超リアル「シミュレーター界隈」最新技術と活用法
いま自動車開発の現場で「シミュレーター」の存在が欠かせなくなっている(筆者撮影)
「ドライビングシミュレーター」と聞いて、あなたはどんなマシンを想像するだろうか?
最近はeスポーツがはやっていることもあり、F1やGTマシンなどを想定した、通信対戦型のドライビングシミュレーターをイベントなどで見かけることがある。
また、レーシングドライバーの育成用や、現役ドライバーが参戦するコースの雰囲気を確認するために用いる、より高度な仕様も存在。さらに、自動車メーカーや自動車部品メーカーが、量産車を開発するために活用するドライビングシミュレーターもある。
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特に近年は、自動車産業界におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)が進む中、欧米や中国で、量産車開発向けドライビングシミュレーターの導入事例が増えているという。
だが、この領域ではメーカー各社の企業機密に関る案件が多いことから、具体的な活用事例がメディアで紹介されることはまれだ。
そうした中、筆者は自動車メーカー各社との連携を進める独立系エンジニアリングベンチャーの、最新型ドライビングシミュレーターを体験する機会を得た。群馬県太田市内にある、S&VL株式会社(本社:東京都江東区)の技術研究所でのことだ。
高さ10mの巨大なシミュレーター
S&VLは、ベンチャーといっても社長の村松英行氏を筆頭に、大手自動車メーカーで量産車設計・開発の最前線にいたベテランが主体という、即戦力型の企業である。
体験したシミュレーターは、システムをドイツのVI-gradeが、ハードウェアを自動車部品製造や各種試験機の開発で知られる日本の鷺宮製作所が開発し、さらにS&VLが自社ノウハウを生かしたセッティングを施して仕上げられたものだ。
特徴のひとつが、車線変更における横加速度(G)をよりリアルに再現できることである。
シミュレーターの実物を見ると、相当に大きなもので驚いた。作動する空間の大きさは、縦15m×横15m×高さ10mもある。
そこに、水平方向に移動するための3つの作動軸、さらにその中心に6つの作動軸があり、その上にドライバーが乗車する車体があるという形状だ。
公開された合計9つの作動軸を持つ、ドライビングシミュレーター(筆者撮影)
キモは、水平方向への「移動量が大きいこと」と、ドライバーの操作に対するシミュレーターの「応答性の高さ」にある。
つまり、クルマのレスポンスが速いことで、Gがうまく立ち上がるのだ。
今回、試した走行シナリオは、アメリカ西海岸のフリーウェイ。片側4車線あり、このうち中間の2車線を時速100キロ程度で走行しながら、何度か車線変更するというものだ。
実感としては、“本物のクルマを操っているよう”だった。
路面の状況に関するデータも自動車メーカーなどから提供されているため、実際はタイヤが未装着で宙に浮いている状態なのに、路面との設置感があり、実車のようなG変化を全身で感じ取ることができるから驚きだ。
シミュレーター車体内部は、量産車ホンダ「ヴェゼル」の部品で構成される(筆者撮影)
ビジネスは「シミュレーターそのもの」ではない
とはいえ、S&VLの事業は、こうした機器を販売することが主な目的ではない。
「性能開発のプロセス構築から、実車相当の車両モデル開発、車両OEM品質の実走行実験までのワンストップ・ソリューションの実現」を目指すとしている。
近年、欧米や中国では、専門性の高い最新技術に特化した、自動車メーカーと直接の資本関係がない、独立系のテクニカルサポート企業が増えてきている。
同社を設立したプログレス・テクノロジーズグループは、2005年の創業以来、こうした領域での事業展開を進め、2022年6月から最新型ドライビングシミュレーターを使ってリアルとバーチャルを融合する、いわゆる“デジタルツイン”のサービスを始めていた。
