「お祈りメール送るのツラい」採用担当の心の叫び
採用担当者もお祈りメールを送るのはつらい(写真: jessie / PIXTA)
8月6日の配信記事『どんだけおんねんサークル長」就活生達のホンネ』では、2025年入社を目指す就活生の川柳・短歌を紹介した。
対面での面接に緊張する学生や、「お祈りメール」にユニークな対抗策を講じた学生、面接直後にその場で内定を告げられ喜びを必死に隠そうとする学生、早期活動を否定していた友人がさっさと内定を獲得して焦る学生、就活になると増える「サークル長」をいぶかしる学生、早期化で次の世代に追いつかれそうになり焦る学生など、「売り手市場」と言われながらもそれに甘んじることなく、就職活動に真剣に取り組む学生たちのリアルなエピソードと思いが素直に表現された川柳・短歌だった。
「お祈りメール」に隠された思い
今回は立場を変えて、2025年卒の採用活動を実施した企業の採用担当者による「採用川柳・短歌」の入選作品をもとに、必死に採用活動に取り組む企業(採用担当者)の心の叫びを紹介する。
学生の「売り手市場」が叫ばれる中、学生が思うような「企業優位な採用」ができているのは、ほんの一握りの人気企業に過ぎない。ほかの多くの企業は、逆に学生に翻弄されているのが実態だ。学生には悪者扱いされる「お祈りメール」の裏に隠された採用担当者の思いなど、企業側の声にもぜひ耳を傾けてほしい。
まずは【最優秀賞】から紹介する。
ITの 広い世界に 羽ばたきたい 志望動機は 在宅勤務(神奈川県 賽の河原の採用担当さん)
応募者からの「広い世界に羽ばたきたい」という言葉の一方で、「在宅勤務ができること」が志望動機だとも言われてしまったら、活動的な飛躍タイプなのか、インドアタイプなのか、いったいどちらなのかと困惑してしまうだろう。
働く場所や時間などの働き方の多様性は十分に理解し歓迎しているつもりでも、志望動機として「在宅勤務」というのは果たしてどうなのか。志望動機は「挑戦」や「意欲」であるべきだという前時代的な価値観にとらわれていると自認する作者。
「在宅勤務」をどうしても消極性の表れだとしか受け取れないもどかしさがうかがえる。新しい働き方を受け入れる柔軟性が求められている昨今の採用市場を反映した、秀逸な作品だと言える。
次は【優秀賞】だ。本来は2作品を予定していたが、甲乙つけがたく、今回は3作品を選出した。
耳につく 志望動機は みな同じ AI聞いても また同じ(熊本県 ひろしですさん)
「ChatGPT」などの生成AIは、就職活動の場面にも登場してくるようになった。自ら「ChatGPT」サイトでプロンプト(生成AIに送る指示文や命令のこと)を入力しなくても、希望や経験などの項目について選択肢を指定するだけで志望動機や自己PRを自動生成してくれるサービスも登場している。
その結果、学生が提出するエントリーシートや面接の質疑応答では、AIが作成したと思われる模範解答がずらりと並ぶことになる。
自分の転職を考える採用担当者
同じような文章をただひたすら読んだり、聞いたりしなくてはならない採用担当者のやるせなさがうかがえる作品である。「志望動機」を模範回答に頼る学生たちを象徴し、個性や真の意欲を見極める難しさをうまく表現している。
まだ採れぬ ハードル下げて また下げて いっそ自身の 転職よぎり(東京都 総務部長さん)
学生の「売り手市場」が続く中で、自社の選考基準に沿う学生の採用に大苦戦し、合格のハードルを徐々に下げ続けるも一向に成果が出ない様子が描かれている。
揚げ句の果てには、いまの会社で採用担当者として苦労を続けるよりは、いっそのこと、自分自身が別の会社に転職してしまったほうが幸せなのではないかとさえ考えてしまう作者の心情を詠んだ一首である。
「売り手市場」下での採用活動の厳しさと、採用担当者の疲弊をリアルに描いており、共感を誘う。選考基準を下げても思うように学生を集めきれない会社の将来性にも展望を見いだせない不安が自身の疲弊をさらに増幅させ、転職したほうが楽になれるかもしれないと思ってしまう姿が切実である。
キャリアプラン 質問しつつ 本当は 自分自身も 悩んでいます(大阪府 ナーポリさん)
最近の面接では、応募学生に希望職種や部署を聞くだけでなく、入社後のキャリアプランや将来やりたいことなどを問う例も少なくない。
作者も面接官として学生に同様の質問をしたものの、ふと自分自身がいま聞かれたら何と答えようかと思った瞬間を描いた作品である。
自分自身の就職活動や志望動機は結構いい加減なものだったにもかかわらず、学生の志望動機に厳しい面接官は少なくない。ただし、それは過去の自分を棚上げしているのに対して、今回の作品は過去ではなく、まさに今の自分はどうなのかを自問自答しているところがポイントだ。
人事としての、あるいは管理職としてのキャリアプランなど、明確なものがない自分が面接官をしていていいのか、葛藤と人間味が感じられる一首だと言える。
大谷選手はこんなところにも
ここからは、【佳作】に入選した作品を抜粋して紹介しよう。
辞退率 6月に入り 急上昇 もうすぐ超える 大谷の打率(大阪府 ナーポリさん)
【優秀賞】を受賞した作者が別の作品で【佳作】にも入選した。
政府主導の就活ルール上での面接選考解禁である6月を迎え、これまで面接選考を手控えていた一部の大手企業も面接選考を開始し、一気に内定者(重複内定者)が増えていく。
