米ディズニーが復調、映画から始まる「反転攻勢」
大規模ファンイベント「D23」に登場したウォルト・ディズニーのロバート・アイガーCEO(記者撮影)
アメリカのウォルト・ディズニーが反転攻勢に出ている。
8月9日から3日間、カリフォルニア州アナハイムで開催された大規模なファンイベント「D23」。その初日である9日夜、ディズニーは集まった1万人を超えるファンの前で、3時間にわたって今後の映画や動画配信で公開する作品を発表した。
翌日にはテーマパークやクルーズ船の大型投資の内容を発表している。これまでネットフリックスの台頭や経営の混乱で守勢に回ることの多かったディズニーが、本格的な攻めに転じようとしている。
2本の映画が同時に大ヒット
反転の兆しはあった。傘下のアニメーションスタジオ、ピクサーが制作した『インサイド・ヘッド2』。6月14日に全米などで公開され(日本公開は8月1日)、現在までの興行収入は16億ドルに迫り、アニメーション史上トップを記録したのだ。
また、傘下のスタジオ、マーベルが制作したスーパーヒーロー映画『デッドプール&ウルヴァリン』は、7月24日の公開から20日間で世界興行収入が大ヒットの目安となる10億ドルを突破した。2023年に興行収入10億ドル超の作品が1本もなかったディズニーにとって、2本の映画の大ヒットは大きな弾みとなる。
イベントの最後には『ライオン・キング:ムファサ』の世界観を演出した(記者撮影)
先日発表された2024年4〜6月期決算では、傘下の20世紀スタジオ制作の『猿の惑星/キングダム』のヒットもあり、映画配給部門が9四半期ぶりに営業黒字に転換した。今後はこれら2本の大ヒット作が本格的に収益に寄与することになる。
そして年末には『モアナと伝説の海2』(日本公開12月6日)、『ライオン・キング:ムファサ』(同12月20日)の公開を控える。
そうした中で発表された今後のラインナップには、日本でもよく知られる作品の続編が相次いだ。『トイ・ストーリー5(原題)』を2026年6月19日に全米で公開すると発表したほか、『インクレディブル・ファミリー』第3弾の制作決定を初めて公表した。
ほかにもディズニーアニメーション『アナと雪の女王3(原題)』(2027年全米公開)の制作や、実写版では『アバター』の第3弾を2025年12月19日に全米で公開すると発表。スター・ウォーズの7年ぶりの新作も予定されている。
例年と比べて作品数が多かったわけではないが、コロナ禍やハリウッドの脚本家と俳優のストライキ(2023年)を経ても、ディズニーの制作力が高い水準で維持されていることを示したといえる。
動画配信が初の黒字転換
最大の課題である「ディズニープラス」を始めとした動画配信も、ようやく収益化のメドが立ってきた。2024年4〜6月期決算では動画配信部門(Hulu〈フールー〉とスポーツ配信ESPNプラスを含む)が黒字に転換した。これは2019年にディズニープラスを開始して以来、初めてのことだ。
フールーとのバンドル(組み合わせ)で会員数を維持したほか、コンテンツ面でも2月末に配信を開始した真田広之主演の『SHOGUN 将軍』をはじめ、評価の高い作品が多かった。SHOGUNは、9月15日に発表されるテレビドラマに対する権威ある賞、エミー賞で、作品賞や主演男優賞など25部門にノミネートされている。
SHOGUNのブースには甲冑や着物が展示されていた。評価の高い人気作だ(記者撮影)
ただし、ディズニープラスの会員数は、7月末で1億5380万人にとどまる。2億7765万人のネットフリックスの背中は遠い。9月からはアメリカでフールー作品やグループのABCが制作するニュースなどの番組を広げるとともに、10月には10%〜25%の料金値上げを実施する。ワーナー・ブラザース・ディスカバリーなど他社とのバンドルも増やす方針だ。
日本でもディズニープラスの会員増に向けて手を打つ。日本での会員数は非公開だが、調査会社GEM Partnersによると定額制動画配信のディズニープラスの国内シェアは、2023年で8.9%にとどまる(1位はネットフリックスの21.7%)。
ウォルト・ディズニー・ジャパンのキャロル・チョイ社長は、「会員の動向からつねに学んでおり、性別や年齢層だけでなく、会員の嗜好ごとに細かく分析している」と話す。
実際、これまでも会員体験の充実を図ってきた。人気歌手、テイラー・スウィフトのコンサートフィルムを配信する際にアルバムを購入できるようにしたり、開業前の東京ディズニーシーの新エリア「ファンタジースプリングス」のプレビューに抽選で招待したりするといった取り組みだ。
今後は日本でもアメリカと歩を合わせ、ほかのメディアとの連携を強化する。すでにフールーとはバンドルを実施しているが、今後は日本の他メディアともバンドルを検討する。
作品の制作や供給の面でも連携を広げる考えだ。すでに講談社とは同社の漫画を原作とするアニメ作品の配信で提携関係にあるが、他社とも連携を広げる。「よりオープンな姿勢で連携を進めていく」(チョイ社長)。
現実路線の戦略へシフト?
これまで独自のコンテンツ力で会員を増やしてきたディズニーだが、その戦略には明らかに変化がみられる。独自作品を核にしながらも、他メディアとの提携・連携など、いわば現実路線で会員の上乗せを狙う戦略を進めるようだ。
かつて創業者のウォルト・ディズニーは、映画作品を中心に置き、その世界観をディズニーランド、商品、出版、音楽、そしてテレビへと広げる絵を描いた。その戦略は、現在も大きな違いはない(違いは、テレビに代わって動画配信の重要性が増したことぐらいだ)。
今回、映画の大型タイトルを相次いで発表したことは、ディズニー復活の大きな契機となる。一方で、発表されたタイトルには続編やアニメーションの実写化が多いのも事実。中核となりうる新たな作品が登場して初めて、ディズニーの真の復活と言えるのだろう。
(並木 厚憲 : 東洋経済 記者)