動画を投稿した吉田歯科医師(写真:吉田さん提供)

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表示回数441万回の「歯垢除去動画」から(画像:吉田さん提供)

X(旧Twitter)で現在、表示回数が441万回の動画がある。

歯に付いた歯垢(しこう)を除去している様子が大映しされているだけの、32秒間の動画だ。投稿した吉田歯科診察室デンタルメンテナンスクリニック(東京・銀座)の代表で、歯科医師の吉田格さんに狙いを聞いた。

もったいないと思って投稿

吉田さんがこの動画をXに上げたのは6月9日。この春に開催されたセミナーで発表するために作成したものだが、「セミナー終了後、このままにしておくのはもったいないなと思って投稿した」と話す。

歯の持ち主は、同院で定期的にメンテナンスを受けている患者。もちろん、本人に許諾を得て、載せている。

動画では、歯科衛生士によって歯と歯の間や、歯と歯ぐきの間から歯垢が取り除かれていく様子が、10倍に拡大した顕微鏡につけられたカメラで撮影されている。


吉田さんのところでは顕微鏡を使って歯科治療を行っている。写真は1000円札を使って顕微鏡について説明する吉田さん(写真:吉田さん提供)

吉田さんによると、向かって左の歯は新しい人工歯のため、歯垢は付きにくくきれいだが、右の歯は生えてから70年が経った自分の歯で、歯の根が露出し、表面がザラザラにもなっている。そのため、歯垢が付きやすくなっているそうだ。

この動画を見た人からは、「自分でここまできれいに磨くのは相当な難易度です」「僕も歯磨き後に歯間ブラシ使い始めた」などとポストされている一方、「絵面がキツい」といった反応もある。

吉田さんはこれまでもXに動画などを投稿してきたが、「表示回数はいつも2000回とか、いってもせいぜい6000回ぐらい。なので、今回もそのぐらいだろうと思っていたら、441万回を超えたので驚きました」と話す。

「なぜ今回だけ多いのか、理由ははっきりわかりませんが、自分の歯を何とかしたいと思っている人が多いことの表れではないでしょうか」(吉田さん)

歯を磨くって簡単じゃない

動画に添えた文章に、吉田さんは「腸活するなら歯を磨こう」と書き、以下のようにつづっている。

「口の中の(虫歯菌や歯周菌などの)細菌は胃を通り越し、腸に達します。以前は、細菌は胃酸で死滅するので、細菌が腸に達することはないといわれていましたが、現在は否定されています。ヨーグルトを食べてもオリゴ糖を飲んでも、口から(こうした)細菌が絶え間なく供給されていたら、焼け石に水。ところが歯を磨くって簡単じゃないんです。この動画のように、磨いたつもりでもかなり(歯垢が)残っているんです。だからこの状態で腸活しても、効果は疑問です」(投稿から。カッコは編集部で補った)


吉田歯科医師のXから(投稿はこちら

歯を守るために歯を磨くことの大切さは以前からいわれてきた。だが、「今は歯周病などが全身の病気と関わりがあることがわかってきたので、歯科医が歯のことだけ注意喚起すればいい時代ではなくなった」と吉田さん。このため、SNSなどでの発信を続けているそうだ。

歯磨きの出来が全身の病気と関わってくるとは、どういうことだろう。

食後に歯を磨かないなど口の中のケアを怠っていると、虫歯、歯周病、口臭の3大口腔トラブルが起こることは古くから知られている。

このうち歯周病は放置すると歯を失うことになるばかりか、糖尿病や脳卒中、血流に入った細菌が損傷のある心臓弁に付くことで高熱が出たり、心臓弁が損傷したりする心内膜炎、アルツハイマー病、大腸がん、早産や低体重児出産といった病気やトラブルにつながる可能性が近年、報告されている。

歯周病菌が体内に入り込む

歯周病は口の中に棲み着いている歯周病菌が歯垢で増殖し、歯ぐきやその周辺に感染する病気だ。かなり悪化しても自覚症状がほとんどないため知らない間に進行し、歯ぐきが赤く腫れる歯肉炎という段階を経て、歯を支える骨などを壊していく。

「粘膜や皮膚にできた傷などから細菌が血管内に侵入し、血液中で菌が増殖する状態を『菌血(きんけつ)症』と呼びますが、例えば、歯周病で歯ぐきの粘膜が破壊されて歯周病菌が体内に入り込むと、いろいろな所で炎症が起こります。

