識して非常に丁寧にトレーニングを行ってくれたことで、その成果はたちどころに現れました。なんと、IMGのテニス部門に集う200人の精鋭の中でも、持久力テストにおいて断トツの成績を挙げたのです。

 その後、望月はウィンブルドンのジュニアで優勝。20歳で迎えた2023年のジャパンオープンでは、世界ランクトップ10の選手達を倒し見事ベスト4に進出と、目覚ましい躍進を遂げています。

 この望月とのトレーニングを思い起こすたびに、モビリティ、スタビリティを意識するという基本の大切さを実感するのです。

(本記事は、『世界最高のフィジカル・マネジメント』から一部を抜粋・編集して掲載しています)

中村 豊(なかむら・ゆたか)
ストレングス&コンディショニングコーチ
1972年生まれ。高校卒業後アメリカにテニス留学。スポーツトレーナーという職業に興味を持ち、カリフォルニア州チャップマン大学で運動生理学、スポーツサイエンスを学ぶ。1998年、サドルブルック・テニスアカデミーのトレーニングコーチに就任。2000年、女子テニスプレーヤー、ジェニファー・カプリアティのトレーナーに就任し、翌年世界No.1に導く。2004年よりIMGアカデミーに所属し、錦織圭のトレーニングを14歳から20歳まで受け持つ。2011年よりマリア・シャラポワの専属トレーナーに就任。シャラポワの黄金期を7年間支える。2020年6月、大坂なおみの専属トレーナーに就任。わずか2ヵ月でスランプに陥っていた大坂を再生させ、全米、全豪と立て続けのメジャータイトル奪取に貢献。世界のプロスポーツ界で最も注目されるフィジカルトレーナーのひとり。トレーナーとしての豊富な経験と知識を生かし、一般の人に向けた入門書『世界最高のフィジカル・マネジメント』を上梓した。