S&VLを率いる村松氏は、大手自動車メーカーでのエンジニアリング経験を踏まえて、量産車開発において「日本メーカーはいまだに実車主義の傾向が強い」と指摘する。
欧米や中国の開発現場では、デジタルツインをフル活用した開発手法が急速に進んでいる一方、日本では特にドライビングシミュレーションの分野で後れを取っており、いまも実車での走行が主体だという。
S&VLにとっては、「だからこそ日本でビジネスチャンスがある」といえるのだ。
S&VL技術研究所の開所式典の様子。中央が同社の村松社長。その左が山本知事で右(反対側)が清水市長(筆者撮影)
今回は施設開設の式典も実施され、自動車メーカー各社の関係者も参加。そのひとりは「ドライビングシミュレーター(の活用方法や評価基準など)はいま、各社で手法が違うようだ。今後はメーカー間での協調領域についても、議論されるようになればよいのではないか」という私見を示した。
また、式典には群馬県の山本一太知事と、太田市の清水聖義市長が来賓で出席していた。
山本県知事は「群馬県はデジタル技術関連事業を応援しており、(本件が)デジタル人材の育成に寄与することを願う」と県内の新規事業拡大への期待を示す。
その後、清水市長とともにドライビングシミュレーターの操作体験をそれぞれで行い、両者はそのリアリティの高さに驚いていた。
EV性能の“見える化”を行うAVL
量産化開発でのシミュレーションで、別の観点での視察も行った。欧州オーストリアを本拠地とするAVL(エイヴィエル)日本法人のテクニカルセンター内でのことだ。
AVLは、1948年に創業して以来、自動車産業を中心とした各種分野での開発・試験・シミュレーションを世界26カ国で手掛ける業界大手である。
複数の試験装置を見たが、そのうちのひとつがEVの走行シミュレーターだ。視察時は、日産「サクラ」が試験車両としてあり、タイヤが外されホイール部分に計測装置を直結した状態だった。
クルマ本体の動力性能を測るために、シャシーダイナモという装置がある。これはそのEV版だといえる。
AVLジャパンテクニカルセンター内にある、EV関連の計測装置(筆者撮影)
特徴のひとつが、別室にあるバッテリーエミュレーターの活用だ。バッテリー容量やSOC(ステート・オブ・チャージ)などをコントロールしながら、EVの走行をシミュレーションできる。
また、走行の評価項目を、AVLが自動車メーカーや自動車部品メーカー各社と意見交換をする中で設定し、AVL独自の評価基準によってEV性能の“見える化”も行っている。
このほか、AVLが近年、研究開発に注力しているのが、バーチャル車両における環境試験だ。
粒子法理論を用いるもので、従来のバーチャルな解析に比べて、リアルに近いイメージを実現できる。たとえば、車両が冠水した道路を走行する場合の、水面の変化などが“見える化”できるのだ。
上記の装置をつかさどるシステム部分。さまざまな数値がモニタリングされる(筆者撮影)
同社関係者によれば、この手法をさらに深掘りしていくと、さまざまな走行環境で路面からの力や振動、加速度(G)変化による自動車各部・部品各所にかかる応力やひずみを、従来よりもリアリティを高めた状態で数値化することが可能になるという。
DXという手段をどう使うか?
今回はS&VLとAVL、2社の量産車開発向けシミュレーション技術を紹介した。クルマを開発して量産するというプロセスにおいて、近年は電動化、コネクテッド、自動運転技術など、多様な領域でデータ検証を行うことが求められている。
デジタルツイン、バーチャル、データ主義、モデルベース開発など、量産化開発のプロセスにおいて、高度な管理体制を求める自動車メーカーや自動車部品メーカーが増えているからだ。今後も、各種のシミュレーション装置による技術開発が進むことは、間違いないだろう。
そのうえで、改めて感じるのは「人を中心としたものづくり」のあり方だ。DXは、あくまでもその手段のひとつなのである。日本らしい次世代のクルマ作りが、若い世代を中心に進化していくことを祈りたい。
(桃田 健史 : ジャーナリスト)