そしてその炎症によって毒素が作られ、例えば、それが血糖値を下げるインスリンの働きを阻害する。その結果、血糖値が上がって糖尿病のリスクを高めたり、糖尿病の人の血糖コントロールを悪くしてしまったりするのです」(吉田さん)

ほかにも、毒素によって血管の壁にプラークがたまって動脈硬化が進み、脳卒中の原因となることも知られている。

さらには、歯周病菌は本来は「血液脳関門」によって、余計な物資が入らないようになっている脳にも入り込み、アルツハイマー病の発症や進行に関わっているとも言われ始めた。

吉田さんによると、最近はこれらに加え、口の中の細菌が体内に運ばれるもう1つの「ルート」が注目されているという。それは胃腸へのルートで、飲み込んだ菌が胃酸で死滅せずに小腸や大腸まで到達し、そこで腸内環境を変えてしまうというものだ。

実際に、口の中の細菌が小腸や大腸がんの人の腸から検出されたことも報告されている。

これらが、“歯周病は全身病”といわれる所以(ゆえん)だ。では、こうした健康問題を防ぐにはどうすればいいだろうか。

「それはシンプルに、“歯をきれいにし、余計な細菌を増やさないこと”につきます。そのためには歯科衛生士から正しい磨き方を教わって、それを実行することと、定期的にメンテナンスを受けることが必要です」と吉田さんは話す。

「我々歯科医や歯科衛生士によるメンテナンスは、多くても月に1〜2度程度しかできません。毎日、歯を磨くのはご自身の仕事なので、“どこまで自力できれいにできるか”が分かれ目になってきます」(吉田さん)


日ごろの歯磨きでは磨けていない部分の歯垢もメンテナンスで除去(写真:吉田さん提供)


歯と歯ぐきの間の歯垢も除去(写真:吉田さん提供)

「磨いているから」の落とし穴

問題は、もともと歯を磨く回数が少ない(歯磨きに対して意識が低い)人だけでなく、「自分は1日3回、磨いているから大丈夫!」と思っている人のなかに、実際は歯垢を落とせていない、要するに正しく磨けていない人がいるということだ。

「磨いている」のと「磨けている」のとでは意味がまったく違うと吉田さんは指摘する。

「歯垢を残さない磨き方をしたいのであれば、“鏡を見ながら磨く”ことをお勧めします。歯ブラシの毛先が歯と歯、歯と歯ぐきの間など、正しい場所に当たっているか確認できます。奥歯などで見えにくければ、片方の手でくちびるをめくると見やすいです」(吉田さん)

歯と歯(あるいは歯ぐき)の間に歯ブラシの毛先が挿入されていることを確かめたら、ここを起点に歯ブラシを動かしていく。歯ブラシは上の歯は上から下に、下の歯では下から上に、起点を中心に、歯と歯の間を毛束が通過するように、歯ブラシの柄を回転させる。

重点的に磨く箇所は3つ。歯と歯の間、歯と歯ぐきの間、歯をかみ合わせたときに当たる面の溝。つまり、「凹凸がある歯の凹の部分」だという。ここに歯ブラシの毛先が入っていなければならない。

「よく歯ブラシを力強く横にガシャガシャと動かしている人がいますが、力はまったく必要ありません」(吉田さん)

1日1回しっかり磨けばOK

歯ブラシは市販されている普通のものでよく、歯磨き粉は基本的には不要。必要に応じて歯間ブラシやフロスなどの歯間清掃具を使う。1日に1回、夜などに重点的に磨けば、あとの2回は簡単でもいいという。

加えて、個人の力だけで100%磨き切れる人はいないため、定期的にメンテナンスを行い、歯科衛生士に歯垢を除去してもらう必要がある。その際に、磨けていない歯をどう磨くかについて、指導を受けることも可能だ。

子どものころから学校や家庭で「食事のあとは歯を磨こう」と言われ続けてきたものの、なんとなく歯磨きをおざなりにしてきた人は多いのではないだろうか。

自分の歯をおろそかにし続けたときに起こるリスクを理解し、いま一度、正しい歯磨きを心がけたい。

(井上 志津 : ライター)