一足早く面接選考を行い、内定出しを実施していた企業からすると、大手企業で内定をもらった学生たちからの内定辞退が急に増え始める時期でもある。それを「急上昇」で表現するとともに、内定辞退率の具体的な数字を出すことなく、「大谷の打率」とすることで「3割強」であることを読者にうまくイメージさせている。
内定辞退率の上昇という、採用担当者にとっては困惑と焦りが入り混じったテーマであるにもかかわらず、スポーツを交えた表現が新鮮で、現実の厳しさを和らげていると言える。
ドジャース移籍1年目から、右ひじ手術のリハビリ期間中とは思えない大谷翔平選手の活躍が連日のように報道され、バッターとしての成績が共通言語となっているところもまたすごいことである。
交渉は 自分でせずに エージェント 任せていいの オオタニさ〜ん(東京都 わっちさん)
こちらもMLB大谷翔平選手を引き合いに出して、ユーモラスに表現した作品となっている。
近年は、学生が自ら企業探しやエントリー、説明会申し込みなどの就職活動をするのではなく、転職と同様に応募や面接日程調整を新卒紹介エージェントに任せる学生が増える傾向にある。
エージェントに任せる風潮に対し、今年3月に起きた大谷選手の通訳騒動を引き合いに疑問を投げかけた一首である。就職の重要な場面でのエージェント任せに対する不安をユーモラスに表現している。
就職活動でエージェントを活用した学生は、就職した会社でいざ退職したいとなったら、今度は今年4月に話題となった退職エージェントを活用するんだろうなと思わずにはいられない。会社(人事担当者)と個人(学生・社員)が紡ぎだす信頼関係の重要性を改めて考えさせる作品である。
「オオタニさ〜ん」は、大谷選手が昨年まで所属していたエンゼルス時代に、アメリカのFOXスポーツウエストのエンゼルス担当実況者であったビクター・ロハス氏が、大谷選手がホームランを打ったときに叫ぶおなじみのフレーズをもじったものと思われる。
AIは万能ではない?
適性じゃ 相思相愛 だったのに フラれて恨む AI判定(東京都 総務部長さん)
こちらも【優秀賞】を受賞した作者が別の作品で【佳作】にも入選した。
AIを搭載した適性検査で、自社の組織風土とのマッチ度(相性)が最適と判定された候補者に辞退されるという皮肉を描いた作品。AI判定を信じた結果の失望感と、それに対する恨み節がユーモラスに表現されている。
近年、学力検査や従来からの適性検査とは異なる検査を導入する企業が増えている。
既存の社員にも応募者と同一の適性検査を受けてもらい、組織全体や受け入れ部署のカルチャーや組織風土を可視化し、応募者の検査結果とのマッチ度をAIで診断するというものだ。応募者個人のキャリア志向や価値観、パーソナリティーなどを総合的に分析し、組織側の診断結果と照らし合わせてマッチ度を算出するという。
AIの万能性に対する疑念と、人間の予測不能な一面が感じられる一句である。AIには相性だけでなく、ぜひ辞退確率も機械学習してもらいたいところだ。
手強いぞ 手書き作文 クセつよ字 手こずる判読 AI読める?(神奈川県 賽の河原の採用担当さん)
こちらは【最優秀賞】を受賞した作者が別の作品で【佳作】にも入選。
最近はPCやスマホの利用が多くなり、普段の生活で文字を書き慣れていない学生が増えている。
エントリーシートや課題の作文などの読みづらい手書き文字の判読をAIに助けを求めたいという採用担当者の苦悩を詠んだ作品である。文字の癖が強く、内容がよくても読めないという現実に対する皮肉がユーモラスに描かれている。
どんなに癖の強い文字も読み込ませたら(スキャンしたら)、すぐにテキストデータ化してくれる優れた画像認識技術を持ったAIの登場を期待するしかない切実な気持ちが込められている。ただし、それほど手こずるのであれば、いっそ手書きでの課題提出を諦めたほうが早いのではないだろうか。
採用担当者も心が晴れることはない
【佳作】をあと2作品紹介しよう。
早々に 内定もらって これからは 第一志望の 企業を選ぶ(滋賀県 クリスタルKさん)
年々就職活動(採用活動)の早期化が進んでいるが、これは決して早期決着を意味するものではない。単に早期化した分だけ活動全体は長期化しているのが現状だ。早期に内定を獲得しても、そこで就職活動を終える学生は極めて少数派だ。
残りの多くの学生は、「内定をゲットしてからが本番!」とでも言わんばかりに、その内定を保険と考え、そこから第一志望の企業からの内定獲得に向けた就職活動が動きだす。
新卒採用の早期化が進む中、内定獲得後もよりよい企業を探し続ける学生の熱意と採用担当者のやるせない悩みが入り混じった作品と言える。
お祈りは するもされるも 心晴れず(東京都 とるネコXさん)
学生に不合格を伝える「お祈りメール」という就活のつらさを採用担当者側の視点で描いた一句。お祈りメールは学生から極めて不評であり、就職活動における企業を悪者扱いする象徴的なものの1つだ。
だが、それを送る企業側もせっかく応募してくれたのに申し訳ないという思いでいっぱいなのである。受け取る学生側はもちろんだが、企業側も決して心が晴れるものでないということを、学生に知ってほしいとのメッセージが込められている。
採用担当者と学生双方の心情を考えさせられる作品である。誰か少しでも双方がポジティブになれるようなお祈りメールを考え出してくれないものだろうか。
HR総研のオフィシャルページでは、「2025年卒 採用川柳・短歌」の全入選作品について、作者の思いを踏まえての寸評・解説も掲載している。それぞれの作者がどんな気持ちでこの川柳や短歌を詠んだのか、ぜひご覧いただきたい。
今年の入選作品一覧
(松岡 仁 : ProFuture HR総研 主席研究員)